「……俺達が手伝えることは終わった。行くぞ、流亜」
裕君が立ち上がりながら言った。
「あれ、もう行っちゃうんですか?別に猫さんの意識が戻ってからでも……」
あの状況から家に帰してくれた上に僕達の回復までしてくれた、至り尽くせりの状態で行かせてしまうというのは失礼と言うものだ。猫さんの意思を継いで僕達を助けてくれたと口では言っても、ちゃんとした目的は何かあるはず。それならば、その手伝いになることでもしたい。いや、しなければ気が済まない。
しかし、裕君は「いや、いいんだ」と断った。そして続けて言った。
「……貴方達のお陰で、既に俺達の目的は果たせた。……後は姉貴の代わりに俺達が動くだけだ。それなら、姉貴が起きる前がいいと思ってな」
殆ど無表情の裕君が、少しだけ笑みを浮かべたように見えた。もしかしたら、それは苦笑だったのかもしれない。

「姉貴を宜しく」

そう言って裕君と流亜ちゃん(いつの間にか寝てしまっていたため裕君が姫抱きにした)は何処かへ行ってしまった。
……なんだか凄く姉思いな二人だったな。僕と狂偽兄さんが、ああなる道もあったのだろうか?……いや、考えないでおこう。

「……さて、とりあえず話を纏めるか?」
「そうですね……これからのことも、考えないと…………」
言いながら座った小坂君の近くに座り直しながら答える。
もうこれ以上僕のせいで誰かが犠牲になるのは御免だ。

「……とりあえず、葉折君の事ですけど…………」
結局今まで触れることの出来なかった、葉折君の事について僕は見たままを話した。
何やら葉折君が苦しんでいる様子だったこと。多分、帰ることを選択したのは苦渋の決断であったこと。
そして何より、葉折君が泣いていたこと。
「月明にどれだけ力が通用するのか分かりません……でも、僕は葉折君を助けたい」
何だかんだで彼は僕を守って居てくれたのだ。それが葉折君が好きでやっていることだとしても、その気持ちに僕はキチンと応えたい。
「まあ、そう言うだろうと思ってたぜ」
「うむ。奪還するのは当たり前ですだ」
みんなも賛成してくれるらしい。嬉しい限りだ。
……なんだか、本当に家族みたいだし。

少し間を置いてから空美さんが難しい顔をして言った。
「月明ですか……昼夜本家に行けばそれなりの事は分かるでしょうか…………」
探ってくれる気満々らしい。でも、彼女には彼女にしかできない他のことがある。
「いや、空美さんは安全な範囲で組織の情報を集めてくれませんか?出来る限りでいいので、内部のことも教えて貰いたいですし……」
空美さんは組織の指揮官なのだ。少しでも内部状況が分かれば僕らが有利になるかもしれない。
「ああ、そうですね……。じゃあ、今組織について私が知ってる限りを話します」
ちょっと待ってくださいねと言って空美さんは部屋を出て行った。そして、一分ほどして一冊のノートとシャーペンと下敷きを持って戻ってきた。

「まず、組織の創始者……トップですね」
そう言いながら空美さんは平仮名で『いちごくれん荊』と書いた。どうやら名字の漢字が分からないらしい。
「……確か漢字は難しい方の壱に地獄の獄、煉獄の煉だったと思います……」
「そこまで分かってるのに書けないんですか?」
「書けないんです」
真っ直ぐな目で言われた。もう何も言えない。負けました。
「その下に、風見リユっていう人が居ます」
空美さんは言いながら『風見リユ』とさっきの下に付け足す。
壱獄煉荊さんと風見リユさんが、組織のトップとナンバーツー……。あの海菜さんを下に従えているのだから相当の強さに違いない。
そして、いずれぶつからざるをえない二人でもあるはずだ。僕に、この二人が倒せるだろうか……?

「まあ、基本この二人は遊び人なのでめったに働きません。戦闘になることもまず無いと思います」

僕の心配が杞憂に終わった。いきなりトップがそんな駄目人間な感じでいいのか組織。
「えーっと……このリユさんの下が、四つの支部に別れます」
リユさんの下に枝分かれする線が引かれ、第一支部から第四支部まで書かれる。
「この、第一支部が私達の所属です。第一支部長が私のお姉ちゃんで、一応私は副支部長でした」
「空美って割と偉い立ち位置に居るんですだな……」
「で、他の第一支部所属が、風見風さん、琴博桜月さん、紫時雨さん、九十九雷さん、九十怖目、涙目さんの六人ですね。戦闘を主とする支部で、よく荊様の遊び道具にされてます……お姉ちゃんが」
更に六人の名前が付け足されて、その下に戦闘と書かれた。
戦闘を主とする集団のトップを遊び道具にする組織のトップ…………。
「……なんか、海菜が俺達と同じ苦労人みたいに思えて来たんだが…………」
ため息をつきながら言う小坂君の言葉に、物凄く同感した。
組織はどこまで残念な集団なのだろうか。



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