「鍋パしようぜ」とだけ書かれた謎の文が伊達政宗から届いたのは今朝早くのことだった。何かに誘われたということだけは分かったがその何かというのが何なのか分からない、もっと詳しく話してくれという内容の文を送り返したのだが、それに返事が帰ってくるより先に伊達政宗本人の方が上田城に着いたというのだから本当にこの御方は強引の一言に過ぎる。
一応近い内に来るらしいという旨だけは伝わっていたので客人として迎え入れることに滞りはなかった。礼に則り門の前で出迎えて、気になっていることを聞いてみる。

「して、政宗殿。『鍋パ』とは何のことでござろう?」
「Ah?わかってなかったのか?鍋パーリィに決まってるだろ!宴だ!!」


いやそんな、分かって当たり前とでも言いたげな顔をされても。思わず黙りこんだ俺に、右目殿がすまねェなと苦笑を向けた。政宗殿は何も気にしないようで、いつの間にかずけずけと場内に上がり込んでいる。

「さーて、早速準備するかァ。おい真田幸村。部屋はどこだ?」
「室ならあちらでござるが……ま、政宗殿!!」
「なになに?幸村。ダメなの?」

不意に政宗殿とその右目の後ろから小さな影が飛び出した。あ、と思うより早く口が勝手になまえ殿、と彼女の名前を呟いている。
久しぶり幸村!なんて愛想よく微笑んだ彼女の笑顔を直視すると顔に火が灯ったように熱くなってしまうので黙って視線を落としたが、その先には見慣れぬせぇらぁ服とかいう彼女の故郷の衣服から惜しげもなく突き出した真っ白い足があって呼吸が苦しくなった。

「そんなことねぇさ。なぁ?真田幸村。」

挑戦的な好敵手の声に反射的に顔を上げれば。ひとつだけの瞳がにやにやと笑ってこちらを見ている。これ見よがしになまえ殿の肩を抱き寄せて、ぬばたまの髪にその武骨な指を差し入れた。なんて性格の悪いやつだ。外道め。心の中だけで罵って、己の唇に犬歯を突き立てた。

「……こちらでござる。」



案内した部屋は上田城にある客間の中でもいっとう椿が美しく見える部屋だった。

「うわぁ!きれい!!」

そう無邪気に歓声を上げたなまえ殿はまことお可愛らしく、久々にその邪気のない笑顔を拝見できて天にも昇る気持ちだったのだが、にまにまと狐狸のように笑う独眼がことあるごとに彼女が誰のものであるか見せつけるような行動を取ってくることだけが気にくわなかった。

「佐助。」
「はいはーい。用意なら出来てるよ」

いつの間に仔細を聞いたのか、佐助はこの「鍋パ」とやらを正しく理解していて、客間には人数分の小皿と食材、そして大きな鍋がひとつきちんと準備されている。どうやら「鍋パ」というのは、ひとつの鍋で拵えた料理を皆で食すことをいうらしかった。皆で共に同じ鍋を囲むなど信じられないことではあったが、発案者はなまえ殿だという。

夏。蝉の鳴き声が途絶える頃に奥州の地に突然現れた彼女はずっとずっと先の世からの客人らしく、時折信じられないような彼女曰く「常識」を口にした。暇さえあればその「常識」に付き合ってやっている政宗殿は甲斐性のあるいい殿方だと思う。俺を巻き込むことさえ、しなければ。


鍋はうまかった。小十郎殿の葱も上田の水菜も、皆うまかった。
中でも一番うまかったのは、なまえ殿の椿のような笑顔である。戦を知らぬ彼女はまこと綺麗だった。赤子のように真っ白な天女の笑みは俺の凝り固まった心を静かに溶かし、その夜のような髪を彩る青い髪飾りが俺の心を焦げ付かせた。

具がなくなると今度は酒盛りが始まり、我が儘で泰然自若な主に無理矢理飲まされた小十郎殿と下戸のなまえ殿、そして実はあまり酒に強いわけではない政宗殿がいつの間にか酔いつぶれて眠っている。すっかり暗くなってしまった室内を照らす蝋燭の頼りない光を見つめながら、兄のような友のような部下の名前を呼んだ。

「佐助え」

情けない声だった。

「此処にいるよ、旦那。」
「俺は今、酔うているか」
「そうだねぇ。あんなに飲んだんだし、酔っていてもおかしくないんじゃない?」
「そうか。」

酔うているなら、仕方がないと。政宗殿の膝の上に頭を載せて眠るなまえ殿の白い肌を、花のような唇を、貝のような爪を、じろじろとみる己を己で許す。

「佐助ぇ」
「なぁに」
「なまえ殿は」
「うん」
「何故、奥州に落ちたのだ。」
「……なんでだろうねぇ。」
「俺の方がなまえ殿を幸せにできる」
「うん」
「俺の方が、見目もよいであろう」
「俺様もそう思う。」
「もし」
「……。」
「もし俺の方が、先になまえ殿に出会っていたら……」

何か、違ったのだろうか。
初めて会ったとき、彼女は既に他人のものであったのだ。話しかければ花のように微笑んでくれるくせに、手を伸ばしても決して届きはしないのだ。
どうせ手に入れられぬのならば、


「はじめから、出会わなければよかったな。」


そんなふうに口に出してみても、己の疚しい狼の心はそんなことはこれっぽっちも思っていなかった。ああ。息が苦しい。




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