叫んでいる余裕すらなく、僕はギリギリのところで鎖を纏い氷から身を守ることに成功した。津波のように押し寄せてきた氷は容赦なく家を破壊していく。
 こんな芸当出来るのは一人しかいない。あの人だ。でも、それにしたってやりすぎじゃあないか? これだけの氷を扱うのなら相当な魔力を消費するはず。たとえ、彼女が生まれながらの魔術師であっても、だ。
「……悪いわね、ちょっと怒らせ過ぎたみたいだわ」
 どこからともなく現れた雪乃さんがそう漏らした。この人が素直に謝罪するなんて珍しい。それと同時に不吉な予感がする。さっきから肌寒い気がするのが気のせいであってほしいところだ。
「怒らせたって……どういうことですか?」
「見たまんまよ。これから少し喧嘩をするから、死にたくなければ避難していなさい。今の綾に見境がつくと思わないで」
 そう言う雪乃さんの顔は笑っていた。勿論苦笑だが。雪乃さんが見据える先にはいつしかの九十九雷を思わせる立ち姿の僕の片想いの相手がいた。下を向いているためその表情は見えない。代わりとばかりに重苦しいほどの魔力が放たれていた。
「いやー……オト、俺逃げていいか? どこか遠くへさ……あの巨乳のねーちゃんは明らかにヤバいだろ」
「あっはっは、何へたれたこと言ってんですか師匠。よく考えたらこうなったの、少しだけ師匠にも責任がありますよね?」
「ははは、バレたか」
 笑い事じゃねえよ。
 僕は事が片付いたら師匠に何らかの報復をしようと心に決めた。よく考えたらそうなのだ。師匠は事情を知っていながら何もしなかった。だから今の状態があるのだ。もし、師匠が何らかのアクションを起こしていたなら、現状は変わっていたかもしれない。まあ、僕に過去を変える力がない限りこんなことをグダグダと後悔してもなんの意味もないのだけれど。
 僕は今を生きているのだ。だから今を生きよう。
 前向きにそう決意した瞬間、巨大な氷柱が目の前に深々と突き刺さった。……うん、今を生き延びよう。
「……流亜は、負け犬なんかじゃない……僕が、僕が悪いんだ。だから、流亜も裕も……」
 右手で顔の半分を覆いながら、呟くように猫さんは言った。自分を責め続けている。多分ずっとこうだったのだろう。チラッと雪乃さんの方を見てみたら、失望したような顔をしていた。猫さんに対して、雪乃さんが。
「五月蝿いわねぇ……いつまでグズグズそんなしょうもない事をいい続けるのかしら貴方は。そんなに死んだ負け犬二人が好きなら、貴方も一緒に死ねばいいわ。負け犬三兄弟ね。笑えるわ」
「黙れ」
 バカ力な気流子さんに引けをとらない雪乃さんの容赦ない蹴りが猫さんを襲った。死ぬつもりはないらしく、猫さんはそれをかわした。標的を失った雪乃さんの右足は、地面に直撃する。地面はものすごく抉れた。
 蹴りを外してスキが出来た雪乃さんに、今度は猫さんが氷で出来た左腕で襲いかかった。これもまたかわされ地面を抉るのだが、それだけではなく、その後で剣山のように氷柱を出現させた。反応が遅れていたら恐らく雪乃さんに刺さっていただろう。
「音無君、ひとまず逃げるよ! 五体満足でいられなくなっちゃうから!」
 目の前で繰り広げられる喧嘩に青ざめる僕を気流子さんが引っ張った。その顔は僕同様青ざめている。そして凄く必死だ。
「前に一回だけ二人が喧嘩したときがあったんだけど、そのときは森が一つ破壊され尽くしちゃったんだよ!」
 恐ろしいことを教えてくれた気流子さんに感謝して、僕はとりあえず二人から距離をとり、既に避難していたみんなの元へ走った。

「こりゃあ……あの二人止められそうにないですだよ」
「あの中に割って入るなんて自殺行為だろうね。囚我先生行ってみたらどうですか」
「ツッキー、それは酷ってもんだぜ……流石に巨乳好きな俺でも無理だ」
 流れ弾を食らわないように防御しながら二人の喧嘩を眺める。多分、読心術が使える分猫さんの方が圧倒的に有利だ。下手したら今の猫さんには幻術がきかない可能性もある。そうなれば雪乃さんには肉弾戦に持ち込むしか手がないことになる。魔術対拳。仙人でも厳しいのではないだろうか。



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