「待てよ!」

男は土砂降りの雨に打たれながら、
声の限りに叫んだ。

女は、今まさに船に乗り込もうとしていたが、
愛しい彼の声にハッと振り向く。
「ど…どうして……?」

女は、一瞬だけ躊躇うように
その場に立ち尽くしていたが、
やがて桟橋から船へ乗り込むタラップを降り、
彼のもとへ戻った。

「行くなよ…!」
男は悲痛な表情で切なげに言った。

「だって…私……
このままじゃ、あなたの夢を……」
女は俯き、傘を差す手と逆の手を下腹部に添えた。
眸には涙が浮かんでいる。

「良いんだ…。また一から出直せば良い。
だからお前は…俺のそばで生めよ……結婚しよう。」

女は傘を投げ出して、男の胸の中に飛び込んだ。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



シカマルは、空になった紙カップを握り潰し、
親指と人差し指についた
ポップコーンの塩をペロリ舐めた。

左隣の席では、画面を食い入るように見つめ
ウルウルと涙を浮かべた女性が、
さらにその左隣に座る男の肩に頬を寄せる。

その彼は、右肩に寄りかかる恋人の後頭部に
腕をまわして、彼女の頭を抱きしめていた。

シカマルは、自分もさり気なく右隣に座る
恋人の肩に腕を回せないだろうか…
…などとぼんやり逡巡していた。


しかし、スクリーンはエンドロール画面へと変わり、
主題歌が流れ始めたところで、
右隣の恋人は会場が明るくないうちに席を立った。



いのに「ぜひテマリと2人で観に行きなよ!」と、
半ば強引に押し付けられたチケットで、
映画鑑賞デートへとやって来たが…。

「観終った後は、夜景の見えるお店でお茶すれば
2人のラブラブ度もバッチリ上がるわよ!」

いのは、そう親指を立てて力説していたが、
どうも、雲行きは怪しい…


観終った後のテマリは
いのが想像していたよりずっとクールだ。

「恋している女の子は誰でも、
彼氏と2人で恋愛映画を観るのが好きなはずだから!」

…という、いのの説も果たして本当かどうか…。



「…なんなの?あのストーリー。」
テマリが不満げに呟く。


「……ああ……まあな…。
そう、面白おかしい話でもなかったよな…。」

シカマルは正直に言えば
この映画のあらすじなど、ほとんどうろ覚えだ。

恋人同士の痴話喧嘩と、
別れの危機…そしてその後のヨリ戻し。
…などという陳腐で退屈な恋愛映画を、
途中居眠りもせず、最後まで真剣に観ているはずもない。



テマリは甘栗の殻を割りながら、
艶やかに塗った自分の爪に傷がついていないか
時おり確かめるようにじっと指先を見つめる。

「…全体的に何も共感できるところのない映画だった。
最後のオチもイマイチだったし…。」


シカマルは、テーブルの紅茶ポットと、
砂時計を交互に眺めながら、頬杖をついて言葉を探す。
「最後のオチ…?」

「主人公が、ヒロインが故郷へ帰ろうとする港で
雨の中、叫んで引き止めてたアレよ。」

「ああ…。だから…、最終的には彼女のお腹の子の
責任をとって結婚しようって言うんだろ? 
…まぁ…男としてちゃんと筋は通してんじゃね?」


テマリはコーヒーを啜って、
ため息まじりにゆっくりと首を振る。
「…男としてのスジ?…なんだ…それ?」



「なんか……妙に突っかかんだな…?」
シカマルは、砂時計の砂がすべて滑り落ちたのを確認し、
ポットから紅茶を注ぐ。


「あの彼女にもやりたい事があったと思うんだ。」
「…やりたい事?何だ、やりたい事って?」
「そんなの知らないよ。
映画のストーリーには特に出てこなかったし…」

シカマルは少し面倒くさくなってきた。
「別に…やりたい事なんてないんじゃねぇの?」

つい適当に答えると、
「なんでそう言い切れるんだよッ!?」
いきなりテマリはシカマルの言葉尻に噛みついた。


「……………。」
シカマルはテマリの剣幕に、
思わず飲みかけの紅茶カップを空中で静止させる。


テマリは甘栗の殻を指で弾きながら、
苛立つように続けた。

「自分の夢だってまだ半端なくせに、
碌すっぽ考えもなしに女を妊娠させておいて、
『ああもう解ったよ、じゃ結婚しよう。
それで良いだろ?スジは通したろ?』
……こんな言い種で、うんと頷く女も女だ……。」



