「……は?敵?」
しかも、有り得ない数とはどういうことだろうか。 「うん。敵だ。……ただ、大半が同じ魔力っぽいからダミーだとは思う……んだけど」 其処まで言って、猫さんは僕の左肩に頭を乗せるようにして寄りかかってきた。こんな事を考えている場合じゃないと分かっていても心臓がバクバクする。どうしようどうしようどうしようどうしよういやあぁぁぁぁっ! 心の中が超フィーバー状態になっている。落ち着け。お、おちちけ僕。 「……少なくとも、一度は見たことある向こうのメンツが全員居るかも……。裕みたいに正確には分からないけど…………」 「……じゃあ、早いとこ僕達は分散したほうが良いですよね?」 運の悪いことに、僕達は今模擬戦の真っ只中で戦力がどうしても偏ってしまう状態なのだ。現に、もう此処で四人が固まっている。 「早い話が、そうだね。……でも、戦力を分散させることが相手の目的って線も否めない。……相手の一番の目的は、多分音無君、君なんだろうしさ」 僕の肩にもたれかかって居るため、猫さんの表情は分からない。そのかわり、仙人さんを追いかけ回す雪乃さんの表情が見えた。
般若のようだった。
・ ・ ・
組織の人よりも先に、僕に襲いかかろうとする雪乃さんを適当に宥めてから、猫さんは今の状況を二人にも伝えた。なんと、戦いながら。 一応、組織側にはまだ僕達が此処で固まって戦って居ると思わせたいらしい。確かに、その方が有利かもしれない。罠を仕掛けて不意打ち出来そうだし。 「敵を欺くのに良い案があるですだ」 先ほどとは打って変わった力加減で炎を繰り出しながら、仙人さんが言った。 雪乃さんと猫さんは、仙人さんの言葉の続きを待っているのか何も言わない。そんな二人を見てから仙人さんは続きを言った。 「そこの嘘吐きがこのドームを維持出来るのなら、儂達は此処に魔力の塊を置いておけばいいですだよ。そんで、儂達は魔力を極力抑えて行動。ドームに釣られた奴らは、儂らの置いといた魔力がお出迎えって事ですだ」 こんな風に。と、仙人さんは誰も居ない場所を爆発させた。なるほど、嬉しくない出迎えだ。 そんな仙人さんの提案に、雪乃さんは不機嫌そうに言った。 「何故」 「ん?何がですだ?」 「何故私がそんな事をしなきゃいけないのかしら?協力するなんて一言も言っていないわよ」 「やれないですだか?」 「やらないのよ」 二人の間で不穏な空気が流れる。どうしてこう、二人は仲良く出来ないのだろうか。 何時もは仲裁してくれる猫さんは、心此処にあらずと言った感じでドームの外をじっと眺めていた。一応、氷柱を弾丸のように打ち出すのは忘れていないようだが。
「……雪乃、気流ちゃんが心配だよ」 やがて猫さんは、拒否し続ける雪乃さんにそう言った。 「ドSな中年だっけ?……そいつの気配がする」 「…………そう」 雪乃さんはそれだけ言うと、姿を消した。気配も感じない。猫さんの「僕達も行こうか」という言葉で、雪乃さんが既に此処から出たことを知った。
・ ・ ・
覚えのある魔力の方へ走り出してから、何分経っただろうか。 「やあ、久しぶりだね、嘘誠院音無。わざわざご苦労様」 「……琴博、桜月君、でしたっけ」 一番最初に僕を殺しに来た桜月君と僕は、川を挟んで対峙していた。 「仁王君から離れてもらえますか?」 桜月君の傍らには怯えた表情の仁王君が居る。もう少し早く仁王君を見つけられていたら、と後悔した。今更遅いけれど。 「安心しなよ、嘘誠院音無。僕はこの子に危害を加えるつもりはないよ」 丁寧に組織までエスコートするつもりさ。と、桜月君は笑った。人はそれを誘拐と言うと思う。仁王君が抵抗すればの話だけれど。
「一応」と、桜月君は笑みを消して、心底嫌そうな顔で続けた。手には二振りのナイフが握られている。目測で刃渡り二十センチ程の、無骨なナイフだ。 「君を殺そうとも思わなくなったらしいよ。安心したら?」 「吃驚するほど信憑性が有りませんけど」 そんなナイフを取り出した人に言われても、これから取るであろう行動が、言葉に反している気がする。
「……まあ、大人しく僕に縛られてくれるのなら別ですけど?『鎖ノ罠』《チェーン・トラップ》」 「はっ、冗談」
どうせ向こうもやる気満々なのだ。殺意剥き出しにされて尚もあんな言葉を信じるほど僕は馬鹿ではない。先手必勝説を信じて、僕は三本ほど桜月君を囲むように鎖を召喚した。 桜月君は、それを猫のような身のこなしで、後ろに跳んで避ける。 「そうだな……僕に『参った』と言わせたら、本当のことを教えてあげないこともないよ」 今度は前に、僕に飛びかかるように動いてから桜月君は不敵な笑みを浮かべて言った。 「どうせ参ったなんて言わないオチでしょう?」 振り下ろされた二振りのナイフを鎖で受け止めながら僕も微笑んだ。別に桜月君の何を知っているという訳でも無いのだけれど。
「ご名答」
また桜月君が後ろに跳んだかと思うと、僕の頬に鋭い痛みが走った。ナイフと同時に何らかの魔術を使っていたらしい。……風、だろうか。 兎に角、僕と桜月君の戦いの火蓋は落とされたのである。
|