桜の花びらが舞った。




まるで雪のように次から次へと舞散るそれは、春の訪れと共に俺達の入学も祝ってるのだと先程の入学式で誰かが言っていた。

シカマルはひとつ伸びをして前を行く友人を追いかける。

うつらうつらとしていた俺の唯一の入学式の思い出となったその言葉は、多分毎年言われてるであろう文句に違いない。
中学の卒業式でも、貴方達の心は白いパレットです、たくさんの色で大きな素敵な夢を堂々と描いてくださいって毎年言われていたことをぼんやりと思い出す。





十五歳の、春。


俺は今日から高校一年生となった。



風につられて後ろを向けばたくさんの桃色に隠れるようにして建っている新たな校舎が見えた。



あの人が三年間通ったこの高校で俺はこれから三年間を過ごす。



あの人がいた頃はあんなにもここに通いたいと願っていたはずなのに、いざ足を踏み入れれば残り香すら感じないこの校舎は俺の中で価値を失った。

三年の差はどうあっても埋まらない。
こんなところでも見せつけられるそれにいい加減苛立ちを覚える。

変えたいのに、変えられそうなのに、動けない自分をただ責める。



「シカマルー!何してんだってばよー!」

立ち止まっていたせいでだいぶ離れていたことに気付き、悪ぃと仲間のもとへ早足で駆け寄った。


「何だよ、気になる子でもいたのか?我愛羅の姉さんに言いつけっぞ。」
「そんなんじゃねーよ。」
からかうように笑って肩に回されたキバの手を振り払う。

「第一、あの人とは何もねぇから。」
「またまたー!」

振り払った手を、そのままポケットに押し込んで冷やかしを避けるように歩き出す。
今度は前を行く俺にナルトとキバが小走りでついてきた。


「なぁ、怒んなってばよー!あ、お前さ、このあと用事ある?」
「…………何で?」

意気揚々と変えられた話に質問で返す。
それに左後ろから覗きこむようにしてキバが答えた。

「入学祝いに遊ぼーぜ!ナルトん家で!サスケとか、女子も誘ってさー!」
「サスケェ?!いらねーってばよ!」

今度は右後ろから不満そうなナルトが顔を出した。
おい、俺を挟んで話すなよな。

「まぁそう言うなって。あれ、そいえばそのサスケは?」
「さっき女の先輩に囲まれてたってばよ。ケッ。」
「は?!マジで?」

ありえねー!とナルトに賛同して悪態つくキバ。
どうでもいいけど、人の耳元で大声出すのやめろ。
あと、俺を挟んで話すな。

「だーから、あんなツンツンキザ男放っといて遊ぼってばよ!」
「誰がツンツンキザ男だ。」
「出たぁぁぁ!!!!!」

いきなりのサスケの登場にぎゃー!と悲鳴をあげながら駆け出したナルトは10mあたりで見事に躓いた。
天然の芸人張りのリアクション魂はさすがとしかいいようがない。
一緒に走り出してたキバが腹を抱えて笑い出すのが見えて、俺も思わず苦笑する。


「騒がしい奴…。」
「ウスラトンカチが。」

隣でサスケがため息まじりに呟いて、でも楽しそうに唇を歪ませてんのを見ると素直じゃねぇよなぁと、いつも思う。


はぁーあ…また三年間、こいつらと一緒か…。

シカマルは青い空を仰ぎ、癖で雲を探した。


幼稚園小学校中学校と続いた腐れ縁はここでも切れず。

でもきっといつかこのぬるま湯から出なければならない時がやって来るのだろう。
怖いようでどこか楽しみなのは若さからくるものなのか。


…………………春はけじめの季節かもな。

とりあえずこの三年間は憂鬱だとため息をつく自分を、楽しさに笑みを漏らす内なる自分が、素直じゃねぇなと笑った気がして。


「そういえば、秋道は?」
「腹痛で休み。」



この後のどんちゃん騒ぎには遅れて行くことにしようと決めた。









「入学、おめでとう。」



校門を出て坂を登った先にだだっ広い自然公園がある。
その角のベンチでうたた寝していた俺は、ずしりとした何かを頭に感じて目を覚ました。

二、三回瞬きをして視線を上げれば逆光でもよく分かる見慣れたシルエットに笑みが漏れる。


「どーも。」

俺の頭に乗せるようにして置かれていたものを俺の膝にドンと置いて隣に腰掛けたのは、ダチの姉さんで俺の想い人、テマリ、サンだ。


「何すか、コレ。」
「入学祝いだ。」

膝に置かれた分厚い辞書みたいな本を指さして問えば、さっくりとした答えが返ってきた。
表紙には太陽に煌めいて、大学入試センター予想 発展英語、と書かれている。
………………要するにこれは。


