※現パロ




 年が明けてすでに数時間が経過した。テレビ画面に映っているのは多分まだ若手と言われるようなお笑い芸人で、深夜という時間帯をいいことにかなり際どい内容になっている。画面から手元へ視線を戻し、みかんを剥く作業に集中しようとした。そのときこたつに額を押し付け、てっきり寝ているのだと思っていた兄が突然手をこちらに伸ばしてきたため声もなく驚いてしまった。正確に言えばこちらに手を伸ばしたというよりはこちらの方向にあったみかんのカゴへ手を伸ばしたのだけれど、残念ながらオレの手元にあるものが最後のみかんだった。のそのそと顔を上げ、みかんが無いことを目で確認すると手持ち無沙汰になった手で頬杖をつき、テレビへ視線を向けた兄はおもむろに口を開いた。

「みかんが無いな」
「そうだな」
「だが食べたい」
「自分で取りに行ってくれ」
「まあそう言わず」

 視線をこちらに向けることもなく、下品なテレビ番組から目を逸らさない兄をちらりと見やってそのままみかんを剥き終える。一房取って口に含むと程よい酸味と甘みが広がった。動こうとしないオレを促そうとしたのかサスケ、と名前を呼ばれ声の方に顔を向ける。

「ここはひとつ、二人で行くのはどうだろう」
「意味が分からねえ」
「こたつごと」
「馬鹿か」

 どうしてもこたつを出たくないらしい兄に溜息をついて立ち上がる。すでにオレからテレビ画面に向けられている視線にまた溜息がこぼれそうになった。カゴに盛れるだけ盛ったみかんをこたつの前に置くとすぐさま手が伸びてくる。ビールの空き缶とみかんの皮であふれる部屋の様子に正月の生活を思いやる。自分で言うのもなんだけれど、仕事とオレ以外に興味やら趣味やらが乏しい兄は恐らく去年と同じように家を出ることなく、寝正月を過ごすのだろう。それは自分自身にも言えることで再度溜息の出る思いがした。



「サスケ、初詣に行こう」

 しばらくテレビを見続けたあと、突然そう言った兄に顔を向ける。去年は結局三日辺りに行ったような気がするけれど、兄弟そろって人混みが苦手でこういったことは滅多にしない。また今そういう気分になったとかそういうことなのだろうけれど、オレも大概気分屋であることは自覚済みでやはり兄弟だと思い知らされる。唸るような返事をすると一刻も早く行こうと、あれだけこだわっていたこたつから兄は簡単に出て行ってしまった。

 コートを着て、マフラーを巻いて外に出る。冷気が肌を刺して、室内の暖かさでぼうっとしていた頭が冷えていく。車を出そうかと言うイタチだったけれど、お互い酒を飲んでいたし参拝客できっと渋滞しているからと言って断りを入れた。
 寒く、青白い蛍光灯に照らされた路地を歩いていても、人の影はほとんど見られない。大通りまで出ればまた違うのかもしれないけれど、まだここは住宅街だった。吐く息が白く視覚でも寒さを感じた。

「寒くないかサスケ」
「寒い」
「オレのマフラー使うか?」
「アンタが寒いだろうが」

 自分のマフラーを外そうとする兄の手を止めようとポケットに入れていた手を伸ばす。ふっと、こんな時期、こんな風に指が寒さに晒されかじかんだことがあるような、はっきりとしない記憶が脳裏をよぎる。マフラーを巻きなおすイタチを横目にはあ、と息を吐いて空気に溶けていく白を見ながら記憶を辿った。
 よく思い出してみると、そのとき隣にいたのは兄ではなかった。あのときはオレから気まぐれに初詣に行こうとシカマルを誘ったのだった。まだ、一応は恋人ではあるはずなのだけれど、正直自信はない。あれは何年前の話だったか、まだ高校生だったころだと思い至ると随分昔のことのように思えた。あのときは手袋を持って来なかったオレにシカマルが手袋を貸そうとして、結局片方だけ借りてお互い寒くなった手を繋いで暖めるなんていう思い出してみると恥ずかしいようなことをしていた。当時のオレは将来のことなんてぼんやりとしか考えていなかったけれど、シカマルはもう、すでに先のことを考えていたのかもしれなかった。
 シカマルが高校を卒業して、それと同時に留学してしまってからもう三年になる。それ以来一度も帰国していないシカマルは、それなりに元気でやっていることは半年ごとにくる絵葉書で分かるのだけれど。このご時世、電話なりメールなりで外国だったとしてもやりとりなんて簡単に出来てしまうというのに、オレは向こうの電話番号やメールアドレスも知らなかった。
 今でも、空港でシカマルを見送ったときのことを悔やんでいる。どうしてたった一言、待ってる、が言えなかったのだろう。どうせ、待ってる以外にどうすることだって出来ないに決まっているのに。今だって、結局はシカマルのことを好きなままで、身動きすら取れない。別れるなんて出来ないし気持ちが離れていくことだって考えられない。それは、三年経った今だから言えることなのかもしれないけれど。当時のオレは不安だったのだろうか。長い留学を終えて帰ってくるシカマルを、シカマルのいない日本で待って、そのままの気持ちで好きでいられるかどうか、自信が持てなかったのだろうか。待っていて欲しい、とシカマルが言ってくれたなら、きっと待ってると言えたと思う。何より、離れていくシカマルをなんの言葉もなしに心のどこかで信じていられなかったからだった。


