※付き合う前の話







「頼む!」

 ぱん、と手を合わせて額の高さまで持ち上げると、サスケは恐る恐るというように目を開けてこちらを窺った。返事をしないオレにもう一度同じ言葉を繰り返して、心なしか潤んでいるようにも見える瞳で上目づかいにオレを見やった。強気な眉が少し下がって、心底助けて欲しいという様子が窺える。サスケの頼みごとは悪い気はしないし、むしろ嬉しいのだけれど。

 サスケの頼みごとを簡潔に表現すると、一日だけ彼氏の振りをして欲しい、ということだ。今現在、ある男から執拗なモーションを掛けられているらしく、実際正面切って口説かれたり過度のスキンシップがあったりするそうだ。実に面白くない。はっきりと拒絶してはいるのだけれどどうも諦めてくれない。いい加減うざったく感じたサスケはすでに男がいると宣言してしまったそうで。その上明日デートだから様子でも見に来い、と余計な一言も付け加えてしまったから大変だ。彼氏はいないがデートはしなくてはならない。真実味を持たせるためには身近な人間がいい。そしてその彼氏役に浮上したのが、オレらしい。

「……だめか?」

 上目づかいに首を傾げてしゅんとした表情を浮かべたサスケに心臓を打ち抜かれる。むしろはいよろこんでー!、と大きな声で答えそうになるのを押さえつつ、冷静になるよう懸命に心がける。ばれないように深呼吸して、いつも通り、と言い聞かせながら口を開く。

「別にいいけどよ」

 素っ気なく言っては見たものの、心臓はやたらとうるさい。そのうえどういった思考の後にオレがその候補として挙がったのかは分からないけれど選ばれたことに純粋にガッツポーズをしたい気分だった。オレの言葉に本当か!と言って喜ぶサスケの顔を見ながらむしろ彼氏役というより本当の彼氏になりたいなどと思う。言えやしないけれど。

「でも、なんでオレなんだ? ナルトとか、いるだろ」
「ナルトに言ったら何言われるか…つか調子乗るだろ、あいつは!」

 唇を尖らせてそう言ったサスケに、オレでも十分調子乗りますが、と言いかける。寸でのところで思いとどまった。ちょっとは好意を持ってると思ってもいいのか? それに答える言葉なんてものはないけれど、少し自惚れてしまう。ていうか自惚れたい。

「それにシカマルなら、」

 視線を外したサスケは一旦言葉を切った。ふむ、と言って組まれた腕に豊かな胸が乗るのが見えて咄嗟に目を逸らした。だから、何度も言うように、そういう服を着るのはやめてくれって。本人に言ったことは一度しかないけれど、目に毒過ぎて困る。

「デートはともかく、気が楽だし」

 はにかむようにサスケは笑った。サスケの言葉はつまり、と考えを至らせたところで膝をつきたくなった。全ッ然意識されてないってことですね、知ってたよ別にがっかりしてねーよ! はあ、と出ていきそうになる溜息を押さえこんだ。


***


 当日、サスケは気が楽だと言っていたけれど、オレはそうはいかない。デートの前日なかなか眠れず、朝遅刻ぎりぎりに目覚めて大慌て、というテンプレート通りの行動をすることになった。もちろん遅刻は免れたけれど。ちょうどぴったりという時間に待ち合わせ場所に到着して辺りを見回すもサスケの姿は無かった。よかった、と一息ついて近くにあったベンチに腰掛ける。またこの微妙な待ち時間が緊張を増幅させる。実はからかわれてるんじゃないかと疑心暗鬼に陥ったところで待ち人の声に顔を上げた。

「よ、シカマル。…待った?」
「や、いっ今来たとこ」

 サスケと自分のやりとりに奇声を上げそうになった。今来たとこ、っていやたしかに実際そうなんだけれども! なんでどもるんだオレ! 初デートのぎこちない感じか!
冷静になろうと立ち上がって深呼吸する。平常心平常心。そう言い聞かせて目を開くと、視界に入るのはいつもの出で立ちとは少し違うサスケの姿だった。そりゃあ今日は私服だろうけれど、そのギャップに胸をときめかせずにはいられない。とくに普段のショートパンツではなくミニスカートであるということがポイントだった。スカート姿のサスケなんてそう簡単に見ることが出来ないだろうから、拳を握って神に感謝したくなる。そんな不審なオレを見てサスケは表情を曇らせた。

「なんか変か? 一応デートってことだしそれっぽい格好した方がいいのかと思って、でもオレそんな服全然着ねえから、」

 居心地悪そうな顔をしてスカートに手を伸ばしたサスケは裾を掴んで、すぐに離すと頬を掻いた。サスケの口から出たデートという単語に心踊らされていると、自分でも意識しないうちに口から言葉がこぼれだしていた。

