場にいた一人と一匹が死んで、儂は独りになった。…………ん?儂? 「あ……あれ?なんか、一人称が変ですだ…………ですだ?」 一人称どころか語尾までおかしい。今まで通り、普通に喋っているはずなのに一人称と語尾が勝手に改変されてしまっている。何が起きた。どうしてこうなった。 『つまりあれだろ、爺が言ってたように、俺がお前の人格の一つになった結果、口調がごっちゃりしたんだろ』 変な声がした。 『変な声とは失礼だな』 変な声の主こと、憎き狐が文句を垂れた。姿は見えないが。 『だから、あの爺が言ってたように、俺がお前の人格になってんだよ。……フン、しばらくしたらこうやってお前と会話すら出来なくなりそうだな』 思うだけで会話が成り立つというのは非常に便利だ。 そういえば、人格がどうとか、仙人がどうとか言っていた気がする。なるほど、これが呪いという奴だろうか。
動かない長老を見る。儂は、儂に起きた異常に気付いた。 「……目の前で長老が死んでいるのに…………」 悲しい。悲しいというか、憎しみが満ち溢れているというか。とにかく負の感情が渦巻いている筈なのだ。それなのに、長老の無惨な姿を見て歓喜すらしている自分もいる。狂っているとしか思えない自分が。 気持ち悪い。ぐるぐると真逆の感情が自分の中で渦巻いている。自分が二人いるような気がする。 「……う…………うう……」 呻く。呻いて何になるわけでも無いけれど。そして呻きながら、儂よりは物を知っているであろう狐を呼び出した。 『……なんだ、小娘。俺はそろそろお前と完全に融合するんだが』 不機嫌そうに、狐は言う。 儂と融合する? どういう意味かはっきりとは分からなくて、自分の中にいるであろう狐の姿をイメージしてみる。声が聞こえるのなら、姿が見えても良いと思ったのだ。 とにかく儂は、今の状況を完璧に分かっている人に傍にいて欲しかった。分からない。分からなさすぎて気持ち悪い。分かりそうな気もするから余計に。
目を瞑る。 暗闇の中に、狐が見えた。身体の一部が人間と化した狐が。人間と化した身体は、チャイナ服を着ていた。それだけで、目の前の狐が儂になろうとしていると理解してしまう。 『……暁と言ったな』 「なんですだか」 『睨むな。俺からの遺言だ』 狐の顔の右半分が、段々儂の顔に近付く。それと同時に、黄色い毛が茶色に変色して、毛質も人間の髪の毛のようになっていく。 『お前は、俺の力を全て手に入れた。だから、一つ言っておく……気をつけろ。使い方を間違えれば、お前の中身を増やすことになるぞ……』 右半分が完全に儂の顔になって、左半分の変形が始まった。顔は、目が狐のようにつり上がって、口角もそれに負けじと上がっている。不機嫌そうだと思ったけれど、笑っていたらしい。 「儂の、中身を増やす……」 狐の言葉を反芻する。儂の臓器がアメーバみたいに分裂するイメージが沸いてしまって、慌ててそれを打ち消した。有り得ない、有り得ない。
『直ぐに、意味が分かるさ。……まあ、頑張れよ』
一瞬、狐が哀しげな顔をした。しかしそれを確認する暇もなく、狐の姿は完全に儂になった。 「うっ……あっ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 同時に、儂は脳味噌が破裂してしまうのではないかという程の激痛に襲われて、その場に倒れ伏した。 燃えている人、肉の味、消えていく森。色々な映像が無理やり頭の中に押し入ってくる。チカチカと視界が点滅して、呼吸すら上手く出来ない。
「――――あっ……」
映像は直ぐに止まった。同時に激痛も収まり、呼吸も回復する。 「……最後の、あれは…………」 最後に見えた映像。 それは、儂に殺されようとする瞬間だった。 つまり、今流れ込んできたものは、儂が殺した狐の記憶。儂の中身を増やすという意味がようやく分かった。 全ての意味が分かると、今度は急にむしゃくしゃしてきた。何かを壊したい。壊したい。とにかく、ぶっ壊したい。壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊す。
「……はっ…………こりゃあ、確かに呪いですだ」
失いかけた理性を取り戻した頃には、辺りにあった木々はどこにも無くなっていた。ついでに儂が暮らしていた村も無くなっていた。 焼け焦げた更地で、儂の乾いた笑い声だけが響いていた。
・ ・ ・
十年経っても、儂の姿が変わる気配が全くなかった。もう、二十五歳になっている筈なのに、十五歳のあの日のままだ。 死にたい。 いつからそんな願望が芽生えたかは忘れた。兎に角儂は今だって死に場所を探している。
それだけの話ですだ。
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