これは儂が“仙人”になる前の、只の少女だった頃の話。
年数的には十年ぐらい前のことだと思う。





「長老ー!長老ー!」
ツインテールでチャイナ服に身を包んだ少女こと私は、村の長老を探して走り回っていた。
「おいこらさっさと出て来い糞爺!」
爺が出て来なくていい加減腹が立ったから、近くの木を蹴った。ドゴォッという音がして、蹴った部分は抉れて木は倒れた。今日も絶好調だ。

「まあまあ、そんなに気を荒げるでない暁よ」
木を蹴り倒した私の後ろから、長老の声がした。振り返ると、当然のように長老が居た。いつから居たのかは全く分からない。この爺はそういう奴だ。
私はこの爺があまり好きではない。
むしろ嫌いだと言ってもいい位だ。いつも説教じみたことしか言わないし、その癖何もしようとはしない。でも絶対的な力がある。近くにいて苛々させるのだ。
「長老がさっさと出て来れば私は苛立ってねえっす!」
だから、躊躇なくさっき木を蹴ったときと同じぐらいの力で回し蹴りを繰り出す。「ふぉっふぉっふぉ、暁はお転婆じゃのう」と、片手で止められた。腹が立った。
「もう我慢出来ない、今日こそ長老の脳天に一発喰らわせてやる!!」
腹が立ったから、あらゆる手を尽くして攻撃することにした。今までも何回か、こうやって襲撃しているけれど、私は長老に一撃も喰らわせる事が出来ていない。本当にこの爺は嫌いだ。
「無理だと言っておるのに諦めが悪いのう。まるで儂の若い頃を見ているようだ」
私に勝手に自分の若い頃の面影を見ながら、糞爺は私の攻撃を片手で受け止めている。此処まで通用しないと、泣いてしまいそうだ。こんな奴の前では決して泣かないけれど。

「そんな事言われても虫酸が走るだけだし、そもそも長老に若い頃なんてないでしょう!」
「失礼な奴じゃのう」

一瞬、身体が宙に浮いた。次の時には私は地面に寝ていたが、身体に痛みは全くない。苛立つ。人を投げているのに気を使えるその余裕が。

長老は特殊な人間だ。
“村の長老”という顔だけではなく、“千年の時を生きる仙人”という顔も持つ。だから、若い頃が無いというのは言い過ぎでも、若い頃が遠すぎて分かるはずがないのである。このやたらと強い爺が若かったら……と思うだけで苛々する。決して勝てない相手は嫌いだ。

「して、暁。儂に何か用があったのでは無かったのかな?」
ふと思い出したかのように長老は言った。私は長老に言われてやっと長老を探していた理由を思い出す。
「ああ、そうです長老!村の西側に火狐が出たって騒ぎが!」
「な、なんじゃって!?儂の饅頭が食われたとな!?」
「どう聞き間違えたらそうなるんだよ!」
ツッコミがてら跳び蹴りをしてみる。足を片腕で掴まれ、私の身体はそのままの状態で静止した。最早この爺はチートである。
「ふぉっふぉっふぉ……儂の饅頭を食いおった憎き火狐は既に捕らえたから安心せい」
ほれ。と、ずっと後ろに回したまま動かさなかった方の手を、長老は私に見せた。長老の手には首を捕まれてもがく狐がいた。
「饅頭は食っていないと何度言ったら分かるんだこの爺は!おい、そこのお前!お前もなんとか言ってくれたらどうなんだ!」
狐が喋った。なんとか言ってくれと言われても、私にどうしろと。私はこの狐が饅頭を食べたとか食べていないとか、そんな事を知っている訳がないのだからどうしようもない。

「ああもう、どうしようもねえな!」
黙っている私を見て狐はしびれを切らした。口が悪いな、と思ったけれど私が言えた事では無かった。私も口が悪い。
「俺は饅頭よりも人肉の方が好きなんだよ!」
そう言って狐は大きく口を開けた。
そして、容赦なく噛みついた。

噛みついた。

長老の首に。

噛み千切った。

長老の首を。

「……え?」
突然の出来事に、頭の中が真っ白になった。
何が起きた。何が起きた。何が起きた。何が起きた。何が起きた。何が起きた。何が起きた。何が起きた。
今、私の目の前で何が。


私がいくら状況を理解できなくとも、時間は進んでいく。何も止まりはしない。
崩れるように倒れる長老の身体も、長老の首から噴き出す鮮血も、ケタケタと笑う狐も。止まらない。
「――――ちょ…………」
どさりと、長老が地面に倒れきったところで私は初めて状況を呑み込んだ。
そして叫んだ。

「長老ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」



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