「参考書?」


テマリはうんと頷いて肯定を示す。

「私が使ってたヤツだけどな。」



「…サンキュー。」


シカマルはため息をついて、こんなんでも喜んでる自分を隠すように視線を外す。
何とも彼女らしい、入学祝いである。


「早いなぁ…もう高校生か。」
「アンタは大学生だしな。」

不意に小さく呟いた彼女に何気なく言葉を返す。

時折この人が見せるはるか遠くをのぞんでいるようなその目に、なかなか俺は映れなくて。
そんな目を見るたびに今まで必死に気を引こうとしてきたことさえ、すべて視界に入ってなかったのではないかというような不安に駆られた。


「それで?」


不意にこっちを振り向くもんだから面食らった。

「用ってのは何だ?」


続けて出た質問に言葉が詰まる。

確かに用があるって呼び出したのは、俺だ。
この春の暖かな風のせいかもしれないが、校舎、制服、気持ちが切り替わるこの季節にけじめをつけようって気になって、呼び出した。


けじめってのはもちろん、このどうしようもない感情のことで。


問いかけてきた質問にあっさり返答できるほど、簡単なものでもなくて。

いつも通り段取りを考えときゃ良かったと変な汗が背中を流れる。


「え……………、と。」


煮え切らずぐるぐると焦る俺に真っ直ぐ突き刺さる視線が痛い。

意味のない言葉を発しながら、しっかり告げろと奮い立たせてる俺の横で彼女が少しだけ笑ったような気がした。


「実は私も用があってな。先、いいか?」


その言葉に顔を向ければ、伺い立てるように小首を傾げる彼女と目線がかち合ってドキリとする。
からかうように微笑んでいるその眼に、捕まったように動けなくて。


駄目だ、と心のどこかで否定するが時すでに遅し。


その唇が発した言葉は俺が言おうとしていた言葉そのものだった。




「好きだ。」





春風が、彼女の髪を揺らしそして俺の頬を撫でる。




まさかとは思ったけど、まさか本当に………。



うぁぁ。

頭の中で変なうめき声を出して俺は参考書に額をつけるように頭を抱えた。

「先に言うなよ………。」


女からだなんてすげぇ格好悪ぃ。
男として全くもって情けない。
いや、それより、なんて言うか。


「……………マジで?」

そろっと視線を向ければ、彼女はクスクスと楽しそうに笑った。


「返事を聞きたいんだが?」

俺と視線を合わせるように状態を倒して覗きこんてくる。
それは俺の問いに頷いてるということで。

結果的ざわめく胸のうちを抑えることができない。
あー、言いたいこと全部言われてる気すっけど………。

翠色の瞳に間違いなく自分が映ってるのを見て安堵した。
今彼女の視界に映っているのは俺だけだなのだ。


………やっと、捕まえた、いや、もしかすると捕まっていたのは俺の方かもしれないが。


シカマルは小さく笑みを浮かべて、目の前の唇に自分のそれをそっと重ねた。

そのまま押すようにして上体を起こし、しっかりと目を合わせる。


胸の奥から響く鼓動を押し込めて。
詰まる息を吐き出した。




「ずっと前からアンタが好きだった。俺と、付き合ってください。」




それは、驚くほど簡単に声となってスルリと口から零れた。


言ってから徐々に顔に熱が集まるのを感じて、恥ずかしさに表情が険しくなる。

んだよ、コレ………マジで柄じゃねぇ。
なんて、後悔後に立たず、いやこの人との場合役に立たずだ。
するだけ、無駄だ。



「返事、聞きてぇんだけど?」



敢えて先程の彼女と同じように問えば、
見開かれていた瞳と柔らかな唇は悔しそうに形を変える。

私が先に言ったのにとばかりにまゆを寄せながら、その頬がほのかに色づいているのを見過ごせるはずがない。


「素直にはい、って言えよ。」


形勢逆転、少しばかりの優越感を覚えながら髪を、頬を撫でる。



「……仕方ないな。」


俺の手をくすぐったそうにしながら少し間を空けて頷いたテマリの笑顔は、春には似合わない眩しさで。

負けずぎらいの彼女。
もうすでに気持ちは、分かってるというのに何を今更とは思うものの、なんだか愛しくて仕方ない。

やべーな、こりゃぁ。


ひとつため息をついて気持ちを落ち着かせるように額を押さえる。
それでも幸せを拭いきれなくて、仕方ないからテマリを抱き寄せた。




十五歳の、春。


今日年上の彼女ができた。



何となく明日からはもっと楽しく登校できそうな気がして。
彼女の柔らかく温かい体温と共に春を感じて。
春の訪れと入学、そして俺達を祝うように。





桜の花びらが舞った。




                fin.



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