シカマルは、ようやくテマリが
何に対して憤っているのか
おぼろげながら掴めてきた。


映画のストーリーが、男性視点に描かれていて
女性の気持ちを汲んでいないのが不満のようだ。


故郷から出てきて、都会で生きる男女が出会い、
恋に落ちる。

やがて女は身籠るが、男には大きな夢がある。
女は、愛する彼が夢を追うのに足枷にはなるまいと、
自ら身を引こうとして、
一時は2人に別離の危機が訪れる。

しかし男はストーリーの終盤で、
故郷へひっそりと帰り、独りで生もうと
決心する女を引き止め、
求婚し、2人は幸せに結ばれる…。

…という中身が、
女性を馬鹿にしていると言いたかったようなのだ。


男に夢があるように、
女にも自分の仕事や夢があったはず。

子供を身籠ったのは、
男にも女にも同じ重さの責任がある。

しかし肉体的そして精神的にも
はるかに負担が大きいのは女の方。

それなのに、女はさも自分だけのせいで
男の人生を狂わせ、その夢を半ばに
潰えさせてしまったかのように
己を責め、身を引こうとする。

それを男は偉そうに鷹揚ぶって
「自分のそばで生んでも良い」と
女に「許し」を与えるような言い種で求婚する。


この映画の脚本家は、本気で観客がそんな台詞に涙して
感動するとでも思ったのだろうか?


女を舐めるなと言いたくもなる。





「……………。」
シカマルは、あの映画館で
自分の左隣に座っていた女性を思い出していた。

彼女はあのストーリーに感動して涙ぐみ、
彼氏に寄り添っていた。

スクリーンの恋人たちと自分たちを重ね、
素直に共感していたようだが…。


えらく気難しいもんだな…俺のお姫サマは…。


シカマルは、宥めるように両手を広げた。
「なあ…?そうカリカリすんなって…。
たかが映画の中の話だろ…」

しかしテマリは眉間のシワを緩めない。

「女なら誰でも『結婚』を鼻先にぶら下げてやれば、
尻尾を振って食らいつくと思ってる奴らが多過ぎんだよ。」

「まあな…。…でも、実際子供ができちまったら、
男としては逃げるわけにいかねぇだろ…。
好きな女なら、生ませてやりたいと思うのが
まともな男なんじゃねぇの?」


テマリは不意に伝票を掴み立ち上がった。
「もう良い。」


「え!?おい何だよ、帰んのか…?」

テマリは一瞬だけ立ち止まって振り向いた。
「『生ませてやりたい』だ!?
女は別に、男に「生んでも良いか?」
なんてお伺いを立てなくても、
自分がそうしたければ、たとえ独りででも生むさ。」


シカマルは自分の失言に焦った。
「ちょっ…待てって…!
今のはそういう意味じゃなく……」


シカマルは、無言で店を立ち去っていく
テマリの背中をただ茫然と見つめた。

テマリは部屋に戻ると、
着替えもせず化粧も落とさず、
ぐったりと力なくソファーに倒れ込んだ。


あんな言い方…するつもりじゃなかったのに…。


せっかくひさしぶりに2人の休暇が重なって、
もっと楽しい時間を過ごしたかった…。


いつもは主体的に動こうとしないシカマルが、
珍しく自分の方から映画を観ようと
2人分のチケットまで調達してきてくれたのに…。


なんであんな可愛げのない事を言ってしまったんだろう。



あれではシカマルも、つきあうなら
もっと素直で可愛い
年下の女の方が良いと思うかもしれない…。


テマリはもどかしい恋の涙の眸を閉じ
そのまま疲れて眠りの海へと沈んでいった。






風影執務室と砂隠れの里の行政執行本部、
そして官邸も兼ねた砂漠の楼閣。


我愛羅・カンクロウ・テマリの3姉弟は
ここで暮らしている。


建物の外壁には、材料の一部に
我愛羅のチャクラを練り込んだ砂が含まれ、
他里からの暗殺者の攻撃にも絶対的な防御を誇る。



楼閣の最上階、砂の里全土に吹く風を読み、
砂漠の天候など測量できる眺望天窓のある部屋が
テマリの住まいだ。



気持ちのすぐれない目覚めの後、
しばらくすると各部屋の柱に沿って取り付けられた
通話用呼樋から、カランコロンと乾いた土鈴音が鳴り、
続いてカンクロウのくぐもった声がした。

