それから一週間が経った。
何事もない、平和な日々が一週間。

人間、喉元過ぎれば暑さを忘れると言うが、あながち嘘でもないかもしれない。
治療中を良いことに、僕等は十日前に組織に乗り込んだとは思えないほど平和ボケした生活を送っていた。

「お前等の治療は終わった」
何の前置きもなく小坂君は言った。
「終わったって事は……いいんですだな!?」
「ああ、存分に暴れろ。ただし骨は折るなよ」
「キタァァァァですだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
十日もの間、大人しい生活を強いられていた仙人さんが歓喜に叫んだ。うん、やっぱり仙人さんは元気な方がいい。
さて、小坂君から骨は折らないという条件付きで暴れることを許可された。こうなればやることはただ一つ。

「……空美さん、仙人さん。手合わせをお願いできますか?」

喉元をいくら過ぎてもやるべき事を忘れる訳じゃない。
快く頷いてくれた二人を連れて、僕は家の目の前にある森の中へ入っていった。修行の為に。





「ん、んー……教えてくださいって言われても、私は見様見真似で覚えたんですよね……」
森の中へ入ると、音無さんに『あの時やっていた、素手でコンクリを破壊する技を教えてください』と丁寧に頼まれた。ご丁寧にどうも、どうも。
とは言え、お兄様の技を勝手に覚えた私は教えられるほどこの技を知り尽くしている訳ではなくて。

「音無」
「なんですか?仙人さん」
「肉弾戦は教わるんじゃなくて身に付けるものですだ!!」
「ッ!?」

どうしたものかと考えていたら、音無さんが仙人さんに殴られた。それはもう体重が乗った素晴らしい右ストレートで、音無さんの腹に綺麗に入った。不意打ちを食らった音無さんは後ろの木にぶち当たるまで飛ばされた。これは酷い。
「ガッ……ごほッ……うう…………」
ずるずると座り込みながら、音無さんは呻く。うわぁ、痛そう。
「手加減はしたですだよ!」
仙人さんはいい笑顔をしていた。多分、絶対安静を強いられてストレスが溜まっていたのだろう。なんという肉体派。なんという脳筋。
「もう少し手加減出来ませんか?仙人さん……これじゃあ骨が折れそうなんですけど……」
「そんな事」
避ければいいだけの話ですだ!と大声で言いながら、今度は左ストレートが音無さんの顔を襲った。さっきから仙人さんは拳をノーモーションで撃つものだから、突然過ぎて驚く。多分今の左ストレートも直撃しただろう。鼻が折れていないことを祈るばかりだ……多分折れていると思うけど。

「……よけた、ですだか」

ニッと、不敵に仙人さんは笑った。仙人さんの拳は、音無さんがもたれ掛かっている木を破壊しただけだった。音無さんは首を横に倒してなんとか仙人さんの攻撃を回避したようだ。この反応速度は一体……。
「いやぁ……、人間って命の危険を感じたときにとんでもない力を発揮するんですね」
そう言いながら、あははと笑う音無さんの目は何も笑って居なかった。確かに、笑える話じゃあない。

「……悪いですだ、空美」
「へ?」
「空美を仲間外れにするかもしれないですだ」
突然仙人さんが謝るから何事かと思ったら、そういう事だった。これから二人で殴り合うらしい。
「それなら、構いませんよ。私は此処と家を行ったりきたりしておきますね」
出来ることならまだ、仙人さんとは手合わせをしたくないことだし。私は私にしか出来ないことをやろうと思い、連絡係を買って出た。
「うむ、よろしくですだ。……それじゃあ音無、始めるですだよ。さっさと立てですだ」
「……お手柔らかに、お願いします」

先に動いたのはやっぱり仙人さんだった。
跳ねるように高速で移動して、やっと楽に動きが見えた頃には空中から蹴りを繰り出す。単調な動きだけれど、このスピードは至難の業だろう。炎による加速もされている事だし。
それに対し音無さんは、木の裏に隠れたり、腕に鎖を巻いて防御したりしている。明らかにというか、案の定防戦一方で、仙人さんは音無さんに攻撃させる暇を与えない。スピードが違いすぎる。
「音無も攻撃しなきゃ意味ないですだよ!!」
仙人さんの蹴りや拳は森の木を破壊していく。音無さんが防御出来なくなるのは時間の問題だと思うけれど、この仙人さんに攻撃するというのも無理な話だと思う。なんて無茶な修行だろう。
持って後何分ぐらいだろうか。多分、一撃でも直撃すれば音無さんはダウンするだろう。仙人さんの強さはあの時しっかりと確認した。私もお姉ちゃんも。
私も仙人さんに手合わせをしてもらえれば肉弾戦も少しは強くなれるかもしれない。でも、今この二人の手合わせを見る限り、あまり気が進まない。私は音無さん程持たないだろう。

「あ」
「あ」

私と仙人さんの声がハモった。
それと同時に、仙人さんの拳が音無さんの鳩尾をとらえていた。



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