「でも、暫くは目を覚まさないと思うよ」
疲れた様子の流亜ちゃんが答えた。 「それでも、猫さんは無事なんですね!?」 「んー……一応、は?」 「一応……ですか?」 流亜ちゃんの歯切れの悪い言葉にじわじわと不安がこみ上げてくる。 「……今、流亜と小坂さんが姉貴にしてきたのは、本来人形と化していずれ消えていく姉貴の精神を肉体に引き戻すのと、致命傷の修復なんだ。細胞的な機能の方は、半分の呪いでまだ生きているから大丈夫だ。ただ、ここから姉貴の精神が完全に消えたらダメだ…………姉貴は、死ぬ」 助かったと思ったのに、まだまだこれからだった。 しかも、ここからは僕達は何もする事が出来ないという。もどかしいことこの上ない。 「……むうん、そんな事なら多分猫神は大丈夫ですだ!」 「んー?どういうこと?仙人ちゃん」 「あやつの精神力なら並大抵じゃ無いと思うですだ!精神攻撃じゃ絶対死にそうに無いと思うですだよ」 「いやお姉ちゃんをなんだと思って……」 「まあ確かに、殺されても完全に死ななかったしな」 「小坂さんまで!?」 流亜ちゃんが驚きまくっていた。 でもまあ、猫さんなら目覚めるだろう。そして、何事もなかったように笑顔を振りまくんだろうな。少なくとも、僕はそうであってほしいと思っている。 不安はあるけれど、ここは信じるしか無いのだろう。
「……諦めろ、流亜」 そんな僕達の様子を見て裕君が一言流亜ちゃんに言った。 流亜ちゃんは「ちぇー」と、口を尖らせてから、溜め息をついて言った。 「分かったよ……お姉ちゃんを連れ戻すのはやめるよ…………。んーと、小坂さん。最後にもう一回回復魔法をお願いします。ここにいるみんなを治すんで」 「あ?あ、ああ……」 言われるがままに小坂君が魔術を発動させると、流亜ちゃんのロッドの先端が光った。
「む……」 「あれ……?…………動ける?」 見る見るうちに、体中の痛みが引いていった。おまけに、ずっとしていた、重い鎖で縛られているような感覚も消えた。 「ふう……完全回復まではいきませんけど、それなりに回復はしたはずです。でも皆さん一日は安静にしてた方が良いと思うですよ」 ぐったりした様子の流亜ちゃんが、壁にもたれ掛かりながら言った。 「ありがとうございます。……でも、どうして僕達にここまで?」 猫さんを生き返らせるのは分かる。でも、僕達の回復は、かなりの魔力を消費するみたいだし普通はやらなくても良いはずだ。僕達は猫さんを通じただけの赤の他人なのだから。
「んー……なんで?」 「……俺に聞くなよ。……まあ、姉貴が守ろうとしたからじゃないかな」 「ああ、うん!多分それだ!不良になったお姉ちゃんが家出をしてまで果たそうとした目的を捨てて、守ろうとしたからだねっ」 困ったような笑顔で、二人は答えた。 ……猫さんが守ろうとしたから、か。僕に一体命を懸けるまでの価値があったのだろうか?
「ねえねえ、綾にゃんが不良ってどういうこと?」 「あ、綾にゃん!?……えーっと、それはお姉ちゃんが髪の色を染めてしかも髪の毛を切っちゃったからだよ!」 「……別に髪の毛切っても不良じゃ無いけどな」 裕君が呆れたようにつっこんだ。 いやちょっと待てよ? 今何て言った? 髪の色を染めた?髪の毛を切った? 「すみません、猫さんって――」 「綾って元は金髪ショートじゃなかったって事かしら?」 「あ、お姉ちゃん」 雪乃さんが起き上がって流亜ちゃんの胸ぐらを両手で掴んで言った。 小坂君が「大人しくしてやがれ!」とかヒステリックに喚いているけれど、流石雪乃さん。完璧無視である。 しかも、回復してもらったとはいえさっきまで意識がなかった人がかなり機敏な動きをしている。……恐るべし、猫さん愛。 そんな雪乃さんに怯むことなく流亜ちゃんは「ええ、黒髪ロングストレートでしたよ」と笑顔で答えた。
衝撃が走りましたとも。
ね、猫さんの黒髪…………物凄く見てみたい。 しかもロングって!ロングって!! 「黒……髪…………ストレート…………」 よろりとよろけながら雪乃さんが呟いた。こっちもこっちで衝撃を受けたようだ。 「…………」 「おい、何処へ行くつもりだ」 「……決まってるでしょう?綾の所よ!」 「だぁぁぁぁ!!安静だって言ってんだろぉぉぉぉ!!」 小坂君が叫んだときにはもう雪乃さんの姿はなかった。多分、猫さんの元へ猛スピードで駆け出して行った。
こんなやり取りをみて、流亜ちゃんは「今のは一体……」とただただ驚いていた。
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