「あれ?テマリ、いるのか?
なんだ…昨夜にもう帰ってたじゃん?」


テマリはのろのろとソファーから立ち上がり、
呼樋の蓋を開けた。

「まだ2日目だろ?ずいぶんと早い帰りじゃん? 
木の葉には泊まらず退き返してきたのか?」



テマリは呼樋の通風口にそっと返事をした。
「なんだが気分がすぐれなくて、映画を観ただけで
途中で潮にしたんだ。」


そう言ってパタンと蓋を閉める。



このテマリとカンクロウの会話は、
楼閣の渡り廊下を伝う呼樋の流れに乗って
風影執務室奥の書斎にも聴こえていた。


「……………。」


我愛羅は書類を片付けながら、
先日、山中いのからの式で、
彼女が「テマリとの逢瀬で一緒に観て来い」と、
2人に映画チケットを贈ってくれた話を思い出していた。



その映画は砂の里でも若い忍のあいだでは話題作で、
先日、マツリとサリも観に行ったと聞く。



ただ、ストーリーがあまりに男性の側に
都合の良すぎる恋愛映画だったと
こき下ろしていたらしいが…。



テマリはこの手の男尊女卑的な話題では、
よく相手(概ね、相手は男である場合が多いが…)
と意見対立しては、トラブルになりがちだ。


そして、時々式をやりとりしている
木の葉の里の山中いのの話によれば、
シカマルもまた男女関係には、
些かコンサバティヴな考えを持っているらしい…。



要は似たもの同士なんだが、
なにか、映画の中身がきっかけで喧嘩でもしたのか…。


「シカマル、さっさと食べ終わっちゃいな。
片付かないじゃない?」

シカマルは、食べかけの朝食の皿をじっと見つめながら、
母・ヨシノに問いかけた。


「なぁ…母ちゃん?」

「……なによ。」


以前、同じような質問を親父にもした事があったっけ…。


「なんで、あんな頼りねぇ親父と結婚したんだ?」

「なによこの子は?藪から棒に…。」

「いや…なんとなくよォ…。」



ヨシノは、食卓で夫・シカクがいつも座っている
定位置の椅子の背凭れに手をかけた。



ヨシノは16歳の息子がいる同じ世代の女性の中では
若く美しいほうだ。

ヨシノは、若いくのいち時代は、
獣遁遣いの才能に恵まれ、
その美しさや人柄の良さに加え、
上忍へ昇格する実力も器も兼ね備えていた。



しかし、「もったいない…」という指導上忍の言葉も
そして次々と並居る求婚者たちも退け、
あっさりと19歳でシカクに嫁いだ。


現在に至るまで、中忍の資格を持ちながら
実情では、忍は引退したも同然に、
先の忍界大戦時すらも戦場に出る事は一切なく、
奈良家の主婦としてシカクの内助の功を努めている。



「母ちゃんは…まぁ…俺が言うのもなんだけど、
けっこう男にモテそうな感じがすんだ。」

「あら、そう?」
ヨシノはコロコロと笑う。


「あの親父より
良い男はもっといたんじゃねぇの…?」

ヨシノは苦笑する。
「お父さんが聞いたら怒るわよ…。
まあ、でも…たしかに結婚を申し込んできた中には、
もっと素敵な人もいたわね…。」


「じゃあ…なんで…?」



ヨシノは若かった日々を懐かしむように、
遠くを見つめるような目をした。



「お父さんだけは、お嫁に来ても、
私の好きなように生きれば良いって
言ってくれたからよ。」


ヨシノは、実力あるくのいちでありながら、
うちは一族や日向一族などの
旧家に嫁いでしまったために、
そのまま自我を喪って、
家督のためひっそりと籠っていく…。


そんな、サスケやネジの母のような生き方に
内心、肯定的ではなかったのだ。


伝説の三忍・綱手様のようなくのいちこそ、
忍の女に生まれた究極の生き様だと
強く憧れていた。


嫁ぎ先に縛られるくらいなら、
自分は男に縋って生きたりせず、
クナイと忍術を恋人に、任務の日々を生き抜く。



そんな風に夢見る妙齢の頃、
しかしながら両親や親戚の勧める縁談や
言い寄ってくる若い忍たちの言葉は、
どれも同じようなもの。


「ヨシノなら、俺が長期に任務に出ても
きちんと留守を預かり、
きっとうまく家庭を支えてくれそうだ…。」


「毎晩、ヨシノが俺を待って
いてくれる家に帰りたいんだ。」


「お前が家を守っていてくれたら、
俺は安心して戦える。」




もう、うんざりだった。




なぜ男たちは、揃いも揃って
結婚後の女の人生観は
「家庭に入って夫を支えるためだけに生きるものだ」
と決めつけてしまうのだろう…?


