なんとなく気乗りしなくて午後の授業をバックレて帰って来たら、お隣の庭先で元親が雪遊びをしていた。何やってるんだろうこいつと思いながら足を止めて見ていれば、指先にはーっと息を吹きかけた元親がようやくあたしに気づく。あ、と小さな声で言った元親の顔がなんというか物凄いバカに見えたから、思いきり鼻で笑ってやった。

「お、おいおいなんだよなまえ!」
「触らないでください知らない人。あたしにこの年になって薄着で雪遊びするようなバカな知り合いはいません。」
「幼馴染みじゃねえか!」
「お隣のチカちゃんなら、それはもう可愛らしくてピンクの似合う……」
「あーあーあーあーあー!それはもういいから!!忘れてくれ!頼む!!」

パシンと両手を合わせて拝むようなポーズで頭を下げた元親は、そういう反応をするからいじられるのだなんてこれっぽっちも思っていないのだろう。昔から反応の面白いやつだった。あたしはこうして元親で遊ぶのが、割りと好きである。

元親は、可愛い。
色素の薄い髪に白い肌。睫毛なんか長くてバッシバシで、すっと通った鼻筋だとか形のいい唇だとか一緒にいると劣等感刺激されまくりだ。しかし彼はだからこそ昔から友達がいなかった。
そんな彼が、高校生になってから急にグレてヤンキーの真似事なんか始めた可愛い彼が、あたしだけはいつも隣に置いてくれている。その事実があたしを傲慢にさせるのだ。傲慢で欲張りな、嫌な女に。

「で?」
「あ?」
「何やってんの?」
「あー、えーと……お、おう!よくぞ聞いてくれた!」
「ふーん、大変だね。じゃ。」
「まだ何も言ってねえだろ!」

騒ぐ元親を置いて、あたしはすたすたと家の鍵を開けて中に入った。元親の家の隣の家だ。赤い屋根の一戸建て。ずっと、ずーっと昔から腐るほど行き来してきた、お互いの家。
ただいまと声をかけても勿論返事はなくて、でももうとっくに寂しいなんて思わなくなっている。部屋に戻って鞄を下ろして、マフラーやコートを脱いでストーブをつけた。誕生日に買ったお気に入りのコンポからお気に入りの曲を流して、それから課題をしようとしてなんとなくカーテンを開ける。

「……なに、やってんの、あいつ」

玄関の前でせっせと雪を積んでいる元親が見えた。




夏は汗をかくからあんまり好きじゃないけれど、冬は寒いからもっと好きじゃない。あたしは寒いとすぐに鼻が赤くなって、みっともないからそれがひどく嫌いだった。

それならどうしてここにいるんだろうと、寒さに震えながら思った。折角脱いだ上着をもう一度着て、マフラーもつけた万全体制であたしは今玄関前にいる。頭の中ではホットミルクだとかこたつだとかココアだとかストーブみたいなあったかいものが次々に浮かんでは消えていて、マッチ売りの少女みたいだと思ったら余計に寒くなった。

「うーさぶ」

自分で自分の腕を抱いて震える。こんなに寒いのに、こいつはどうしてこんなに薄着で外にいるのだろう。信じられない。バカなんじゃないのか。

「おいモトチカ」
「お……うおっ!」

この間うちに来たときに置いていったコートを投げつけて、玄関前に座って丸くなった。ありがとうな、助かるぜと言った元親が、猫みてェだなと笑う。

「猫だったらこのクソ寒い中に出てきたりしないわよ」
「違いねェが、じゃあなまえはなんで出てきたんだ?」
「さぁね。」

本当に、何で、出てきてしまったのだろう。誰もいない家はそれでもあたしの家で、少しくらい寂しくても、あったかくて落ち着けるあたしの大切な家で。ぬくぬくとしたぬくもりに包まれたそこから飛び出してまで、何でこの可愛いげのない可愛い男と雪の中肩を並べているのだろうか。心底解せない。

元親はいつの間にか作業に戻っていて、寒さに縮こまるあたしになんて視線すら向けず黙々と何かを作っていた。いや。何かを、ではない。雪掻きがてらウチと元親の家の玄関前の雪をひとところに集めて、ファンシーな色の安っぽいプラスチックスコップでぽんぽんと叩いて固めているとくれば、嫌でも想像はついた。
固めた雪の塊の真ん中あたりにスコップを突き刺して大きな体で窮屈そうに穴を掘る元親は何で今更こんなものを作ろうとしているのか分からないが、そういえば小さな頃は雪が降る度に二人で作ったものだ。暖かそうなのに冷たい白に包まれている感覚が好きで、元親に付き合ってもらって作った。

うずうずと、胸の奥の水底でうずいたのはこどものときの記憶とかいうやつなのだろう。あーもうかったるい、寒い、やってらんないなんてことを呟きながらあたしはいつの間にかうちにある唯一のプラスチックスコップを手に取っていて、穴を掘る元親を押し退けて役目を代わっていた。小さい穴だ。体の小さなあたしの方が適役でしょう。そんなつもりで睨み付けたら、元親が嬉しそうに笑った。




「ねぇ、元親」
「おぅよ」

身を切るような寒さの中、風を凌げるかまくらの中は暖かい。でも動いたせいで体温が高くなっているのか本当に暖かいのか、それとも此処にいるのが二人だから暖かく感じるのかは分からなかった。

「また何で唐突に、かまくらなんて作ってたの」
「あ?それはおめェ、ほら。あれだよ。」

寒さで真っ赤になった顔で、元親が言った。



「最近、元気なかったろ。」


おまえ、かまくら好きじゃねェか。なんて。

余りにも甘ちゃんな元親らしい答えにあたしは笑ってしまうのだけれど、ほんの少し、いや、かなり嬉しかったなんて、悔しいから内緒にしておくことにしよう。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -