「……何よ」
 そんな回りくどい聞き方をしなくとも、こいつには私が『雨宮雪乃』だという確信があるように見える。どうして時間のかかる聞き方をするのか。よく分からない。時間稼ぎをしているようにも見えるけど、それだとさっきの発言と矛盾する。私を急がせたいのか、足止めをしたいのか。
「我殿雹狼に気を付けろ。そんで、妹をちゃんと守ってやれ」
「……我殿?」
 誰だ。聞いたことのない名前だ。
「あったはずだ。お前らのトラウマの相手なんだろ? あいつは、こっち側の人間だ。……一応、な」
 思い出した。そういえば、組織についての説明の中でそんな名前があった。……あいつが我殿……。
「……一応ってなにかあるのね?」
「今調べてるところだ。この状況を作り出したかもしれん」
 どういうことよ、と聞こうとした瞬間、森の気温が急激に低くなったのを感じた。ついでに、一瞬のスパークも。
 心当たりは一人しかいない。私は、今度こそ目の前の男を無視して走り出した。「悪いな」という声が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。




 遅かった。
 そうとしか言い様のない光景が広がっていた。でも、よく分からない事になっている。
 最初は綾が九十九雷を貫いたように見えた。でも、よく目を凝らしてみると、九十九雷が、綾の妹を貫いたように見える。
「……ら、い、ちゃん? ……綾にゃん……? う、うあ、うあぁぁぁぁ……」
 奥の方に、前者が見えているらしい妹を見つけた。まずい、精神が不安定になっている。確かあのときも、同じような状況で暴走した……。
 今すぐ動き出したかったけど、どういうわけか身体が動かなかった。異常な量の魔力が渦巻いているからだろうか。正直、気分が悪い。押し潰されそうな気さえする。
 そもそも、この光景はどれが正しいのだろうか。幻覚が使われていることは分かった。でも、私にはそれを解く術が無い。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 獣の咆哮のようなものが響き渡った。今度はなんだ。そろそろついていけない。
 その声を聞いて、誰かを貫いている方が貫いたものを捨てた。べちゃっと。
 必要が無くなったのか、幻覚が解けていきそれが誰だったのか明らかになる。
「……なるほど」
 捨てられたのは九十九雷で、捨てたのは綾の妹だった。これで全てに納得がいった。彼女は、私の能力を使っていたわけだ。そしてあの男の話を組み合わせれば説明がつく。
 なるほど、ショッキングな光景だし、私は遅かった。間に合わなかった。
「流亜、を! よくも、よくも……!!」
 当たり前のことながら、私以外に状況を理解している人はいない。ショッキングな光景を見せつけられた綾が、殺されたと思っている実の妹と対峙していた。目の前にいるのが妹だと分かっていないらしい。
 ここで力を使い果たしたくは無いけれど、止めなくては。更にショッキングな光景を見なければいけなくなる。
「綾、落ち着きなさ……」
「五月蝿い!!」
「ぐッ……!?」
 近付いた瞬間とんでもない力で吹っ飛ばされた。おかしい、力で綾に負けるなんて。
 無様に地面に転がると、受けたダメージの大きさを思い知らされた。身体が動かない。そして凄く痛い。脳がやたらと冷静だけど、他は深刻なことになってしまったようだ。幻覚すら使えない。
「もう、知らない……知ったことか……。全部、終わらせてやる。母親だろうと、知ったことか……!」
 ぶつぶつと独り言を言いながら綾は魔力を溜め始めた。どういうわけか妹は動かない。死ぬつもりだろうか。
「……『雪月華』」
 ぽつりと呟くように吐かれたその一言で、溜まった魔力が一気に放出された。雷撃と氷が合わさり猫神流亜を花のように仕立てていく。
 そういえば、綾の右腕は雷神に捧げたとか聞いたことがある。痛々しいと流してしまったけれど、もしそれが本当なのだとしたら……いや、考えるのはやめよう。どうであれ、この一撃を避けようともしなかった猫神流亜は間違いなく絶命する。
「お姉ちゃんッ!」
 気流子の声が聞こえた。よかった、こっちは正気を保っていたようだ。二人分の足音が近づいてくるのが分かる。
「……大丈夫?」
「どうみえるかしら」
「這いつくばっているように見えるかな」
「黙りなさい」
 大分元気そうだ。気流子も、私も。
「……この、状況。理解不能です。貴方には分かりますか? 雨宮雪乃」
 パーカー少女が話しかけてきた。確か、気流子とロールケーキを食べていた子だ。……紫時雨だっけ。
「……一応は。でも、説明してる暇は無さそうよ。ほら」
「……そのようです」
 全てが終わったようだった。
 氷のオブジェと、膝から崩れ落ちる親友。そこらじゅうが凍っていて肌寒い。

 そしてこの日、私は初めて親友の泣く姿を見た。



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