今日はやけに口数が少ないと思っていると、サスケは思った以上に何か思い悩んでいるような表情を浮かべていた。体調でも悪いのか、聞いてみればいいのだけれど、こういうときのサスケは構えば構うほどに機嫌を損ねてしまう上に、言いづらい理由だったときに流れるなんとも微妙な空気を無視出来るほどオレは経験を重ねた男でもない。よく思い出してみれば、一か月ほど前も、こんな風に思い悩んでいるような表情を浮かべていた気がする。そのときはただ腹痛と腰痛と気分の悪さに耐えかねて表情に出してしまっていたようだったけれど。
 さて、どうしたものか。とは言っても放置しておくわけにもいかない。窺うようにサスケの顔を覗いた。

「サスケ、どうした?」
「……腹いてえ」

 あと腰と頭、それから気持ち悪いし苛々する。そう言って唇を尖らせたサスケはソファーの端に掛けられていたブランケットを頭からかぶってしまった。ああ、やっぱりそうでしたか…。男には分かり得ないが、きっとつらいのだろう。隣に座って姿を隠してしまったサスケの頭と思われるところを撫でた。
 もぞもぞと顔を出したサスケは不安に駆られた表情をして、唇を噛んでいた。

「男に生まれたかった。……女になんか、生まれるもんじゃねえ」
「あー……毎月大変、だな……?」

 それだけじゃない、と首を振ったサスケは身体をこちらに預けてくる。ずるりとブランケットが落ちていく。首元に顔を寄せたサスケを引き寄せて、腕の中に招いた。
 この時期、サスケが少々情緒不安定になりやすいのは知っている。こんな風に、すっかり元気をなくした様子は知らないけれど。溜めこんだものを吐きだすだけでいくらか楽になるなら、喜んで捌け口になってやろう、とサスケの頭を優しく撫でてサスケの言葉を待った。

「……女じゃ、」

 抱きしめた身体はやはり柔らかく、サスケがいくら拒絶しようと男のものとは違い、紛れもない女の身体だった。肩に額を押し付けて、すんと鼻を鳴らしたサスケのくぐもった声は聞き取りづらかったがサスケの頭の方に耳を寄せて続きを待つ。ふ、と吐かれた息が震えていて、泣いているのだろうかと不安になる。普段から気丈な姿しか見せず、勝ち気な笑みを見慣れているこちらとしてはそのイレギュラーな事態にどきりとしてしまう。
 とはいえ。サスケがこのような状態に陥っていることそれ自体がイレギュラーなのだ。一応は恋人という枠に収まっているはずではあるが、こういう意味で弱みを見せる姿は、初めて目にする。たとえばベッドの中でだって、ここまでサスケが弱々しく見えたことはない。力なく身を寄せてくる様子に胸を締め付けられる。
 すう、と呼吸音が聞こえ、しんとした部屋の中でサスケの紡ぐであろう言葉に耳を澄ませた。

「女じゃ、お前の隣に立っていられない」

 対等でありたいのだと、サスケは言う。たしかに、男と女の体格差は、こと忍の世界においてはかなり重要な点ではある。筋力も、体力も、圧倒的に女という性は不利だ。今なおサスケが前線で戦い続けられるのは才能と、それ以上の努力あってのことで。男女の差が明確になった今、そしてこれからとなると、男は体力も筋力も女のそれとは比較出来ないくらいに伸びていく。追いつかないし、追いつけない。いつか、そう遠くない未来に、自分が同じ場所で戦えなくなることが恐ろしい、そう言ってまた鼻を鳴らした。

