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一人。
また一人と傷ついていく。
僕の目の前で、僕の意思に反して、僕の手が届かないまま、傷ついていく。 僕の叫びは誰にも届かず、また誰かが僕の目の前で血を流す。
僕は手を伸ばす。 傷ついて欲しくなくて、手を伸ばす。 手は届かない。
そうしてまた、血が流れる。 僕はそれを嘆いても、それが嫌だと思っても、決して悲しむことは出来ない。 出来ない。
人影が、目の前で揺れた。 白く光る刀が、人影を襲う。
僕は手を伸ばす。 刀からその人を守りたくて、叫ぶ。
「音無くッ!……ん?…………嗚呼、夢か……」
決して良いものではない夢を見た。こういう夢に限って記憶に残る。嫌なものだ。
さて。 視界に、見覚えのある天井が広がっていた。小坂君の家だ。確か僕達は組織に乗り込んで闘っていたはず。……というと、無事帰ってこれたのだろうか? とりあえず起き上がってみると、胸の辺りに違和感がした。 「……おや」 包帯が巻かれていた。何故こんな所に包帯が巻かれているのだろうか。思い出せる限りの記憶を探ってみる。むむむ………… 「……あれ?僕って刺されたんだっけ?」 そういえばそんなような気がする。嗚呼、夢とは違って僕はちゃんと間に合ったのか。良かった。
「…………ん……綾?」 僕の足の辺りに、雪乃が突っ伏していたことに今気付いた。今の今まで寝ていたらしく、ボーっとしている。今が何時か分からないけれど、とりあえず僕は「おはよう」と言っておいた。外は明るいみたいだし、少なくとも夜じゃないはずだ。 「……おはよ…………。…………綾ッ!?」 目を擦って少し間があってから、雪乃はガバッと立ち上がって大声になった。吃驚した。 「ん?んっ?どうしたんだい?せつ――――」 「綾ッ!!」 僕の言葉は遮られた。というか、何も言えなくなった。 その理由は、雪乃が珍しく僕に思い切り抱きついてきたからかもしれない。その勢いで、僕が雪乃に押し倒されてしまったからかもしれない。でも、一番は僕に抱きついたまま「良かった」をひたすら連呼する雪乃の姿だろう。 「…………泣いているのかい?」 「……そんなわけ、無いじゃない。……馬鹿」 雪乃は泣いていた。 読心術を使うまでもなく分かる。何故泣いているのかは分からないけれど、多分というか、絶対僕が原因だから、雪乃が泣きやむまで頭を撫でてあげる事にした。
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「……貴方は一度死んだの」 泣きやむと、雪乃は少し赤い目をして言った。勿論僕は混乱した。 「死んだって…………え?なら何で僕は」 「『人形』がどうのとか、貴方の弟妹が言ってたわよ」 「……え?弟妹って…………裕と流亜?えっ?」 「それ以外に誰が居るのよ」 いやそうなのだけれど。何が起きたのか分からなすぎて混乱する。多分このまま説明されても理解出来ないだろうから、僕は雪乃に許可を取って記憶を読ませて貰うことにした。
「……もうあれから10日は過ぎてるんだ…………」 まずそこに驚いた。どんだけ僕は寝ていたんだ。いや、死の瀬戸際を一回越えかけたらしいから仕方ないのかも知れないけれど。 「裕と流亜か……」 二年前に家出してから二人には会っていない。前にスキルを借りたときも、顔を見たわけではないし。次に会うときが来たら、僕は二人になんて言われるのだろうか。
「……まあ、いいか。……ありがとう、雪乃」 どうやらこの親友様は僕が蘇生(?)してから目覚めるまで、ずっと僕のそばに居てくれたらしい。嬉しいじゃないか。 「そうだ、綾」 「ん?なにかな?」 「綾って髪の毛長かったの!?それに黒髪って!!」 「あー……」 奴か。あの非対称カットがそんな事を吹き込んだのか。いや事実なのだけれど。 肩につかみかかって僕を揺さぶる雪乃から目をそらす。何をしでかそうとしているのかなんとなく読めてしまって、それを回避するにはどうすればいいか考えあぐねる。いやぁ、墨汁をぶっかけるのは苛めだと思う。 「お姉ちゃーん、一応ご飯があるんだけど……」 ナイスタイミングと言うべきか、一人分の食事が乗ったお盆を持った気流ちゃんが扉を開いて現れた。……いやぁ、それにしても本当に僕は十日間だけ寝ていたのだろうか。本当に十日間だけなのだとしたら、気流ちゃんの成長期が劇的に訪れたことになるのだけれど…………とか思ったが、気流ちゃんをよく見たら髪留めが一個無くなっていた。納得した。 「ね、ねね、ねねねね、猫さん!?」 当の本人の気流ちゃんと言えば、お盆を片手で持って僕を指差しながら口をパクパクさせていた。 「おはよう、気流ちゃん」 「小坂くぅぅぅぅんッ!!」 出来るだけ笑顔で挨拶をしてみたら、気流ちゃんはお盆を両手で持ち直してからドタドタと何処かへ行ってしまった。気流ちゃんがお盆を投げ出してしまわなくて良かったと安心した。
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