くのいちに生まれ、
ある程度の年齢を重ねていくと
彼らはみな自分を、「女を見る目つき」で見る。


アカデミーで同じように学び修業し、
任務に出て死線を超え、
同班で一緒に戦ってきた
戦友のように扱ってはくれない。




「でも、お父さんはそんなふうに私を縛らなかったの。」




ヨシノは、この場にいないシカクを
若い頃と変わらず恋い慕っている表情で話す。


「ヨシノ、お前がいつまでも
最前線の任務で戦い続けたいなら、そうしろ。
俺はお前がどんな死闘で傷ついて帰って来ても、
一族秘伝の鹿の角からの薬で、きっと助けてやる。」


「お前が他里出身でも他族でも関係ねぇよ。
嫁としての努め?
ははは…そんなもん、気にすんな。
奈良一族の事を守り管理するのは、
家督相続した俺の役目だ。」



「だから、お前が任務に出ているあいだも、
俺は留守を預かり、一族とこの家を守ってみせる。
…心おきなく存分に戦ってこい。」




シカマルは、テマリの顔を思い出した。
あいつも…そうなのかな……。


ヨシノは、母親ではなく
1人のくのいちの顔になっていた。

「シカマル。
忍が任務で戦に出るのに男も女も関係ないの。」


「結婚して、一緒に家庭を築くのだって、
男はこうあって女はこうあるべき…という、
役割なんかも、本当は決まってないのよ。」



シカマルはふと
テマリの不敵な笑みを思い出して

「相変わらず、男だ女だ、うるさい奴だ…」



ヨシノは続ける。
「自分が相手にとって、そして相手が自分にとっても
安心して背中を任せていられる存在でかどうかが
重要なの…。」




「……なんか………わかったような気がする…。」

シカマルは、冷めた紅茶を飲み干して、
朝食の食器を重ねてシンクへ運んだ。



「だから!納得いく説明をしなよって言ってんのさ!?」
テマリは、風影のデスクを両手でバンッっと叩いた。


「…説明など何も必要ない。」
我愛羅は澄まして冷淡に告げる。


「ただ依頼人が、身辺警備を女の忍にされるのは
頼りなくて不安だと言ってきている。
…それだけの話だ。」


テマリはギリギリと歯噛みする。
「私をその辺のか弱い女どもと同じにするな!?」

「まあまあ…もともとこの依頼人は、
普段から若い女を小馬鹿にしてるじゃん。
それに業界では有名な色魔らしい。」


カンクロウは、デスクを挟んで睨み合う
テマリと我愛羅をそれぞれ宥めた。

「この写真見たか?エロそうな顔しやがって…、
テマリは絶っ対ぇ関わらねぇ方が良いぜ?」

我愛羅は表情を変えない。

「…なぁテマリ、
我愛羅はただお前の身を心配してるだけじゃん?」
「ふざけるな!私は風影・砂瀑の我愛羅の姉だよ!?
こんなトロそうなオヤジにヤラれるとでも思ってんのか?
女だからって舐めると許さないよ!」

