駆け出したい気分ではあるけれど、僕の体力で今走ってしまったら何かあったときに対応が出来ない。
……全く、もどかしい。
焦る気持ちを抑えつつ、早歩きで僕は音がした方へ向かった。

「…………」

直ぐに、その場所へはたどり着いた。
どこからあの音がしたのか正確には分からないけれど、ここら辺であることは間違いない。
僕の目の前には、地面から突き出る巨大な氷柱や、無数の大きくて深い窪み、……所々にある赤い水溜まりと、倒れている人。
倒れている人は知らない人が主だが…………
「伯父さん……?お兄さん……!?」
その中に伯父さんといとこのお兄さんが倒れているのが分かった。

しかし、僕は倒れている二人に駆け寄ることが出来なかった。
何故なら、まだ知らない人達が突き刺さった氷柱の反対側にまだ居たから。

「ああ……猫神家最後の一人ですねぇ……?こんにちは、猫神綾さん?」

知らない人達の中から、一人のスーツ姿の男が出て来てゆっくりと僕に近付きながら言った。
「…………何を仕込んでる」
何を企んでいるのか読もうとして、失敗した。全く読めない。何かに妨害されているようだ。
「特殊な術符ですよ……ふふふ、貴方に読まれてしまっては面倒ですからねぇ?」
ヘラヘラと笑いながら男は言った。
男と僕の距離は約6メートル。……この距離なら顔以外を氷漬けに…………
「おっと、貴方が私を攻撃しようとすればこの二人が無事ではないですよぉ……?」
ゆっくりと地面を凍らせようとしたら、男が笑顔のまま男の後ろを指差した。
そこに居たのは、縄で縛られたボロボロの男女二人。
「お父さんッ!お母さんッ!!」
「おや……随分と怖い顔ですねぇ。この二人は貴方を道具としてしか見ていないのでしょう?」
「五月蝿い……!!」
一歩、男の方へ踏み出す。
「怖い怖い。でもそれ以上近付いたら二人の首が飛びますよ?」



男がそう言った瞬間にお父さんの首が飛んだ。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
気付けば僕は、何かを叫びながら男に、右手に持った氷柱を突き刺そうと地面を蹴っていて、右手の氷柱が何故か弾け散ったと同時に視界が一回転して地面に仰向けで倒されていた。
最後に何が起きたか全く分からない。
でも、この男が何かをやったとするならば、何かをされる前に大量の攻撃を仕掛ければ何とかなるはず……。
地面に叩きつけられた痛みをこらえながら立ち上がり、僕は次から次へと氷柱を男の四方八方から男へ降り注がせた。
「お転婆なお嬢さんですねぇ…………」
「!?」
しかし、すべての氷柱は男に触れる前に砕け散った。
そして、男の後ろでは首を飛ばされた筈のお父さんがゆらりと立っていた。
「あ……え?……嘘、だ……」
生きているのはいいことなのだけれど、目の前の光景が理解できない。信じることが全く出来ないのだ。
確かに、さっきお父さんは首を飛ばされた。この目ではっきりと見た。だから僕はこの男に攻撃しようとしたのに…………
「ふふふ……これが、猫神の呪いの力……素晴らしいですねぇ。これからたっぷり研究していきたいところですよ」
男は立ち上がったお父さんを見ると、満足そうに微笑んだ。
呪いの力?
一体どんなものなのだろうか。何年もの間、先祖が恐れ続けた呪い…………。
「おや、猫神なのに貴方は知らないようですねぇ、呪いの話。いいですよ……聞かせて上げましょう。これから自分がどういう道を辿るのか…………」
ニヤニヤと男が笑いながら言った。

「例えば」と、男は指を鳴らした。それと同時に今度はお母さんの首が宙を舞った。
「なッ…………!?」
気付けば僕の足は凍っていて、動けずただその光景を目を見開いて見ていることしか出来なかった。
「このように、猫神の人間が致命傷を負って死ぬとしますね?……しかし、呪いで猫神は一度目は死ねない…………」
相変わらずニヤニヤと話す男の後ろでは、首をなくしたお母さんの身体が動きだし、おもむろに首を掴むと元の位置に置き、立ち上がってこっちを向いていた。

もう、絶句するしかない。

たった今、お母さんが生き返った。

「しかし、呪いの力はここからなんですよぉ……。生き返った猫神は、死ぬ前の記憶をすべて失い、生き返ったと同時に殺すことで生きていける……そんな殺人人形となるんです。さて……此処からのデータは貴方で実験して取らせて下さいねぇ?」
男は言い終わると再び指を鳴らした。

その音を合図に、お父さんとお母さんが僕に向かって勢いよく地面を蹴った。



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