人間という生き物は本能で光に安堵し、ケモノは火を、光を恐れるというのだから、自分はヒトよりケモノに近い生きモノなのかもしれない。
そんなことを考えながら、普段より少しだけ目に痛い色合いになった商店街を歩く。いつも使う裏道で下水道の工事をしていたために俺は今この商店街を歩いているのだけれど、この道を選んだのは失敗だっただろうか。チカチカと無遠慮に瞬く電飾も、バカみたいな形のオーナメントも、全部全部消えてなくなれ、と思った。

今夜十二月二十四日は世間様で言うところのクリスマスイヴであるが、俺はこの行事があまり好きではなかった。あまり、どころではないかもしれない。嫌いだ。錯覚だなんてことは分かっていても、夜が明るくなるほどに息がしづらくなるような気がした。
道沿いにずらっと並べられたシャンパンだとかチキンだとかリースだとかサンタクロースの人形だとか、されらを手にとって笑う幸せそうな人々にも反吐が出る。それがどんなに醜い感情であるかなんて、俺が一番わかっているけれど。


ぼんやりと、あの子のことを思い出した。俺とどこか似ていて全く違うあの子は、今日をどう過ごすのだろう。あの子のところにも、きっとサンタクロースは来ない。だったら俺が、健気に笑うあの子のサンタクロースになってやってもいいかななんて頭が沸いたようなことも考えてしまったのもきっと忌々しいクリスマスの浮わついた雰囲気のせいだ。つい買ってしまったクッキーの詰め合わせの入った袋を手にぶらさげて、俺はまた一人夕暮れの町を歩く。

そうして商店街を抜けて、人気のない小さな公園に差し掛かったときのことだった。色が剥げた古めかしいブランコの上にようやくあの子の姿を見つけて、俺はため息をつく。
それは間違いなく会えたことに対する静かな喜びからくるものだったけれど、何割かは落胆の感情も含まれていたかもしれない。ああ、こんな日でも、やはり彼女に居場所はないのかと。


「なまえちゃん」


声をかければ、すぐにぼんやりと空を見上げていた彼女の夜のような瞳が俺を映す。ずっと背後にある商店街の光を映して、まるで星空のようだった。綺麗だ、と思う。少なくとも、分厚い雲に覆われた今の空より、ずっと。

「こんばんは。」
「こんばんは、佐助くん。」
「お散歩?」
「まあ、そんなところ。」
「クリスマスなのに?」
「そっちこそ。」

にこりと笑った俺に釣られるように笑う彼女の笑みは、いつだって消えてしまいそうだった。清廉で純粋な彼女の笑みを見て、何故こんなにも心が痛い。理由は明確で、俺はそっと彼女に手を伸ばす。
頬にかかった髪を殊更優しい手つきでかきあげて、唇の端に出来た真新しい傷に触れた。

「……これ、」
「ちょっとね」
「大丈夫?」
「うん。」
「痛い?」
「……うん。」

困ったように眉を下げ、それでも笑う彼女を抱き締めたいと思った。醜悪に歪曲した俺の想いの糸でくず折れそうに飛んでいる彼女をがんじ絡めにしたくはなかったから、そうはしなかったけれど。
代わりに隣のブランコに腰かけて、じゃーんだなんておどけながらクッキーの袋を掲げて見せる。目を丸くしたなまえちゃんに、ツリーの形をしたクッキーを手渡した。

「俺様サンタからなまえちゃんにプレゼントってね」

そう言いながらもう一度袋の中に手を突っ込んだ。袋詰めされたクッキー達の中から俺の手に飛び込んできたのはとびきりシンプルな星形のそれで、ひょいと口の中に放り込むとふわりとバターが香る。

「佐助くんて」
「んー?」
「サンタさんだったんだ……」

呆然とそんなことを呟いた彼女にそうだよ知らなかったのなんて嘯けば、随分前の紫をまだ残している瞼で彼女が笑った。

「サンタさんなんて、初めてかも。」


まったくこれだから、クリスマスなんてクソ喰らえ。
何も言わず笑って理不尽を受け入れる良い子のなまえちゃんにも、それにつけ込んでハイエナのように隣を狙っている悪い子の俺にも平等に幸せが訪れないなんてなんて不平等。
紫色に腫れたなまえちゃんの唇にキスをするつもりでバタークッキーを押し付けて、悪い子は笑う。



「一年間、お疲れさま。良い子だったね。」


微笑んだ俺と涙ぐんだなまえちゃん。
俺と彼女のもとへは、今年もサンタクロースは来なかった。



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