※依然戯言で言った、お家のために男装して騎士団に入っていた井崎がふとしたことで三和に女の子だってバレてしまって、そこから三和が井崎を意識しはじめて恋が始まる話。勿論櫂アイ前提で。




井崎が言われた部屋をノックすれば、一般兵と違って精鋭部隊に所属するからか、井崎が森川達と四人で使っている部屋と同じくらいの広さなのに二人部屋だった。
前から話には聞いていたがあの櫂と一緒とはいえ、部屋を広々と使えるなんて羨ましいと思うよりも先に、部屋のベッドやテーブルの上にところ狭しと並べられた女物の、しかも最近流行りのデザインばかりの服に唖然とする。

そんな井崎の様子に満足したのか、部屋の主であり呼び出した張本人三和は普段よりも嬉しそうに笑うので、井崎は冷たい目線を送る。
読書中で部屋に居た櫂は、井崎が入ってくるよりも先に、むしろ三和がこの話を持ち出してきたときから井崎以上に冷たい目で三和を見ていたので三和はさほど気にならなかった。

「…どういうつもりだ」
「どういうもこういうもそのままだぜ」
「アンタ女装趣味があったのか」
「違う違う。井崎に着てみてほしくて買ったんだ」

女装趣味と言われて三和は慌てて首を振る。
櫂の目線がより厳しくなって、ちゃんと呼んだ理由言っただろう!と三和は叫びたくなる。

どうして女の子を呼んだのに、三和が着るみたいな話になるのかと戸惑えば櫂は未だに冷たい視線を送ってくる。
大概誰かが部屋に来るとさっさと出て行ってしまう櫂が、井崎を呼ぶと言ったのに珍しくいるのは三和が井崎に無茶をしないかと心配しているのだろう。
一般兵で、しかもほとんど関わりない井崎を心配するのは、井崎がアイチの友人なのだと、ポロっと言ってしまったからで。アイチにはほんと優しいよな、と普段優しさの欠片もくれない友人に少しだけ恨みに思う。

「…貴重な休日に呼び出したかと思えば、女装させたいわけか」
「女装じゃなくて正装だろ」

井崎の言葉に心外だと思いながら、三和はテーブルの上の一着を手に取る。
最近城下では丈の短いスカートが流行っているが、丈の長いレースをあしらったワンピースが井崎には似合うと思い、それを井崎に渡す。もちろん他の服も井崎に着せようと三和が選んだわけだが、その中でもこのワンピースがよく似合っている気がした。

とりあえずそのワンピースを受け取った井崎だが、渡された意味はつまり着ろということだろう。

騎士団に入ってからは実家に帰ったときも男のような格好をしていた。
騎士団に入るため髪を短くしたので女物は似合わないから、本当に女装だとしか思えないような見た目になってしまうだろうから。

そんな井崎の心配を先読みしたように、三和は椅子の上に置いた紙袋からロングのウイッグを取り出す。
つまりすべてお膳立てが出来ているのだと、この短い付き合いでわかってしまった先輩騎士の有言実行する性格にため息を吐く。

「ほら、そっちのベッドの陰がこっちから見えないからそこで着替えるといいぜ。あ、これメイク道具」
「……どうも」

二段ベッドの奥を指さされ、一段目にカーテンが引いてあるから確かに見えないだろうと、三和に背中を押されながらベッドの奥に向かう。

ベッドの奥で少しだけ渡されたワンピースとにらみ合い、覚悟を決めてから着替える。
向こう側で三和と櫂が、というよりも三和が一方的に雑談している声が聞こえて、どうしてこんなことになったのかと、不用心にカーテンを閉めていたとはいえ、窓に鍵をかけずにしかも他のルームメイトがいないからと部屋で着替えていたのが悪かったのだけれども、バレてから三和に振り回され続けている状況には恨みごとも言いたくなる。
ワンピースを着て、ウイッグをして、それからメイクまでして、変なところがないか鏡で確認してから三和のところに向かう。

「おおーっ」
「…………」

ベッドの陰から現れた井崎に三和は声を上げる。櫂もなぜか井崎を見ていた。残念ながら櫂はポーカーフェイスで、しかも何も喋らなかったため、どう思っているかさっぱりわからない。

ワンピースを両手で握り締めて、羞恥に耐えていれば、歩み寄ってきた三和が井崎の手を取る。
気がつけば、三和はどこかに出かけるのか、さっきまで着ていた服ではなく、城下で見かけるような若者の服を着ていた。

「ちょっと…」
「さぁ行こうか、お嬢様」
「え?どこに!?てか着たら終わりじゃないのかよ!」
「もったいねーじゃん、こんなに似合うのに」

さらっと三和が言った言葉に井崎が赤面すると、三和は微笑んで井崎を抱き上げて窓際に走る。

「…門限までには帰ってこいよ」
「わかってるって。そんじゃ言ってくるわ!」

一応心配してくれているのか、一言かけてくれた櫂の言葉に三和が返す。

三和が勢いよく開け放った窓の先には青空が広がっている。展開についていけないのか戸惑う井崎を片手で抱いた三和は窓枠に足を掛けて、空いている手で一枚のカードを取り出す。

