心なしか気流子さんが涙ぐんでいるように見える。これはこれは……ロリコンホイホ「ゲフンゲフン!」
 思考を無理矢理咳き込むことで誤魔化す。読む人がすぐ近くにいるのだ。下手なことを考えられない。
「音無くん?」
「あ……いや、気流子さん止めて下さいよ! 苦しいです……ごほっごほっ」
「胸ぐらを掴んだ覚えはない!」
「おっとっと」
 ミスった。
「諦めなよワトソン君! 見苦しいよ?」
「気流子さんもしつこいですね……僕は、僕は猫さんの手料理が食べたいんですっ! 邪魔しないで下さいっ!」
「自殺行為だよ! 駄目ったら駄目!」
「聞き捨てならない言葉を吐きましたね!?」
 小声で口論。その間に猫さんが立ち上がってキッチンへ向かった事に暫くして気が付く。刹那、2人の表情は雲泥の差を見せた。
「ふふふ……僕の勝ちですね気流子さん!」
「う……うう……うあああああ……」
 僕は天高くガッツポーズを決め、気流子さんは床に倒れて動かなくなった。
 あいむウィナー。さーて猫さんのエプロン姿でも拝みに行くとしますか。

「すみませんね、猫さ……」
 足取り軽く猫さんのいるキッチンに行くと。

 赤。赤。赤。赤。

 赤く染まった服に返り血のようにペイントされた頬。い液体が滴り落ちるノコギリを片手に微笑を浮かべる猫さんがいた。壁や天井にも飛び血のようなものがいくつもペイントされている。火を見るよりも明らかな殺人現場がそこにあった。未遂なんてあり得ない。
「ぎゃあああああああ」
 何とか理性を保ち小声で叫んだ。猫さんは何を料理してるんだ。どうしたらこんな明らかな殺人現場が出来上がるんだ。まさか本当に……?
「うん、ソースはコレぐらいでいいかな」
 沈黙。今、この人は何て言った。
「……ソー、ス?」
「ん? あれっ終わったのかい? 全く……人の趣味をとやかく言おうとは思わないけど、あまりにも気流ちゃんときゃっきゃうふふしてるから待ちかねたよ。ロリコン音無君。略してロリ無君」
「違うんです!」
 完璧誤解されてる! 最悪だ……! しかも誤解を解く方法はないようで、猫さんはすぐに視線を僕から料理へ戻してしまった。
 引き続きノコギリで勢いよくモザイク的何かを切り刻む猫さん。時々掴んでは入れているあの動く物体は何だろうか。そもそも、あんなもの僕の家にあっただろうか。
「さて、これを火に……」と呟きながらコンロのスイッチを思い切り捻ると、ゴォオオオンと凄まじい音を発ててフライパン諸共黒い塊となった。火力に電力が追加されたのを僕は見逃さなかった。
「次はこれとこれを混ぜて……」
 大根、人参、豚肉……豚汁か何かだろうか?
 豆腐、タワシ、たわ…………
「タワシッ!!?」
「なっ何だよ大声なんか出して……びっくりしたじゃないか」
「いやびっくりしたのはこっちですよ! さっきのダークマターといいフライパンといい、何ですかタワシを入れるって! 聞いたことありませんよそんな料理!」
「え? あれはオムライスだよ?今作ってるのは鍋。美味しいから好きなんだ、鍋料理は身体にいいんだよ」
 答えになっていないが、楽しみに待っててね、と無邪気な笑顔で笑いかけられたらもう何も言えない。何でだろう あんなに楽しみだったのに、今は不安要素しか無い。食べられるのだろうか、あれ。
 「……だから言ったんだよ」と気流子さんが後ろで呟いた。僕は聞こえなかったふりをした。そんなことをしても、もう遅いのに。



「……あの、フライパンの取っ手らしき物が見えますよ…………?」
 目の前に並べられた黒い塊のフルコース
「うん、僕の料理は自己流なんだ !いやあ料理なんて久々にしたよ。楽しかった!」
「……ソウデスネ」
「気流ちゃんの食欲は半端じゃないからね……腕を振るって家庭料理フルコースだよ」
 鍋は家庭料理なのか……? よくわからないけど猫さんがそうだって言ってるから猫神家では家庭料理だったんだろうなあ。
「ところで当の気流子さんは食べないんですか?」
「うん……アイスを沢山食べたらお腹痛くなっちゃったんだって」
 あの野郎。
「音無君も育ち盛りだし男の子だし、この位なら食べきれるかな? ふふふ、手料理を食べて貰うなんてのは中々どうしてこう緊張するのかな」
 そう言うと楽しそうに頬杖を付いて僕の様子を眺め始めた。
「え…………と」
 これは……食べないと駄目みたいだ。しかも回避不可能。何でこんな時ばかり乙女要素を発揮するんだろう。しかも己の武器である美貌を最大限生かしているし。惚れた弱味というのは相当なもののようだ。
 考えても状況は変わらない。ええい、嘘誠院音無! 腹を括って、いざ参らんっ!
 カレーと思わしき更に盛られた黒い柔らかい物体をスプーンですくい、手の震えを抑えつつゆっくりと口へ運ぶ。
 舌先が触れた瞬間、全身に電流が走った。
「な……っ」
 本物の電撃、だと……。何故こんな危険なものが料理に……いや、フライパンを炭に変えたときに電力を加えていたな。その時か。
「ふふ、隠し味だよ」
 猫さんに視線を戻すと、天使の笑顔でそう言われた。
 泣いても良いのかな。
 結局僕は、四時間半もの時間をかけて、全部食べましたとさ。記憶はほとんどない。
 



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