※水→サス








 鬼灯水月、十七歳。失恋しました。

 しばらくバイクを走らせて、辺りもすっかり陽が落ちて暗くなってしまったころに偶然目に入ったコンビニに思いつくままバイクを止めた。とくに何か買いたいものがあるわけではないけれどなんとなく店内に入る。入店とともに流れる音楽を聞き流し、足は勝手に雑誌のコーナーに向かった。下品なギャグ漫画でも読みたい気分なのに、残念なことに立ち読み防止のためなのかどれにもカバーがかけてある。気の利かないコンビニだ。
 ふと視線を上げたところにはたまに買うことがあるバイクの雑誌があった。最近新しく買ったお気に入りの愛車をガラス越しに見つめると思わず頬が緩む。あの愛車はかなり気に入っているのだ。手元にきたのは一週間ほど前だけれど、それから色々と弄くり回して、結局今日初めて長い距離を走った。後ろに、ほんのちょっと、本当に少しだけ、本気で好きかも、とか思っちゃった相手を乗せて。

 思えば昔から周りの人間とそれなりに良好な関係を構築するのは得意だった。自分で言うのもなんだけれど、人懐っこい笑顔が魅力だと思う。あと犬歯ね。八重歯が可愛いとか、大きいおねえさんに褒められたりする。それに加えて、ボクはそこそこに寂しがりだった。一肌恋しいと思うとすぐに口先三寸でそれなりに恋人を作ったりして。しかも別に女の子じゃなくてもボクは一向に困らなかったから男とも何人かと付き合った。要は寂しさを埋めてくれる人なら誰だっていいってことだ。今学校でつるんでいる二人もそういえば元恋人たちだった。仲が悪くなったり、嫌いになったりして別れたわけじゃないから今でも普通に友達なのだ。そういう関係の友人が、ボクには多い。そしてどの友人にしても別れるときに寂しいな、とか離れたくないな、とか、そんなことは感じたこともない。どこかで冷めているということは随分昔に自覚していた。
 そんなボクが、寂しさを感じる暇がなくなったのは高校に入学してからだ。そのときに出会って少しの間付き合ったちょっと特徴的な髪型をした口が悪いメガネ女とやたら滅多に背が高くて普段大人しいのにキレたらボクでも手に負えないぶっ飛んだ男が、ボクの数少ない本当の友達というやつだ。とくに女の方とは喧嘩は多いけれど、一緒にいると楽しいからそれでいい。そしてなにより、ボクを変えたのは、あのレンタルビデオ店での出会いだ。バイクを走らせていて偶然見つけた小さな店、つまらなさそうな顔をして、それでも目を奪われてしまうような整った容姿の男がカウンターに居た。見た感じ、同世代。純粋に興味が湧いたから、店に入った。何度か通って、話すようになった。他人と仲良くなるのは得意だ。店以外で会うようになるのもそう時間はかからなかった。

 ボクは真性のゲイではないから、その手の人種の判別はそこまで得手としていない。なんとなくそうかなあ、くらいの認識で少し匂わせつつ、みたいな。でも、今回はなんだかピンときてしまった。だからそれとなく過去の恋愛遍歴を晒してみると、案の定。そのときのサスケの驚いたような表情と、そのあと見せた安堵の表情に、がっちり心奪われてしまったのだった。
 もちろん、最初は全然、思い入れとかはなく。香燐や重吾との関係みたいになれたらいいなと思っていた。例にもれず、一肌恋しくなったボクは気まぐれにサスケに唇を寄せた。少し驚いたように目を見開いたサスケだったけれど拒否されることもなく、素直に受け入れられてしまったからかえってボクの方が驚いてしまった。それから、時折唇を重ねて。ほんのり、好きだなあと思うようになった。誰かに使われるのは絶対に嫌だったはずなのに、甲斐甲斐しく高校とかバイト先とかに迎えに行ったりするようになって、危機感を募らせた。今までちゃんとした恋愛をしなかったばっかりに、どうしたらいいか分からなかった。そのおかげでいつもキス止まり。サスケもそれ以上を求めることもなく、それは多分サスケはボクのことを友達以上とは思ってはいても、恋人としては考えていなかったからだろう。ずるいね、そんな言葉が出てしまいそうになることも何度かあったけれど、それを言って関係が終わってしまうのが怖かったから、一度も言えなかった。

 明るく流れる音楽にいい加減嫌気が差してきた。人の気持ちも知らないで!、と勝手な怒りをぶつけながら店内を回っただけでコンビニを出る。コンビニの明かりが周辺を照らしているのに、ボクの愛車は少し影のところに止まっていて、その姿に切なくなった。気分転換に、と携帯を取り出して慣れた手つきでボタンを押した。呼び出し音がいつもより長めになって、出てくれないのかと少し不安になったところでやっと繋がる。

