ある朝起きて障子を開けてみると辺りは一面銀世界と化していて、ああまたこの奥州に冬が来たのだと、長い長い冬が来たのだと柄にもなく感傷に浸ってしまった。

冬は嫌いだ。枝だけになった木々に真っ白な雪が積もっているのを見ると、白い檻に閉じ込められているような錯覚に陥る。私はそれが嫌いだ。土の下には春には芽吹く細やかな命が息づいているのだと分かってはいても感じることは出来ないし、まるで世界に一人取り残されたようで。


「よお、なまえ」

政宗様に声をかけられたのは、奥州に初雪が降ってから三日目の夜のことだった。こんばんは、政宗様。外は寒う御座いますが、何用で御座いましょう。縁側に胡座を掻いた政宗様にそう尋ねると、彼は無言で酒瓶を持ち上げる。なるほど、月見酒。この景色だと、雪見酒と言った方が正しいかもしれない。
でも確か彼は私と同じように冬が、雪が嫌いなはずだった。津々と降り積もる雪を厭わしそうに眺めている姿を見かけたことがある。それなのに何故、と思ったけれど、よく考えてみれば彼には妙に自己卑下をする癖があり、こうして嫌いなものを肴に酒を飲むなんて皮肉なことだってやりかねなかった。

「なまえ、酌してくれねェか。」

おまえも飲めよ、と。その誘いを断る理由も特になく、二つ返事で相席させてもらうことにする。隣に座って月明かりに照らされる庭を見てみれば、これが存外綺麗で複雑な気持ちになった。

くいっと一気にお猪口に残っていた酒を煽った政宗様が、私の方へとそれを傾ける。雪に合わせたのか真っ白いそれにとくとくと新しい酒を注ぎながら覗き見た彼のひとつだけの瞳は、予想通り常とは違うぼんやりとした暗さを孕んでいた。気を付けなければ気付けないほどに幽かな、彼の弱さだ。
何を思い出されたのかは分からないが、城の者の前ではひたすら強がって、なんでもないふりをしていたのだろう。本当に馬鹿なお人。そう思うと同時に、少し嬉しかった。だって私も城の者である。おまえは特別なのだと、そう言われているようで。

「政宗様」
「執務なら終わってるぜ」
「このなまえがそのような無粋なことを言うとお思いですか」
「……まァそうか。小十郎じゃねえんだしな」
「それは小十郎様が可哀想かと思いますが」

私の言葉に、彼はくつくつと喉の奥で笑った。面白そうに弧を描いた唇に、酒がするりと吸い込まれていく。視線だけでこちらを見やった彼がじゃあ何だよとでも言いたげに片方の眉を上げたので、適当に廊下の上に投げ出されていた左手に自分のものを重ねて握り締めた。常よりそう体温の高くない彼ではあったが、外気に触れ続けた体は私の予想以上に冷えている。

「いつから外に居られるのですか」
「なんだ?内容は違えどなまえも小十郎と同じようなこと言ってるじゃねえか。」
「過保護だと仰られたいのですか?」
「Yes!」

いえすというのが肯定の意だというのは伊達のものであれば皆知るところで、私は無意識に眉をひそめ、重ねていた手にギリギリと爪を立てていた。政宗様は大袈裟に声を上げて痛がり、悪かった悪かった許してくれ、と言う。そんなに痛いはずがないのだが、痛がる政宗様を見ているのはやはり心苦しいものがある。私は力を緩めると、自らのせいで付いた爪の痕を指先でなぞった。

「小十郎様と私は違います」
「へぇ。どこがだ?」
「小十郎様のお小言は政宗様への愛ゆえに、私の心配は政宗様への恋心ゆえにでございますれば。」
「……言うじゃねえか。」

爪の痕がついた左手で私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でて、政宗様はお猪口の酒を飲み干した。やや乱暴な所作は一国の主として誉められたものではないのかもしれないけれど、照れているせいだと思えば可愛いだけだ。

政宗様は私から徳利を奪い取ると、お猪口に注いで、ん、とぶっきらぼうに私に渡してくださった。ありがとうございますと一言かけて、遠慮せずに口をつける。辛いお酒だった。喉を通ってするんと胃の腑に落ちていくと、酒が通ったところがかーっと熱くなる。これならば確かに外にいても寒くないかもしれないと思いながら、もう一口。残りはまた私からお猪口を奪い取った政宗様が飲んでしまわれた。

「あったけぇだろ。」
「そうですね。」
「早く春になればいいのによ」
「まだ初雪が降ったばかりに御座いますよ。これからが奥州の冬かと」
「分かってる。雪が溶けるまで、何も出来ねぇのが歯痒いだけだ。」

奥州の冬は深く、厳しい。雪が積もってしまえば農耕も出来ず、春になるまで国は冬眠するのだ。勿論その間戦も出来ず、他国の動向を探ることすら困難になる。

それは正しく、置き去りにされるということだった。

「……大丈夫です、政宗様。春になれば雪は溶けます。必ずです。」

置き去りにされる。見限られる。置いて、逝かれる。年若くしてそのすべてを経験なさった彼はきっと、誰より慎重で臆病だ。懐に入り込もうとする者はとりあえず拒絶してみる癖がついている。

「なまえはそれまで、政宗様のお隣に居りますれば。」

だからこそ、一度懐に入れたものはきっと何があっても守り抜こうとなさるのだ。わがままで、聞き分けのない優しい国主。そんなところが好きなのだと、いったい何度言えば分かっていただけるのだろう。

政宗様はその隻眼を見開くと、次いで弱々しく微笑んでくれた。この笑い方だって、たぶんこの城では私以外に見たことないのだろう。独占欲のようなものを刺激されて、私もくすりと笑みを返す。


「そうか。それじゃあ安心だな」


ふと立ち上がった政宗様は、未だ降り積む雪の中に躍り出ると、新しく注いだ酒をさらさらと雪の上に溢された。あったけぇだろ、そう微笑した彼の声が頭の中で繰り返される。

積もりに積もったこの雪を、溶かそうとしているようだった。


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