見事、僕達に不安を残し、魚をナイフで串刺しにした雷さんは、ナイフが突き刺さってもまだ動く、生きの良すぎる魚を見て川から出ずに固まった。一体どうしたのだろうか?
「あ、あの……」
さっきまでの雰囲気は何処へやら、おどおどとしながら雷さんは口を開いた。

「魚、が、怖くて…………」

…………。
まあ、女の子は魚が苦手であったりする場合が少なくない。ましてや、ナイフが刺さった状態でも動く魚は誰だって苦手だ。僕だって軽く引いているほどだ。
うん。頭では分かる。分かって居るんだ。分かっているけれど、僕は叫ばずにはいられなかった。
「ちょっとキャラを固定して貰えませんかッ!?」
魚を刺そうとする雷さんと、魚に怯える雷さん。どっちが、雷さんの本質なのだろうか。あるいは、両方とも彼女の本質なのか。いや、それにしたってキャラがぶれすぎである。多重人格はもう居ると言うのに。
記憶を失う前と後が混ざり合ってしまっている可能性も否めなくはない。むしろ、そうであった方が色々と納得出来る。気がする。気がするだけである。

「あっ、あの……」
「…………」
「その……」
「…………」
「あの、これ、お願いします」
「いや、刃と魚を向けられましても」
おどおどしている雷さんを、無言で眺めていたら、魚が突き刺さったナイフを向けられた。釣り竿ではなく、ナイフというところに恐怖を覚える。
しかし、意地悪していてもどうしようもないので、僕に刃を向け続ける雷さんからナイフを受け取った。そして、魚からナイフを引き抜いてバケツにシュート。バケツの中の水をこぼしながら、魚はバケツの中に入った。
「どうでしょう?今のスリーポイントですかね?」
「スリーポイントはもう少し遠くからだと思いますよ」
小ボケをかましてみたら、冷静に対処されてしまった。これは悲しい。

「とりあえず、川の中に入ってみればいいんですよね?」
何時までも、魚の捕獲に失敗しているわけにも行かないので、雷さんの助言に従うことにした。靴と靴下を脱いで、Gパンを膝の上まで折って捲り上げる。
「はい、そっちの、方が、見やすいと、思いますよ」
ついでにマントを脱いで川の中へ入っていった。
「あっ、川の中、滑りやすいから、気をつけてくださいッ!!」
雷さんの助言も虚しく、そう言った瞬間に僕の視界は反転した。
背中を強打し、一瞬息が止まる。痛い。何が起きたのか分からずに呆然として、それから自分が思い切り足を滑らせて転んだことに気付いた。恥ずかしいとか言う次元じゃない。穴があったら引きこもりたい。
「…………」
僕は無言で起きあがった。
「お、音無さん……?」
「あ、あの、すみません、私が……」
気まずそうな視線を送りながら二人が話しかけてきた。
「は……」
「「は?」」
「あははははははっ」
僕はそんな二人の視線を吹き飛ばすように、全身ずぶ濡れのまま一人爆笑した。ヤケクソと言っても過言ではない。
「ははははははははっ」
川に座り込んだまま、僕は笑い続けた。





「バカなんじゃないですか?」
一頻り笑うと、空美さんにそんな事を言われた。ついでに、家の風呂場に強制送還された。さっさとシャワーを浴びてこいとのことだ。
僕は言葉に甘えて、ずぶ濡れの服を脱いで洗濯機にシュートして、シャワーを浴び始める。ああ、生き返った。
いくら夏場が近いとは言え、外でずぶ濡れになったら寒いのである。多分、あのまま放置されていたら僕は風邪をひいていただろう。本当にどうしようもないな、僕は。ため息すら出て来ない。

シャワーを浴び終え、身体を拭いて、誰かが用意してくれたらしい服を有り難く着る。髪は……自然乾燥で良いだろう。がさつにタオルで拭いて、後は放置することにした。こんな事をしたら髪の毛が痛むだろうか。気にしないからまあいいか。
「よう音無。水遊びは楽しかったか?」
脱衣所から出ると、台所に立っていた小坂君に、そう皮肉を言われた。
「あんまり楽しめなかったですよ。背中が痛いですし」
実はシャワーを浴びているときもずっと背中が痛かった。まあ、下が石ばっかのところで思い切り転んで背中で着地したのだから、打撲していたり皮がむけていたりしていてもおかしくはないと思う。我ながらアホだ。
「背中か……気になるなら見てやってもいいぞ?」
「あー、じゃあ、お願いしても良いですか?」
「まか…………任せとけ」
大したことは無いだろうけれど、適切な処置を受けられることに越したことはない。
脱いだ方が見やすいとの事だったので、上半身は裸になった。せっかく温まったのに、また冷えてしまうのは目をつぶっておこう。そんな事よりも、今この場に葉折君がいたら僕は上半身裸にもなれなかったんだろうなと思って苦笑した。



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