「“テージャス”!!」

三和の声に答えて空中に現れたドラゴンは一鳴きすると、低空飛行で窓へと接近してくる。
壁にぶつかるのではないかというくらい近くにやってきた“ワイバーンストライク テージャス”の背を目掛けて井崎を抱え直してから三和は飛び降りた。

「きゃああああああああ」
「っと」

独特の浮遊感に井崎が封印した女の子らしい悲鳴をあげると三和の服にすがりつく。
壁にぶつかる寸前で急上昇した“テージャス”はその背に三和と抱きかかえられた井崎を乗せて、空高く舞い上がった。

「なんだ、三和か」
「ジュン!?」

“テージャス”の背に井崎を所謂お姫様抱っこのまま座った井崎は、宿舎の近くを飛んできたジュンの声を聞いて顔を跳ね上げる。
同じ精鋭部隊の六月ジュンはユニットの背に乗り、上空から三和を見下ろしている。井崎は内心動揺しつつも、他の奴じゃくて良かったと思う。

井崎は何度か面識のあるジュンだと声でわかったのか、井崎だと気づかれないように三和に顔を必死に押しつけた。

井崎が上げた悲鳴にやってきたらしいジュンは、ニコッと笑う三和の私服とその三和に抱きついているように見える井崎を見てからため息を吐く。

「宿舎に女連れ込むのは止めろよ」
「はいはい」
「他の奴にバレたら怒られるくらいじゃすまないぞ」

そう言いつつ、精鋭部隊の中でも彼と仲の良い騎士が何かあったのかと問う声を窓から落ちそうになっただけらしいと誤魔化してくれる。

本当にジュンに見つかってよかったと、ホッと息を吐くと、ジュンはジッと三和の腕の中の井崎を見ていた。
井崎の正体を知って、三和が辺り構わず井崎を見かけると絡みに行くようになってからは、精鋭部隊に所属する仲間から井崎は三和のお気に入りと覚えられている。特に櫂と三和と仲の良いジュンは何度か井崎と会話したことだってある。
ぼろを出してしまうつもりはないが、感のいい男だからバレてしまうかもしれないという懸念もあるので三和はさっさとその場を離れることにする。
ジュンはたとえ井崎の正体を知っても言いふらすような男ではないが、三和は知られてしまうのは何故か嫌だと思ってしまった。それに櫂にバレてしまったことも井崎から責められたのに、ジュンにまでバレてしまったら今度は口を利いてくれなくなるかもしれない。

「じゃ、俺行くわ」
「ああ。彼女とのお楽しみの時間に悪かったな」

井崎だと気づかれず、しかも三和が女を連れ込んだと思われて井崎がホッとしていると、聞こえてきた彼女という言葉に反応して動くが、三和にそれを抑え込まれる。

「ホントだよ。それじゃ」
「気をつけてな」

宿舎の玄関の方に飛んでいくジュンを見送ってから、三和はホッと息を吐く。
しかしこれは帰ってきたときにはうわさになってるだろうな、と今更ながらに井崎を連れ出すまでは良かった計画の穴に気づくと、弱くなった三和の拘束を破って井崎が三和を睨みつける。

いきなり飛び降りたことか、もしかしたら井崎だとバレてしまう状況になったからか、無理矢理女の子の格好をさせられたからか、押しつけられたときに息苦しかったからか、一体何に怒っているのかもわからなくなってしまったけれど、怒っているのだと示すために井崎は涙目になりつつ。

「三和!」
「悪かったって」

怒りだしてしまった井崎に三和は片目を瞑り謝る。
本当に悪かったと思っているのかわからない謝り方だったけれど、その笑顔と態度に絆されたのか井崎は怒りが自分の中で鎮火していくのを感じた。

「しっかり掴まってろよ。“テージャス”」

井崎に許されたとわかったのか、三和は井崎をしっかり抱き直す。掛けられた言葉に井崎が慌てて三和の服を掴むと、三和は少し笑って“テージャス”に話しかける。すると“テージャス”が飛翔する。

井崎も翼竜のユニットを持っているけれどあまり呼び出さない。だから“テージャスが”勢いよく雲の近くまで飛んで、あんなに大きいと思っていた城が小さく見えることに井崎は驚いた。

「うわぁ」
「すげーだろ。さて城下に行くか」

目を輝かせる井崎に満足したらしい三和は胸を張ると、城下の方を見る。

「え?」
「このまま空中デートもいいが、せっかく今日は市がたつんだ。いかない理由はないだろ?」
「……うん」

ここからでも城下に人が集まっているのが見える。
休みと言っても日ごろの訓練でクタクタになってしまい、一日中部屋で過ごしてしまうことが多い井崎からすれば久しぶりの市は魅力的だった。
こんな格好で城下を歩いて知り合いと会ったらどうするのだと思ったけれど、久しぶりに市に行きたいという欲求の方が優った。

三和の言葉に井崎が頷くと、三和は“テージャス”に城下に降りるように指示する。
一鳴きすると“テージャス”が城下に向かって飛ぶ。

二人の一日はまだ始まったばかりだった。


That's not the whole story
(話はそれで終わりじゃないんだ)
+++++++++++++++++++
お題:)Xanadu様
2012/03/02 緋色来知



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