きっかけは三和の言葉だった。


「知ってるか、櫂」
「何をだ?」

見習い騎士達が訓練を終えて宿舎に帰る道すがら、その中の一人櫂も同じように宿舎に向かっていると、背後から駆けよってきた三和が櫂の肩を叩いた。そのまま腕を回してがっしりと掴まれて、訓練後のお互い汗だくの状態で肩を組まされた。
いつものことなので多少訓練が終わったばかりだということもあり熱いが、言っても聞かないのはよく知っているので立ち止まり話を促す。

「この国にお姫様がいるってこと」
「馬鹿にすんな。二人のお姫様がいるくらい知ってる」

三和があまりにも当たり前のことを言うから櫂は呆れてしまう。
櫂達見習い騎士は幼いころから騎士として教育されるため、王族警護に回されることが多い。もちろん精鋭部隊や、一般部隊に配属される者も多いけれど、歴代の王族警護を担当する騎士は圧倒的に見習いから騎士になった者が多かった。今日も団長が幼い二人の姫君を守れるように諸君らは精進するようにうんぬんと言っていたのに三和は聞いていなかったのか。

冷たい櫂の視線に三和は笑って、最後まで聞けって、と話を続ける。

「そのお姫様の姉の方のお付きの騎士をそろそろ選ぶらしいんだ。そんで櫂!お前が選ばれるかもしれないって!!」
「姫付きの騎士に?」

三和の言葉に驚いてから、櫂は胸の中にじんわり温かいものが広がるのを感じた。
姫付きの騎士に選ばれるということは、自分の実力が認められたのだと、今まで頑張ってきたかいがあったのだと嬉しくなると同時に、ひとつの疑問が沸く。

「…なんでそんなこと知ってるんだ?」
「聞こえたんだよ。団長が話してるの」

三和はどこから手に入れてくるのか、情報をよく知っていた。たまに次の日の抜き打ちの試合があることまで知っていたこともある。見習い騎士同士の恋愛話から貴族の黒い話、果てには王国の中の内部情報まで知っていた。そしてその話は単なるうわさではなく、ほとんどが本当の話で、三和が言っていたことが見習い騎士や騎士団内を数日後に最新の話として回るのにはいつも不思議な気分にさせられていた。

だから今回は盗み聞きだろうが、三和の手に入れた情報は本当である可能性が高い。
だったら櫂は、今は見習い騎士だが、もうすぐ騎士になるための試験がある。櫂はまだその試験を受けるための年齢は達していないが、騎士団長や見習い騎士を指導する騎士達が推薦してくれて、櫂は次の試験を受けることが出来る。その試験に受かれば、櫂を姫付き騎士にするつもりなのかもしれない。

(そういえば姉姫はどんな人だ?)

そこまで考えてから櫂は自分の仕えるかもしれない姫について何も知らないことを思い出した。
櫂よりも幼く、姫ということもあって、あまり表舞台に出ていない姫君についてはほとんど情報がない。名前は確かアイチという名前で、王妃と同じ空のような色の髪をしていることしか櫂は知らない。何度か見たことはあるが、それは王族の挨拶の時なので遠目でしか見ることは出来なかった。遠目だったから、顔もはっきりとは見えなかった。もし横を通り過ぎても櫂はわからないだろう。

「なあ、アイチ姫って…」
「俺もあんまりしらねーんだよ。妹のエミ姫は利発だとかなんとか話は聞くけど、姉姫のアイチ姫はあんまり話に上(のぼ)んねーし」

あんまり公式の場にも出ないお姫様だしなーと、情報通の三和ですら知らないらしく、首を捻っている。

三和がこれでは他の人間に聞いてもダメだろう。そうなれば櫂は自分の主の姫を知ることはできない。三和も知らない程情報がない姫と言われると気になって仕方がない。
見習い騎士達の中では優秀な櫂だったが、まだまだ子供の部分が多く、それ故に好奇心を抑えることが出来なかった。

「会ってみたいな、アイチ姫」
「そーだな」

三和が独り言のように言った言葉に櫂は相槌を打つ。

風が吹いて気がついたら周りには誰もおらず、櫂と三和だけが取り残されている。
吹いた風が容赦なく汗を掻いた櫂と三和から体温を奪う。早く寄宿舎に戻ろうと、自分が止めたくせに三和はせっつくように櫂を押す。

どうすればアイチ姫のことを知ることが出来るだろう。
三和の話を半分以上聞き流し、適当に相槌を打っていると、ふと名案が思い付いた。

(そうか、会いに行けばいいのか)

夜の闇を利用してアイチ姫に会いに行けばいい。
そうすれば未来の主がどんな人か知ることが出来る。

思い浮かんだ名案に櫂は笑みを浮かべると、そんな櫂の様子に気がついたのか、幼馴染は呆れたように苦笑いをしている。何かよからぬことを櫂が考えていると三和はわかったのか、それでもこの幼馴染は櫂が一度決めたことはやりとおすと身を持って知っているからか、諌めることもせずただため息を吐く。

「姫付き騎士の話がなくなるような事態にはすんなよ」
「わかってる」

本当にわかっているのか、そんな目線を感じながら櫂は寄宿舎まで走りだす。
走りだした櫂にはもう今晩決行予定のアイチ姫に会いに行くための作戦が練られていて、そんな幼馴染に三和はまたため息を溢した。


It's time for me to go (行く時間だ)
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お題:)Xanadu様
2012/02/28 緋色来知




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