気流ちゃんが下に降りてから少しして、ドゴォッという音が聞こえた。一体誰が何をやらかしたのだろうか。 程なくして、数人が勢いよく階段を昇る音が聞こえた。そして、その勢いを殺さないまま、僕と雪乃がいるこの部屋の扉が開かれた。そこに居るのは、小坂君、仙人、空美ちゃん、気流ちゃん、仁王君……それから、仙人に背負われた音無君だった。葉折君は居ない。彼は…………何となく分かる気がするけれど、後で読ませてもらおう。雪乃は彼に対して無関心を貫いていたことだし。 「えっと……おはよう?」 手を振ってみた。
「おはようじゃねーですだよ猫神!」 「そうだぞこの野郎!何時までも寝ていやがって!!」 「他に言うことがあると思いますよ猫さん!!」
怒られた。 なんで僕が怒られているんだろう……理不尽だと思う。 「うわぁぁぁぁッ猫さぁぁぁぁんッ」 「ちょっと!綾に触らないで!!」 そんな中、気流ちゃんが僕に抱きつこうと飛び込んだ。それを表面上だけ気流ちゃんを嫌う雪乃が阻止した。 そこまで嫌わなくてもいいのに、と思ったけれど、ここは僕が素直に感謝するべきなのだろう。あのまま気流ちゃんに抱きつかれていたら、怪力で僕がどうなっていたか分からない。恐ろしい話だ。
「他に言うことがあるっても言われても……」 僕は寝て起きただけのようなものだから、『おはよう』以外には考えられないわけで。でもそれで僕は怒られたのだから、他に言うことを考えなければならない。……心配をかけてしまったのは悪いと思っているけれど、不可抗力だと思うんだよね。 「……お腹すいた…………」 「おはようの次はそれですだか!?」 しまった。ふと思ったことが口に出てしまっていたようだ。 「……仕方ねえな。持ってくるから待ってろ」 「いやいや、僕も下に行くよ」 「待ってろ」 「はーい」 別に酷い大怪我を負った訳では無いのに、大袈裟だと思う。……いや?刀が貫通していたんだっけ? 「お主という奴は……完全に心臓が止まっていたですだよ…………」 「精神が耐えきれなければ完璧に死ぬとか言われていましたしね……」 「なかなか猫神も後先を考えない馬鹿ですだな」 「猫なのに馬と鹿なのね。私もぴったりだと思うわ」 「雪乃まで僕を貶すのかい……」 最後に親友の裏切りが待ちかまえているとは思っていなかったので、軽くショックを受けた。
「ところで」 話の流れを変えるために僕は口を開く。これ以上貶されるのはごめんだ。別に、それだけが理由では無いのだけれど。 「音無君はなんでまたボロボロなんだい?」 仙人に背負われて寝ている音無君はボロボロというか土まみれというか、そんな感じだった。一人だけ寝ているし。 「ああ、仙人さんがフルボッコにしました」 「仙人こそ何をやってるんだい!?」 「大丈夫ですだ。骨は折っていないですだよ!」 「そういう問題じゃあないと思うんだ!」 まず、なんで音無君が仙人にフルボッコにされているんだろう。音無君は何をやらかしたのだろうか。 「別に何もしてませんよ?ただ、手合わせをしていただけで」 「手合わせがハードすぎないかい……?」 「猫神もやろうですだ!」 「…………」 雪乃に視線で助けを求めたら無視された。全くこの親友様はたまに酷い。
「おい、猫神。飯持ってきたぞ」 「ああ、ありがとう」 思っていたよりも早く小坂君はご飯を持ってきてくれた。僕はそれを有り難く受け取り、食べ始める。うん、美味しい。 「ところで小坂君。僕はすぐに暴れてもいいのかい?」 仙人との手合わせはちょっと嫌でも、僕も修行をしなければいけない。今回のことで力不足は充分に分かったのだから。 「一応、1日安静にしていれば良いと思うぞ」 「そっか、ありがとう」 それじゃあ明日から始めることにしよう。雪乃は……付き合えないだろうし、空美ちゃんにでも相手をしてもらおうかな。
ピーンポーン…………
ご飯を食べ終え、気流ちゃんが食器を下に運びに行ったと同時くらいに、久しぶりのインターホンが鳴った。 「誰でしょうか……」 「儂、見てくるですだよ」 空美ちゃんと仙人はそう言って部屋を出て行った。僕もついて行こうと思ったけれど、こんな時ぐらいしか使えない読心術を使うことにした。相手のことが先に分かるに越したことはない。 「……あれ?」 「どうしたの?綾」 「なんか読めない……」 「妨害されてるとか、あのチャイナみたいな感じとか?」 「違う」 僕はため息をつきながらベッドから降り、立ち上がった。読心術も使えそうで使えない。困ったものだ。 「その人、記憶喪失みたいだ」
仕方無く部屋を出て記憶喪失さんを見に行く事にする。階段を降りると、玄関でみんなが戸惑っていた。 「お、おう、猫神……」 僕が来たことに気付くと、小坂君が助けて欲しそうな目線を此方に向けてきた。でも、残念ながら僕に分かることと言えば、その人が記憶喪失だということぐらいで。悪いと思いながら小坂君を無視して、僕は記憶喪失さんと向かい合った。
「え……なんで……君、なんだい……?」
其処には、気持ち悪さも歪みも全く感じさせない、ただただ戸惑う九十九雷が居た。
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