私付きである藍さんと一緒に廊下を歩く。私の前を歩いていた女中さん、向こう側からやってきた女中さん達が道を開けて、頭を下げるので私も下げれば藍さんに笑われた。

「堂々と通ればいいのですよ。棗様は天女様なのですから」
「そんな…申し訳ないです」

私が困ったように言えば藍さんは相好を崩す。
最初は堅苦しいまでの藍さんの私への態度だったけど、私が散々言ったからか、彼女本来の態度で相手してくれる。

「まあ棗様らしいと言えばらしいですが」

向かうは秀吉さんのお部屋。天守閣の最上階にある秀吉さんの部屋に行くには、慣れない着物と着物の重みでは大変だ。でも来て貰うのは申し訳ない。何しろ秀吉さんはこの国の殿様なのだから。

階段を登っていると、後ろを歩く藍さんがいきなり私に耳打ちした。

「棗様。階段を駆け上がって秀吉様のお部屋にお逃げ下さい」
「…逃げる?」
「曲者です…さあ、お行きを!」

藍さんがいきなり叫ぶように声を上げて、私の背中を押す。一二歩よろけて前に進んで、後ろを振り向けば私のいた所によく漫画で見るクナイが刺さっていた。藍さんが居た所に藍さんはいなかった。

状況を飲み込めずにいると、私に向かってクナイが飛んできた。死ぬ前はこんなにゆっくり流れるのかと、そう思う程ゆっくり私に向かってきた。もう幾分も距離がない所で私は目を瞑った。

「…忍如きが」

何かが刺さったような音がしても痛みはない、変わりに目の前から地を這うような、そんな恐ろしい声がした。

目を上げれば広い背中に、大一大万大吉の文字。

「三成さん…?」

私が何度か目を瞬(しばた)くと、私と三成さんの横を何かが飛んでいった。

それはいつの間にか三成さんの前に居た男に直撃して、元の持ち主に戻る。巨大な数珠、見覚えがあると思えば吉継さんのだった。

「…秀吉様に呼ばれたのだろう。何故こんな所で油を売っている」

私の方を振り向いた三成さんの手の甲にはクナイ。それを引き抜いて三成さんは投げ捨てる。

「そのクナイ…」

あのクナイは私に向かって投げられた物で、そして三成さんが私を庇い傷を負ったんだ。

「何をしている…早く秀吉様のもと、に…」

私を見た三成さんが驚いたような顔をして、言葉を止める。

「何故…泣く…」

言われて初めて頬を伝う冷たい涙に気付いた。

「ごめんなさい…」
「な、」
「ごめんなさい、私のせいで…」

一度流れてしまったものは止まらない。一度自分が泣いていると気付いたら止まらない。

「な、泣くな」
「…ご、めんなさい、ごめ…んなさ、い」

嗚咽の中で謝れば、三成さんの狼狽えたような声がした。泣いたら三成さんは困るのに、涙は止まらない。

「泣くな!この程度掠り傷だ!」
「三成…主は…」
「違う!違うぞ、刑部」
「三成様…」
「藍、貴様まで!」

吉継さんといつの間にか戻ってきた藍さんの三成さんを責める声に、違うと言わなくてはいけないのに、嗚咽に混じって言葉にならなかった。
涙は枯れる頃には私は泣き疲れて寝てしまった。
夢うつつで、三成さんの声が聞こえた。

「貴様を守る。自分の身も守る」

その言葉を頭の中で繰り返して頷けば、冷たい手が額を撫でた。


▼お題お借りしました。
たとえば僕が

100904緋色來知
因みに秀吉の用は夢主に着せる反物を選ぶ会を開くから。


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