『もしもし? どうしたんだよ意気揚々としてバイク飛ばしてったくせに…サスケと一緒じゃねえのかよ?』
「んー早速痛いとこついてくる…むかつくなァ……ちょっとね、フラれた」
『だっせ!』
「うるさいよ! てか周り騒がしいけど、どこいるの」
『あァ? 水月てめー、ウチの話聞いてなかったのかよ。カラオケ行くっていったろ! 重吾もいる…来るか?』

 遠慮のかけらもない香燐のセリフに少なからずダメージを受けたけれど、これで下手に心配されるとそれこそ居たたまれない。カラオケかあ、と考えて、ここしばらくどこにも行けなかったからそれもいいか、と思い今から行くよ、と電話口に告げた。

『病み上がりにはオールはきついかもな!』
「怪我でも病み上がりって言うのかな……ってオールなの? 明日の授業はどうするのさ」
『自主休講?』

 香燐の言葉にふふっと笑っていいね、と答えた。じゃあね、と続けて電話を切る。
しばらく出かけることが出来なくなったのは、ボクがバイクで事故を起こしたせいだ。大切にしていた前の愛車はその事故のおかげでお亡くなりになってしまった。自損事故で、他人様に怪我をさせることはなかったことが不幸中の幸いだった。もちろんボクが無傷というわけにもいかず、しばしの入院生活を余儀なくされ、そして手痛い出費とともに新しい愛車を手に入れた。手痛いと言いつつも、入院費も新車代もほとんど親が出してくれたのだけれど。金で繋がる家族関係もこういうときはいいかなと思ってしまう。
 入院していた期間、お見舞いに来てくれる人は結構な数にのぼった。元々交友関係は広い方だし、別れた元恋人たちともまだ仲が良いし。暇が出来ることの方が少なくて、充実した入院生活だった。多分、そのお見舞いに、サスケが来ていてくれたら、文句なんてなかったと思う。でもボクはそもそもサスケの事故のことも話さなかったし、サスケとはボクを通じて知り合った香燐と重吾にも伝えないように言っておいた。だから、サスケがお見舞いに来てくれることはありえなかったし、それはボクが仕組んだことでもあった。サスケにわざわざお見舞いに来てくれ、なんて言えなかった。格好悪くてしょうがない。入院してる、と言えばサスケはきっと来てくれると思ったけれど、変なプライドのせいで長く音信不通になってしまった。向こうから連絡があるかな、なんて少しだけ期待していたのだけれど、それもなくて傷ついたのはボクだけの秘密だ。

 今日、久しぶりに会ってみて、目を見たら分かってしまった。随分と見慣れた目をしている。誰かに恋をしている目だ。…なんて詩的なことを言ってみる。切なげにもれる吐息を聞いていれば頭に浮かぶのは恋煩い、という単語だけだった。だから鎌をかけてみた。無言の肯定はぐさりとボクの胸に刺さる。本当に、ずるいね。あの状況ですら、言えなかった。少し意地悪をしてやろうと思ってキスを仕掛けたら、なんていう偶然か、計ったかのようなタイミングで携帯が鳴る。今更続ける気にもならなかった。
電話に出たサスケの表情は多くを物語っていた。それが例の相手?、口にはしなかったけれど言いたかった。ボクって性格悪いな、なんて昔から知ってるけれど。送って、なんて言うサスケにもう一回意地悪なことを言ってみると困ったような顔をされた。サスケにも後ろめたい思いがあったのか、と思うと自分の行動がひどく幼稚に思えた。
それから、サスケを送って。好きな相手の恋を応援するボク、なんていう図が笑えてきて、半ば自棄になりながらスピードを上げた。もう好きにしたらいいよ、色々考えていた自分が馬鹿らしかった。
 バイクを降りたサスケが小さくありがとう、とつぶやいて少し笑うから、うっかりボクは口を滑らせてしまいそうになって歯を食いしばる。ここまで来たならこの気持ちは絶対口にしないと決めたのだ。好きだよ、の代わりに、いってらっしゃい、と笑って走り出した。


 事故なんて起こさなければ、せめてお見舞いに来てよ、と軽い気持ちで言えたなら、今こんな風に一人でバイクを走らせることもなかったのかと思うと重い溜息しかでない。自分がここまで臆病とは思いもしなかったよ、自嘲的に笑ってスピードを上げる。でも事故は起こさないように、今事故起こしたら本格的に死にそうだし。失恋した直後に事故死って笑い話にもならないよ、と笑った。
 あのとき、目を離さずにいたら、知らないやつにかっさらっていかれることもなかったかな。まあ、もう遅いんだけれど。対向車のライトが眩しくて、すんと鳴らした鼻の奥がつんと痛んだ。




サヨナラベイビー


110405




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