「……まあ、とりあえずそういう事だ。組織はお前を保護する。今まで悪かったな、オト」
なっ太郎とは呼ばなかった。顔はヘラヘラと笑っていなかった。口元は少し笑っているけれど、それは全体的に見ればただの苦笑で、師匠は真面目にふざけずに僕に謝罪をしたのだった。あの師匠が。
「何を企んでいるんですか?」
だから僕はこう問わずにはいられなかった。さあ、何が望みだこの変態は。しかし、僕の予想に反して師匠の答えは至って真面目なものだった。真面目な謝罪は、純粋な謝罪だった。

「ばーか、家族みたいなもんだった奴を誰が殺したいと思うんだよ。恨みもなんも無いのに」

くしゃり、と師匠は僕に近付き僕の頭を撫でた。僕は面食らって何も言えなくなる。今、この人はなんて言った。
『家族』?
……それは、僕が今までずっと欲しかったものの筈だ。当然ながら師匠と僕に血のつながりなんてものは無い。それなのに、この人は至極当然の事のように……
「何、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしてんだよ。……ほれ、とりあえず行くぞオト」
「行くって、どこに……」
「お前の現家族みたいなもんのとこだよ。言わせんな恥ずかしい」
そう言って師匠は僕へ手を差し伸べた。何が恥ずかしいのかは分からないが、何も言わずに僕はその手を取った。久しぶりに。

かつて、僕は両親の知名度とお金のために、モルモットとして一人の天才科学者に売られた。その天才科学者が今、僕の目の前にいる師匠こと囚我廃斗だ。
師匠は、買ってきたモルモットを家族として受け入れた。家族として、僕は手を差し伸べられた。それが本物であって欲しかった。でも、本物ではないと分かっていたから、僕は家族というものに憧れた。そして、今も。

「ちょっ……家につくまではオチるな、オト。引きこもりに健全な男一人を運ばせる気か?」
師匠に肩を貸して貰い歩き出したものの、安心したのか僕の意識は徐々に薄れつつあった。よく飛ぶ意識だ。引きこもりに自分を運ばせるのは忍びないけれど、身体はとうに言うことを聞いてくれなくなっている。
「……――――」
気がついたら、僕は無意識のうちに何かを呟いていた。何かを呟いたのは確かなのだけれど、それが何だったのかは自分でも分からない。僕が覚えているのは其処までで、そこから先は意識が闇に沈んでしまったのだ。





嫌な予感がする。
ついでにお腹がすいた気がする。
この二つから割り出せること。それはつまり……
「もしかして今日は気流りんお昼抜き!?うわぁぁぁぁ……どうしようぅぅぅぅ」
模擬戦中に家に帰ることは出来ない。なんてルールは無かった気がするけど、みんなが修行に勤しんでいるというのに一人だけご飯を食べて呑気に過ごすというのもどうかと思う。
「ご飯食べてなくても呑気に過ごしてるけどねっ」
魔法が嫌いだから使わない。
要は逃げているだけだ。あの日の事からも、あの中年からも、自分からも。向き合いたくない。嫌だ嫌だ、暗いことは考えたくない。私はバカみたいに明るく、シリアスをシリアルにして食べていればいいんだ。

「てーてれれってってー、ロールケーキー」

と、言うわけで某猫型ロボットの真似をしながら食べ物を取り出した(シリアルではないけれど)。どこから取り出したか、ということについては内緒で。いざという時のために食べ物を隠し持っていて良かった。これで飢えはしのげる。別に飢えてはいないけど。
近くの大きな岩の上に座って、もぐもぐとロールケーキを咀嚼し始める。勿論カットなんてしていない。恵方巻きのように丸かじりだ。

三分の一程ロールケーキを無言で食べ終わると、なんとなく誰かの気配を感じた。最初は気のせいかとも思ったのだけれど、段々それは強くなっていく。
「ロールケーキを一口食べる度に視線が突き刺さる気がしなくも、ない!隠れてるなら出て来ないとロールケーキあげないよ!?」
気のせいだと思いたくて、不安を拭いたくて叫んでみた。

「…………」

ガサッと、茂みからキャップの上にパーカーのフードを被った女の子が出て来た。出て来ちゃった。
「お、おおう……おう……」
自分で呼んでおいてなんだけど、どうしようか。まさか本当に居るとは思わなかった。ましてや出て来るなんて。
「…………」
「…………」
流れる沈黙。女の子はジッと私を見たまま動かない。……いや、私じゃなくてロールケーキかも。一口、ロールケーキをかじってみたら視線が鋭くなった。
「…………食べる?」
耐えきれなくなって、ロールケーキを千切って差し出してみた。

気がついたらロールケーキは消えていた。……こいつ……出来る…………!
「…………」
女の子は無言のまま、まだ私の手に残っているロールケーキを見つめていた。口元には割と多い量の生クリームをつけて。
「……ロールケーキ」
くれないの?と、いいたげな顔をされた。なんだか捨て犬みたいだ。蛙みたいだったら大歓迎なのに……と思いかけて、慌てて否定する。人面蛙なんて嫌だ。
「……ロールケーキ」
「ロールケーキを要求する前にもっと他に言うことがあると思うよ!」
まともなことを言ってみた。数日前に『お腹すいた』を連呼し続けて組織の人を困らせた事実については勿論棚にあげておく。
「…………ほか?」
ロールケーキに向けられていた視線が、私に向けられる。……なんだろう、見た目の年齢は小坂君と同じぐらいの筈なのにやけに子供っぽい目をしているような気がする。分かりやすく言うと、私と同じ臭いがする。
「そう!そもそもあなたは誰ですか!」
「……知らない人には名乗るなって、桜月が」
困った。中身が想像以上に私よりも子供だ。
「ロールケーキを分かち合った仲でも?」
自分でもよく分からないことを言った気がする。……いや、でも食べ物を分かち合うことは生物学的に云々……ええい、難しいことはよく分からない。
「……紫時雨」
「え?」
「または宇治金時」
「おいしいよね!」
ロールケーキは偉大だった。あっさり名前を教えてくれた。宇治金時……美味しそうな名前だ。じゅるり。

……ところで、この宇治金時ちゃんはどこからきたんだろう?



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