 サスケ、と名前を呼ばれて気付くともう目的地の神社に着いていた。人の多さに眉を寄せると同じような表情をしているイタチに気づいて少し笑ってしまった。境内を上りながら、シカマルが帰ってきますように、と神頼みでもしてみようかと思いつく。ここまでくると情けないとは思うものの他に何も思いつかなかったからそのまま神頼みをしてみた。

「なんてお願いしたんだ?」
「……秘密」

 気になる、という視線を浴びせてくる兄を無視して階段を下りる。お守りがたくさんあるのを見ていると後ろから買ってやろうかという声がかかるけれどそれをすぐに断った。とくに欲しいものはないし、大体今更何かを買ってもらうという歳でもない。すでに一年前に成人を迎えた弟に対して半ばからかっているのではないかと思う発言だが、素で言っているのだからどうしようもない。

「おみくじ引こう」

 急に腕を取られ、連れていかれた先でにっこりと笑われると断るのも悪い気がする。おみくじなんて久しぶりだ、と引いてみると案外どきどきしてしまうものだ。かじかんだ指で紙を開いていくと、そこには小吉という文字があった。リアクションのしづらい微妙なものを引いてしまいうーんと唸る。イタチの方に顔を向けると喜んでいるのがよく分かり、覗きこんでみると大吉と書いてあった。いいな、と心の中で呟いたつもりの言葉は口に出してしまっていたのかイタチが交換するか、と言いだしてきた。それじゃ意味ないだろうと断って、おみくじの内容をよく読んでみる。
 待人、道に妨げあって来ず。どうやら今年も帰って来そうにないシカマルにはあ、と重苦しい溜息をつく。次に恋愛のところに目をやる。自我を抑えること。これだけ健気に日本で待ってるってのに、これ以上何を抑えるんだウスラトンカチ。舌を打ったところでイタチに肩を叩かれた。

「あそこに括っておいで」
「…ん」

 すでに多くのおみくじが括りつけられたところに、ほんの少しの隙間を見つけて括りつける。大吉に転じてさっさとシカマルを帰国させて欲しい。会いに行けばいいのだけれど、それはそれで癪だった。
 帰ろう、と兄に声をかける。大吉のおみくじを持ったままのイタチは少し遅れて返事をして、それからこちらに足を向けた。帰り道、人が少なくなってきた辺りで思い出したように神頼みの内容を聞いてくる兄に困ってしまう。その催促を遮るように口を開いた。

「おみくじ、アンタ恋愛のとこなんて書いてあった?」
「なんでオレのが気になるんだ?」
「アンタがいつ結婚するのか心配だからだよ」

 またその話か、と眉を下げたイタチを横目にしたあと、白い息が空に消えていくのを目で追う。学生時代から、常に彼女はいるというのに長続きしない、そんな兄の破局の原因は九割方オレだということに負い目を感じずにはいられない。もちろんオレに非はない。ただイタチは自他共に認めるブラコンだった。イタチはなによりも優先すべきはオレだと思っている節がある。幼いころに両親を亡くした影響で兄としての思いが未だにそうさせているのかもしれないけれど、そろそろ自分のために生きてもいいと思うのだ。今の彼女は、結構長く続いている。何度か会ったことがあって、感じのいい女性だった。それに超のつくブラコンである部分すら受け入れてくれている出来た人だから、いっそ早く結婚してくれと願って止まない。

「それは来るべきときが来たらだ」
「いつ来るんだよ」
「さあ…いつかなあ」

 はぐらかすようにしてイタチは話を終えてしまう。どうして結婚に踏み切らないのか、どう考えたってオレがいるからだ。家を出ようかとも思うけれど、それには金がないし、どうせ兄に世話をかけることになる。はあ、と息を吐く。視界が白くなり、目を閉じた。
 サスケ、そう呼ばれて目を開ける。兄の諭すような声にはいつだって逆らえない。

「春休みには、海外旅行にでも行ったらいい」

 イタチの方を振り向くと、就職してからだと機会がないからな、と笑う顔が目に入る。隠し通せるはずもないとは分かってはいたけれど。少し泣きそうになって、視界がゆらりと揺れる。すん、と鼻を鳴らして涙をやり過ごそうと笑って上を向くと雪がちらついていた。

「……そうしようかな」

 答えた声は震えてしまったけれど、兄は何も言わずオレと同じように空を見上げた。顔に落ちてくる雪だけれど、冷えた皮膚にはなんの感触もない。顔を下に向けると頬を何かが伝っていった。雪が解けたのだと言い訳をして、寒さを紛らわせるように指先に息を吹きかけた。




神頼みじゃなく
自分の力で




110103

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