我愛羅は軽くため息をつき、カンクロウに告げた。
「話にならないな…。カンクロウ、頼む。」

「了解じゃん!」
カンクロウは我愛羅の指示を得ると、
まだ話は済んでいない!と怒号するテマリを無視し、
単独で任務に出立した。


「我愛羅ッ!!」
我愛羅は、感情的に激昂するテマリに臆す様子もなく
黙ってデスクに戻り、
何事もなかったかのように書類処理の作業を再開した。

テマリは我愛羅を睨みつける。
「あんたまで、
私が女だからって馬鹿にするつもり!?」


「勘違いするな。」
我愛羅が低い声で鋭く言い放った。


「!?」

我愛羅はデスクチェアに腰かけた体勢から、
真正面に立つテマリを上目づかいに睨む。

「俺がお前をいつ、女だからと侮った?
俺はいつでも依頼された任務には、
適材適所、砂が誇る優秀な忍たちを送り込んでいる。」


「………………。」
「テマリ。女だから馬鹿にされまいと躍起になって、
冷静さを失っているのは自分の方じゃないのか?」


テマリは言葉を失った。


「先週の4日間の休暇で、
木の葉の奈良シカマルへ会いに行ったんだろう?
映画を観てきたんじゃないのか?」


テマリは先日、シカマルとの映画デートを
気まずく切り上げてしまった苦い喧嘩を思い出した。


「奴に、女である事を馬鹿にでもされたか?」


テマリは数秒沈黙し、俯いてふるふると首を振った。
あれは、明らかに自分の方から
彼に突っかかっていったのだ。
ほとんど言葉の揚げ足を取って因縁をつけた形で。


我愛羅はテマリをじっと見つめる。
「何を怯えているんだ?」

「…………べつに、私は……。」
「奈良シカマルとの将来が、
確実に約束できずに不安なのか?」


テマリはボッと赤面して狼狽える。
「しょ!…将来だって!?
…ばっ…そんな話!!…私たちは…まだ…。」


我愛羅は、ふと山中いのが
木の葉の仲間を思って泣いていた事を思い出した。
「奈良シカマルは、
他に家督を継ぐ兄弟がいないそうだ。
あの一族から出ることはないだろう。」


「…!!」
テマリはズキリと胸が痛むのを感じた。

いつも頭のどこかに浮かびつつ、
考えないように…と目を背けてきた、
他里他族の恋愛と婚姻・家督の問題…。


年長の姉としてのプライドで、
必死に表情を抑える。

「ま、まぁ…それならそれで、しかたないわね。
私も、風影補佐役員としての任務があるし…。」


「俺は、べつに構わない。」
「えっ!?」


「テマリ。俺はお前がこの里を離れようと構わない。」
我愛羅は何でもない事のようにしれっと言い放つ。



「なっ!?…なに言い出すんだ!?
そんな事、あんたがいくら風影でも
一存で決めて良いはずないだろう?
里の相談役の重鎮や大名と老中方や…他にも…」

「勘違いするなと何度言わせる?」
「!?……我愛羅……?」


我愛羅はデスクから立ち上がり、
同じ高さでテマリの目を正面から見て微笑む。
「テマリ。」


「お前は他里へ嫁いだら、
風影執務室の補佐役員の仕事はできないのか?」
「…!!」
テマリはぽかんと瞠目する。


「人材と式をうまく使って、遠隔指示しながら
業務をこなすぐらいの事ができないのか?」
「……………。」


テマリは、我愛羅の言いたい事が
だんだん飲み込めてきた。


「言っておくが、『結婚したからもう風影執務は
思うようにできなくなった…』
…などと、まさか言い出すテマリではあるまいな?」


「そんな泣き事をほざくような役員なら、
始めから砂の里の忍たちも必要としていないぞ?」

テマリははじめてニヤリと笑みを浮かべた。
「こいつ…生意気言うな。
私とカンクロウのサポートあっての
影職行政じゃないのか!?」

我愛羅は呆れたように、
わざとらしく肩をすくめる。

「俺が、お前とカンクロウを常に頼りにしている事実を
まさか、わざわざ言葉に出して言わなければ
理解できないとはな…。」

「我愛羅……。」


我愛羅は、卓上のカレンダーを手に取り
今日から4日間の×印をつけた。
「テマリ。カンクロウが先ほど務に出てしまったが、
幸いお前は今ここに残っている。」
「………?」


我愛羅は一冊の書簡を手渡した。
「木の葉の火影まで届けて欲しい。」
「……ああ、良いとも。」
「ついでに、奈良シカマルに
言うべき事もあるだろう。」


テマリはカァッと耳まで顔を染めた。
「そ、そんな…妙な気遣いは良いんだ!?
…では、行ってくるッ!!」


テマリは年少の弟の手前、精一杯の虚勢を張りたくて
大儀そうに書簡をのろのろと受け取った。


心の中は、今すぐにでも火の国目指し、
カマイタチの大扇ひと煽ぎに大竜巻へ乗って
飛び立ちたい気分だった。





シカマルは、今朝ヨシノから聞かされた
父と母の馴れ初め話を思い出した。


親父は、母ちゃんを一族に迎え入れる時、
嫁として家督を守り預かるような要求を
一切しなかったんだ…。



じゃあ、俺でもできるかもなぁ…。


相手は砂隠れの里長の実姉で
官吏たる立場の姫だ。


もちろん一筋縄にはいきそうもない…。

これは長考になりそうだな…。
「でも絶対いつか落としてみせるぜ。」


シカマルは盤上の駒を眺めながら、
愉しそうに笑った。




おしまい。
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