襖を突き破らん勢いで室に踏み込んできた三成様は、常時より更に眉間の皺が深くなっているように思えた。そんなにしかめ面をしていたらそのうち取れなくなってしまうのではないか、整った面構えなのに勿体無い。そんな下らないことを考えながらも布団から身を起こそうとすれば、「動くな」、なんて簡潔な言葉でばっさりと遮られる。床に伏したまま仕える相手と会話しろ、などと。まあ何の断りもなしに人の住処に踏み入って寝所に殴り込んで来る方も余程無作法だ、気にしないことにする。
私の心中知らず、三成様は挨拶もそこそこに冷たい口調を投げ掛けてきた。


「なまえ。貴様、その身は秀吉様の物であると理解していないようだな」
「……返す言葉も有りません」


予想できたことではあるが、三成様はお説教にやって来たらしい。私の謝罪に、三成様がより一層表情を険しくする。もう殆ど収まったとは言え、感冒を患ったのは事実であり、私の失態だ。差し迫った戦もないとのことで数日登城を控えさせて頂いていたのだが、案の定三成様はご立腹のようだ。


「貴様の生は豊臣に遣える為にあるのだと、その脳髄に刻みつけろ。二度とこのような醜態を晒すな」
「尽力致します。三成様の顔に泥を塗るようなこと、私の本意では無き故」
「私の事などどうでも良い」


またそんなことを。名誉を求めることは忠義に反することではない、三成様も少しは欲を持てば良いだろうに。そうすれば三成様に仕えやすいし、一層三成様の為に在ることができる。秀吉様の為、そう言えば三成様は満足するけれど、私は他でもない三成様に従っているのだから。「……何だ、その顔は」「いえ。早に健やかを取り戻さねばと決意を新たにしただけです」まあ、まだ少し掛かってしまいそうですが。そう呟けば、三成様はじぃと私を見下ろした。


「まだ掛かるのか」
「申し訳ありませんが、そのようで」
「……何が足りないんだ。言え」


少し驚いて三成様を見るが、本人は至って真面目顔だ。足りないって、別に、何かが欠乏して床に伏しているのではなく、ただ未だ思うように身体が動かないから仕方なくこうしているだけだ。いやそもそも三成様ともあろう方がわざわざ私に何かしてくださろうとしているだなんて、明日空から毒針でも降ってくるのではないか。そんなことがあったらまず間違いなく刑部様の仕業だろうが。いやいやそんな思考を巡らせている場合ではない。そのお言葉だけで充分です、有り難きことです。そう言おうと、三成様を見上げる。



瞬間、その真っ直ぐな瞳と、目が逢った。



「……」余りにも真っ直ぐで、混じり気のない瞳。何が足りないと言っても馬鹿正直に用意してくださるつもりなんだろうと、緩い確信が首をもたげる。(嗚呼、)愚かしい人。自らを顧みない信頼など、何時ぞその身を抉るか分かったものではないというのに。そんな方だからお仕えしているのだ。そう得意気に口ずさむ自らがいることは、確かなのだけど。
嗚呼、でも。その愚直さを擽ってみたいと、違う自らが私の背を押す。それは、汚れを知らぬ子どもをからかってみようとする感覚と似たそれだ。それに従ってみる気になったのは感冒に浮かされたせいだろうか。下らない、そう理解しながらも、従順で慎み深い部下のふりをして目を伏せてみせる。


「……そうですね、三成様からの労いのお言葉が、足りぬのかもしれません」
「……何?」
「私の身は秀吉様の為、ひいては三成様の為。欲を申すつもりは御座いませんが、もし、もしも三成様が私をお褒め下されば、それはどのような薬にも勝り、この身に巣くう悪しきなどいっぺんに消え失せるように思えるのです」


多少大袈裟なくらいの芝居口調で宣いながら、さてどうするのだろうと口角を上げてみたくなる。下らないと一蹴されるか。それでも良い。その尊き程の真っ直ぐさが、私のような者に使われからかわれることに怒れば良い。見ているこちらが不安になる程、貴方は疑いを知らないから。


さあどうする。そうちらりと目線で伺えば、何故か三成様はいたく真面目な表情のままだった。「なまえ」私を呼ぶ声も平静そのもので、あれどうしたことかと思った途端、三成様が言葉を重ねる。



「貴様はよくやっている」
「……え」
「豊臣の為に尽くす覚悟とその結果は認められるに相応しいものだ。私の部下である貴様がそれだけの功績を残していること、誇りに思う。貴様の行いを疑いはしない。これからも秀吉様の御威光を更に磐石なものとする為、私と共にあると誓え」
「え、え、え、待ってください三成様。いきなり、どうして」
「……?貴様が褒めろと言ったのだろう」


ええ、言った。言いましたとも。でも、それは違う意図の下。本当に賞賛を受けるだなんて思っていなくて。しかもあの三成様にここまで褒め倒されるだなんて誰が考えていたのだろう。私をおだてる為の出鱈目だろうか、そんな考えは浮かんだ端から自ら消えて行く。三成様は、嘘を吐けない人だ。そう。嘘じゃ、ない。


「理解したならば誓え」
「は、はい……勿論、誓いますとも」


訳が分からないままただこくこくと三成様の言葉に頷く。
私の頼りない宣誓に、三成様は満足気に(そして高圧的に)短く鼻で笑った。


「それで良い。後は一刻でも早く快復しろ」
「……ええ、はい……ええと、感謝致します、三成様。その、わざわざ足を運んで頂き」
「そんな事、」




当然の行いだ。




そう言い残し、三成さんは来たときと同じ唐突さで去っていった。


「……」


当然って。


まるで嵐が去った後のよう。どっと疲れたような気持ちのなか、硬い枕に顔を押しつける。嗚呼、してやるつもりだったというのに。どれだけあの人は愚直なんだ。誇りだとか、疑いはしないだとか。そんか無償の信頼を人に向けられるだなんて、どうしてそう、美しい心のまま。



「……顔が、熱い……」



嗚呼、とにかく。
本当にどのような薬にも勝る一撃だったなどと思う私も、人のことを言えない程には単純なようだ。


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