「アホらしい……バカみたい」

和気藹々とロールケーキを頬張る二人の姿を見て、私は思わず呟いていた。誰がバカって、敵らしき魔力を見つけてここまできた私が。多分、あの二人なら何が起きても戦闘にはならないだろう。万が一なってしまっても、ロールケーキで解決出来るだろう。子供か。……いや、子供だ。
そうと分かればこれ以上私がここに居る必要はない。さっさと綾と合流しよう。
幾つかの魔力の塊の中から親友のものを探す。「見つけた……」どうやら親友は“仲間”と合流して二人で行動しているらしい。あまり行きたくはない、けど、綾を独占されるのも癪だ。行こう。
それに、現在綾を独占しているのは、気流子が懐いているあの雷という女の子なのだし。

「……やられたわね」
数分後、私は漸く異変に気付いた。まったく、間抜けにも程がある。幻術士を名乗っているのに、まさか自分が他人の幻術に引っかかるなんて。お陰で、親友の本当の現在地は分からなくなってしまった。地道に走って探すしか無い。
「…………ッ」
どうしようもなく苛立って、近くの木を破壊する。残念ながら気は紛れなかった。それどころか、余計に自分を苛立たせることになった。
「……ついてないわ」
自分でも引いてしまうくらい低い声で呟いた。
木を破壊したことで視界が広がったのだが、その広がった先に音無少年と汚い白衣の男を見つけたのだ。本当に、ついてない。しかも音無少年は意識がないのか白衣の男に担がれている。
「邪魔して悪いな、幻術使いのねーちゃん」
「……どういうつもりよ」
にやにやしながら白衣の男は話しかけてきた。私は会話する気なんて全くないのだから今すぐ離脱してしまいたいところだ。しかし、幻術が使えない。この男を見つけてから、何かに阻害されているようだ。
「雑談をしてみたくてな。平和のために魔術の阻害をさせてもらってる」
どこからか一枚のお札を取り出して見せびらかすように男は言った。
「私には会話をするつもりなんて無いの。それじゃあ」
私は男に背を向けて歩き出した。ああ、この男に足止めされている間に綾を見つけられたかもしれないのに。
しかし男は私を引き留めるため次の言葉を放った。私は足を止めた。止めざるをえなかった。
「綾のこと、ですって……?」
「ああ。杞憂に終われば良いんだけどな……まあ、俺のお節介でお前に教えておく」
「…………」
何を言っているのだろうかこいつは。教えておくって、何を偉そうに。
「いや、違うな。知っておいた方がいい」
「……どうでもいいから本題を言いなさいよ」
「そうだな。時間もない。……幻術使いのねーちゃん、お前は人形化について知ってるよな?」
「……ええ。一応は」
声は相変わらず不機嫌なままだけれど、聞く姿勢はみせる。悲しいことに他人を見透かす親友のことを、私は詳しく知らない。教えてもらえない。
「訳あって猫神綾は人形化しなかった。……じゃあ、猫神綾の近くに人形化した人物がいたらどうする?」
ニヤニヤと笑っていた筈の男は、いつの間にか真顔になっていた。声のトーンも急に低くなり、ことの重大性を示す。
……いや、でも、人形化してしまえば他人を殺さなければいけなくなるとかそんな話ではなかっただろうか?綾の周りにはそんな人間は居ない……筈。多分。一瞬、あのチャイナが思い浮かんだけれど、あの子は確か未遂で終わった筈だ。
「もし、その人形化した人間が、猫神綾が二年間探し続けた人物だったらどうする?」
「どうする?じゃないわ。事実ならはっきり分かっていることを全部言いなさいよ」
「しゃーないな、簡潔に言うと……」
面倒くさくなってきたのか男の顔が崩れてへらっとした笑みを浮かべた。そして頭をガシガシとかくと続きを言う。
「猫神綾は人形化したそいつを殺そうとしている。そんで、九十九雷がその人形化した奴だ。……更に言うと、猫神妹が姉の肩代わりとか何とか言って九十九雷を殺すために、今この森のどこかに潜んでいるはずだ」
今すぐ走り出したい気分だった。綾の近くにはあの子……九十九雷がいる。気流子が懐いた相手がまさかそんな人間だったなんて。
「冷静でいてくれて嬉しい限りだ。勿論、猫神綾は九十九雷が人形化していると知らない。……って、俺は猫神妹から聞いてる。だからお前は、何かが起こる前に猫神綾を九十九雷から引き離せ。ショッキングなことになるぞ」
ところで、と今度こそ走り出そうとした私を男は引き留めた。引き離せとか言うくせに綾のところへ行かせないとはどういうつもりだ。
「お前が雨宮雪乃だという前提で話をする」
当然、私の足はまた止まった。



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