「いや、すげー似合ってる。スカートも新鮮でいいなァって思った」
「え、あ、ありがと……」

 素直な感想は実に恥ずかしいセリフだったのではないだろうか、むしろ恋人気取りのようなセリフになってしまったのではないだろうかと顔を赤くしたり青くしたりしていると予想外のサスケの反応に驚いてしまった。驚いたように目を見開いてからすっと視線を逸らし、少し気恥ずかしそうに頬を赤らめて戸惑いがちのありがとうだった。惚れた欲目かもしれないけれどそれはもう可愛い。こちらまでなんだか照れてしまって気を紛らわせるように頭をガシガシと掻いた。

「あー……じゃ、行くか?」
「そうだな」

 すぐに平常心を取り戻してしまったサスケは先ほどまで薄らと赤らんでいた頬をいつも通りの白に戻し、ニッと笑顔を作った。いつものサスケだ、と思ったときに細い腕がこちらに伸びてきて、するりとオレの腕に絡んだ。そのまま引かれるようにして歩きだす。え、とかおい、とか戸惑ったままちゃんとした言葉を紡げないままのオレにサスケは顔を向けた。

「こっちのがデートって感じだろ?」

 いたずらっぽく笑ったサスケに答えられずにいると、オレの返事など聞いていないという風に顔の向きを戻してしまう。組まれた腕から速い脈が伝わってしまいやしないかと心配になる。しかし同時にこの状況に歓喜している自分がいるのも事実だった。

 里内の商店街ともなれば人通りはかなり多い。そこをサスケと二人で歩きながら多大なる視線を感じつつ(サスケが隣にいる上に腕なんか組んでいるのだから当たり前ではあるのだけれど)、サスケの話に相槌を打った。周りの視線が気になりすぎて正直サスケの話に集中出来ない。あ、と無感情な声が聞こえて話に身が入っていないことを咎められたのかと思いサスケを見るとその視線はある方向に向けられていた。そちらに目をやると、それなりにいい見た目をした男が眉を寄せて立っている。いきなりぎろりと睨みつけられ、これが例の男かと得心した。
 くい、と絡められていた腕が引かれてその直後、むにっとした感触が肘付近を襲う。思わず驚きに声を上げそうになった。見なくても分かる、十中八九この感触の源はサスケの豊満な胸だ。目が合ったままだった男からは嫉妬と少しの殺意がこもった視線を送られてしまう。気持ちは痛いほど分かるぞ名も知らぬアンタ、と思いつつも優越感に浸るオレは存外性格が悪いらしい。

「シカマル、行こ」
「…ああ、そうだな」

 サスケに促されるまま足を速める。サスケはその男の方を一瞥してふん、と鼻を鳴らして顔を逸らした。相当男に対してうんざりしていたらしく、そのとき一切の言葉はなかった。横を通り過ぎたあとも後ろからとげとげしい視線を感じた。もしかしてあの男の恨みを買ってしまったのだろうか。ああ、めんどくせー…。しかし腕に感じる柔らかい感触にまあいいか、なんて思ってしまうオレは大概馬鹿だ。
 しばらく歩き続けても、押し付けられたままの胸に相変わらずどきどきしているとぴたりとサスケが足を止めた。もう目的は果たしたことだし、解散ということなのだろうか。

「あいつの顔、やばかったなあ」

 さも面白そうに笑うサスケに少し例の男を不憫に思ってしまう。いや、一人ライバルが減ったのだから都合がいいのだけれど、自分の身に降りかかったと想定するとかなりのダメージだった。しかしそれよりも。

「やばいのはオレだろ。恨まれただろ、あれは」
「大丈夫だってシカマルなら」
「なんの根拠があるんだよ…」

 ははは、と笑ったサスケだった。他人事だと思いやがって、とは思うものの、こちらとしてもいい思いはたしかにしているので非難することは出来ない。むしろ感謝をしたいくらいだ。そう思いながら未だ幸せな状態の腕に視線をやるとさらにぎゅう、と押し付けられ驚いてサスケの顔を見つめた。

「……サービス」
「ばっ…!」

 慌てたオレを見てするりと腕が離れていく。先ほどよりも腹から、むしろ腹を抱えるようにして大笑いをしているサスケだが、本当冗談じゃない。本人は冗談のつもりでやっているのだろうけれど、オレにとっては冗談では済まないのだ。
 ひいひい言いながら滲んだ涙を拭ったサスケは息を整えながらこちらを見上げた。

「ありがと、今日は助かった」

 にっこりと笑ったサスケにどくりと心臓が跳ねる。先ほどまで腕に感じていた柔らかさを思い出してさらに心臓が早鐘を打ち始める。そんなときにもう一回触っとくか、と手を取られそうになって思い切り避けてしまった。

「冗談に決まってんだろウスラトンカチ!」

 そうやって笑ったサスケはこちらに背を向けてまたなと手を振った。もうデートは終わりか、と残念に思う気持ちも心の隅の方にはあったけれど、オレの頭を占めているのはいつも目の毒だと感じていたサスケの柔らかい胸のことだった。



やめてよハニー
(オレだってオトコなんだよ!)



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