「足手まといは、いやだ」

 首を振って、サスケは押し付けた額を浮かせた。顔はそのまま俯いた状態で、その表情を窺い知ることは出来ないが、大方それは予想出来る。肩に濡れた感覚はないから泣いてこそいないが、今にも泣きそうな顔をしているに違いない。
 サスケが戦うことに、とりわけ強さにたいして特別な想いがあるということは分かる。里でもエリートとして知られる一族に生を受けた以上、強くあるのが当然であり、幼いころから男と変わらないような教育をされてきたのだから、女だからという理由で置いていかれてしまうことはサスケにとってひどく屈辱的なことなのだろう。ただでさえ、負けん気の強い女なのだ。
 それでも、そこまで強さに執着しなくてもいいだろうという思いもある。どうして手放しで女の幸せを享受出来ないのかと、オレが考えても無駄なことがぐるぐると頭を巡ることは頻繁にあった。戦うことがすべてではないのだと、何度言えば理解してくれるのだろうか。

「馬鹿。……超馬鹿」

 抱きしめる腕に力を入れる。細い腰はそのまま力を入れていけば折れてしまいそうに思う。胸に感じる柔らかさはオレには絶対ないもので、やはりどこまでいってもサスケは男にはなれないのだ。後頭部に指先を滑らせ、髪を梳く。この腕の中の存在が愛おしくて仕方がないのに、何も分かっちゃいない。
 オレの言葉が不満だったのか身じろぎをしたサスケの動きを無理矢理腕で抱いて押さえつける。馬鹿だ、本当に。

「女とか男とか……ごちゃごちゃ言ってんなよ」

 閉じ込めたままだったサスケの身体をがばっと放して、手のひらで包むようにその両頬に触れる。予想通り潤んで今にもこぼれてしまいそうな水分を溜めた瞳がゆらめいた。額と額を触れ合わせ、呼吸を感じるところまで近づく。綻ぶ口許もそのままに、柔らかくサスケの唇にキスを贈る。

「オレはうちはサスケっつー存在が、女ってこと含めてぜんぶ、丸ごと愛おしくてしょうがない。オレの隣にいるのは、お前以外ありえねーのに」

 任務とか、関係なく。守るとか守られるとかじゃない。置いていかれるのが怖いと泣いてしまうのなら、その歩幅に歩調を合わせて、離れてしまわないようにいつだってその手を引いていたっていい。サスケの存在がどれだけオレを強くしたかなんて、いくら言葉を尽くしたって完璧に伝わりはしないから、もう一度慈しむように唇を寄せる。この唇から一寸でもこの想いが伝われば、サスケの心は軽くなるだろうか。

「オレにとってサスケは何より大切な女なんだ。だから、お前も、その女のことを愛してやってくんねーか」

 親指で頬を撫で、近くで優しく微笑んだ。サスケの言葉から、胸の想いが痛いほどに伝わってくるからこそ、愛おしくて苦しい。いつだって隣に立っていたいのはオレだって同じなのだ。
 眉が下がり、いつもの勝気な表情は消え去ってしまったサスケが目を細め、行き先を探していた涙がこぼれ落ちる。頬を伝う涙を指で拭い、それでも足りないから目元にキスをした。くすぐったそうにまばたきをしたサスケはまだ乾かない頬もそのままに、同じように眉は下げたまま、それでもたしかに口許を緩めた。背中に腕が回ったのに気付いて両頬から手を離してまた抱きしめる。その身体はやはり柔らかくて、壊れないように強く抱いた。
 シカマルのくせに、と小さく、そして拗ねたような声音が耳元で聞こえ、そのすぐあとにふふ、と息をもらしサスケは抱きつく力を強めた。

「……すき」

 そんな、滅多に聞けないような、素直で可愛いセリフを言われてしまえば顔が熱くなるのを隠すためにサスケの頭を掻き抱くしかない。こんなことで、サスケの男に対する劣等感が消えてなくなってしまったとは思えないけれど、不安になってしまうのだったら何度だって愛してると言ったっていい。少し照れてしまうけれど、それくらいには溺れている自信がある。ふう、と深呼吸して、気を楽にする。一言、たった一言なのだ。あいしてる、心の中で言葉を並べて、オレは口を開いた。



聞いてよハニー
(お前じゃなきゃだめなんだ)


110222


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