「……音無くん」

僕が目を覚ましたのはその日のうちの深夜だった。
薄暗い灯り、もとい蝋燭により下から照らされる気流子さんの顔はちょっとホラーだった。

「ああああああああ」
「チェストー!」
「ぐぉっ」

恐怖に見舞う叫びを披露させてもらったら、叫び以上のパンチをお見舞いされた。
ていうかもうパンチじゃなくて、突きね。突き。
パーだったし。

そしてお決まりの鳩尾にクリティカル。
吐き気が尋常じゃない。
言っておくが僕は葉折くんと一緒の病室にいる。
葉折くんはまだ意識を取り戻していないようだけど。

いやそれにしても吐き気がぁああ…………

「おぅふ……っあ、あの……っ死の瀬戸際に行くまで頑張って食べた暗黒物質が口から出たがってますが……っ」
「そんなこと言っても、近所迷惑だよ!ワトソン君家はもう大体把握したから周辺を見て回ったら……何か……お家が何件かあるじゃん!」

「ああ……」

お約束のように頬を膨らませる気流子さん。
近所迷惑より僕を労ってくれないかなぁ。

「気流子さん。ここいら一体はとうの昔に忘れられた土地なんです。……いてて」
まあ……人はいなくもないけど。今までで見たことがある人だけで1〜2人ぐらいだろう。
たしか……へた、ヘタレ……?
ううん、忘れた。
何か特徴的な名前だった気がする。

うさぎにつの。兎に角。
ここら辺の土地は忘れられたんだ。

「何で?気流りんも葉折んもちゃんとここに来れたよ?猫さんだって」
「何か勘違いしてませんか?
人々に忘れられた……人々が忘れようとした。が正しいですかね。
異端者のいる土地なんて、誰も住みたくありませんよ」

僕が言い捨てると、気流子さんは納得いかないと言ったようで僕を睨んだ。
僕を睨んでも意味なんてないのに。

「……ワトソン君、いや……音無くん、さ。」

差別だよね、と気流子さんの目に涙が滲む。
これは悔し涙の類だろう。差別に反応するなんて昔に何か嫌なことでもあったのだろうか。
まあ、背丈や胸にコンプレックスがあると考えれば打倒(?)かな

……差別?僕が差別って一体…………

「キャベツだよね」

「何故言い直した」

何だよキャベツって。余計わからなくなったじゃないか。

僕は千切りにしても美味しくないぞ。「千切りにして塩をふると美味しいよね」
「僕を見て言わないで下さい」

千切りにされたあとに塩なんて……鬼だ。
鬼畜すぎる。

ザワザワと立つ鳥肌を抑えるように
自身の身体を抱きしめる。
……なんか、文章によっては気持ち悪く聞こえなくもないな。自分を抱きしめるて。


……ん?気流子さんの口元から涎が見えているのは、気のせいだろうか。
目が、目が据わっている気がする。

この目は……獲物を狩る目だ!

「あ、あの……気流子さん?」
「気流りんの一族は化蛙の一族だから、人間でも美味しく頂けると思うよー☆」
「お願いします。近寄らないで下さい」

我ながら綺麗な土下座だったと思う。

駄目だ、敵が多すぎる。
猫さんの暗黒物質といい気流子さんといい葉折さんといい。

精神・肉体・貞操の抜かりない虐め。
逃げ場ないじゃん僕。

「……絶対人間なんて食べないからね」

何故僕が軽蔑の視線を向けられなければならないのだろうか。

異議あり。


「あ、ところで気流子さんは何故この部屋に?」
「あ、そうそう。猫さんが最近どこかに行ってるみたいなんだよ」

成る程、調度僕が目を覚ました訳か。
うーん……猫さんが時々姿を消しているのは知っていた。
どこで何をしているのかは知らない。

取り敢えず今は気流子さんの不安を消すことが先、かな。

「夜行性ですからねぇ」
「名字に猫って入ってるだけで猫扱いするのはどうかと思うな」

いいじゃないか素敵だし、個人の自由だ!
じゃ、なくて

「いや、でも『いやーっ夜はテンションあがるよねぇ〜☆』何て話もしましたし……」
「……そうなんだー☆」

諦めやがった。
突っ込みを放棄しやがった。
やっぱり自分はボケ要員の方があってるって言いたいのか!?

猫さんがそんな気流子さんみたいなキャラクターな訳がないでしょうが!
馬鹿にしないで下さいよ全く!


「そうだワトソン君、今日から男子が朝昼晩のご飯を作ってね!」
「病人に飯を作れと?」

「猫さんの料理を食べたいの?」
「うぐ……」

それは……残念ながらもう……出来れば二度と食べたくはない。
僕の中の猫さんの手料理という甘美な響きは儚く崩れ去った。

「いや……それにしても……」

もうあのチート料理を食べなくても良いと思うと涙が出てくる

気流子さんはそっと僕の頭を撫でてくれた。

うん……何これ恥ずかしい。


「あやっ……わ、ワトソン君?」
「寝ます!お休みなさい!」

気流子さんの小さな手を払いのけて布団に潜った。
気流子さんは困惑した様子で、行き場を失った手を慌ただしく動かしていた。

「え……えーっと?」
「気流子さんはこんな時間まで起きてるから背が伸びないんですよ」

と吐き捨ててやったら

「うわー気流りんショックー!今世紀最大級のカルチャーショックだよ!」と暫く五月蝿くなってしまった。



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