シカ→サス
※性描写注意










 ベッドの軋む音と、荒い呼吸と、粘着質な水音が、静かな部屋に響く。中でもやけに耳に障るのは、普段からは考えられないような甘い声だった。
 肉体関係を持つようになってからどれくらい経つだろうか。最近のような気もするが、それにしてはやけに濃密な記憶が溢れ、以前の行為を想起するだけでも体温が上昇するのが分かる。今現在、それと同じ行為をしているのにも関わらず、それにすら欲情する自分の単純さに洩れそうになる苦笑をこらえ、腰を掴んでいた手を一瞬放し、抱き直す。少し体勢が変わってまた違う場所を擦られたことで、びくりと身体を揺らしてサスケが声を上げた。動きを止めることなく、腰を深くに穿てば、快感に喘ぐサスケの手がシーツをぐしゃぐしゃにしていった。
 どれだけこの身体を欲しがっていたか、自分に語りかける。何を投げ打ってでも、欲しいと思っていたのは紛れもない事実だった。けれど、そうじゃないだろう。本当に欲しいものはこれじゃなかったはずだ。オレが欲しかったのは、サスケ自身であって、身体では、ない。当然、サスケ自身に身体も含まれては、いる。サスケを手に入れるとはすなわち肉体関係も、持つということだった。ただ、今の状況では、決定的に足りないものがある。順番を間違えた身としては、それを手に入れるということはあまりにも絶望的だった。

 名前を呼ばれ、我に返る。不機嫌そうな声音に謝罪を述べて、疎かになっていた律動に専念する。この体勢ではサスケが一体どんな顔をしているかは分からないが、再び洩れた声には不機嫌の色はなく、悦楽のみが見えていた。腰を推し進めて、一番奥まで挿入して、ベッドに手をついた。上がる息を隠そうとするのは随分前にやめたことだった。背後で息を荒くして動きを止めたオレにサスケは緩慢な動きで顔をこちらに向けた。長い睫毛には涙の粒がいくつか乗って、赤く上気した頬がまた劣情を誘う。腰を高く突き上げた状態で、厭らしく唇を歪める様子に、羞恥はないのかと思うが、快楽に従順なサスケにとってみればその羞恥すら快感にしかならないんだろう。


「…、休憩か?」
「っ、少しくらい、休ませろっての……こちとら、動きっぱなし…なんだよ…」
「体力不足は否めねえなァ……」


 オレの言葉ににやりとして、唇の上を真っ赤な舌が這う。そんなんじゃ満足できねえ、呟きながら故意に締められたナカに思わず呻き声を上げた。愉しそうに笑うサスケをよがらせるために、休憩を求める身体に鞭打って奥深くからギリギリの浅いところまで引き抜いた。浅いところがいいのだと、前に言っていたのを忘れたわけじゃあない。満足そうに声を上げたサスケは再び顔を前に向けてしまう。惜しい、と思うも動くのを止めてしまえばまたサスケは不満の声を上げるだろうから、浅いところを執拗に責めた。


「…あァ……っとに…っは……イイなァ…あ、んっ」
「あ…?」


 喘ぎ交じりにこぼされた言葉を上手く聞き取ることが出来ず、無意識に身体を傾ける。不用意に深くなった繋がりに甘い声を上げたサスケは別に聞こえていなくとも構わないのか、言葉を繰り返そうとはしない。シーツに額を押しつけ、くぐもった声を上げながら、自分でも腰を振っている姿は実に淫猥だった。しかし、どうしても何を言ったのか聞きたくなって繋がりをさらに深くして、耳元へ唇を寄せる。


「は…なんだって…?」
「ん…イイっつってんだよ…おい、止まんな続けろ」


 気付かないうちにまた腰を止めていたことを咎められ、大人しく引き下がり、お詫びの代わりに弱いところを狙って腰を打ちつけた。やたら甘ったるい声を出して、ぐっとナカを締めるものだから危うくサスケより先に達してしまうところを、奥歯を噛んで耐えた。どちらしにろすでに数度中で熱を放っているのだが、とにかくサスケのぐずぐずに蕩けたナカは眩暈がするほどに悦いものだった。
 サスケが急に肘をついてその上体を起こした。どうしたのかと律動を止めると繋がったままに身体を反転させ、こちらに悦楽に蕩けた顔を見せた。殊更後ろから犯されるのを好むサスケにしては実に珍しいこともあるものだ。顔にかかる前髪を掻き上げ、熱に浮かされた吐息をもらしてちらりと視線をこちらに寄こす。吊り上げられた唇と挑発的な瞳に面白いほどに煽られる。より熱と硬さを増したことに気付かないサスケではない、ふふ、と満足げな笑いが響く。


「……たまんねえよ」


 ぞくりと背中に走る痺れに危うくそれだけで達してしまいそうになる。熱に浮かされ、掠れた甘い声は思っている以上に威力がある。腕を伸ばしたサスケがオレの首に手を回し、上体を起こす。また角度が変わってそれに喘ぎながらもサスケはオレとの距離を縮める。鼻先をぶつけそうなほどに近づくと、荒い息を直に感じてくらくらする。


「お前との方が、イイなァ」
「…そうかい」


 誰より、とは聞けなかった。サスケがオレ以外にも肉体関係を持っている男がいるのは知っている。もしかしたらオレの知っている奴かもしれない。考えただけで吐き気のする話だ。この男はオレのものなのだ、と吹聴して回りたいものだが、現実としてサスケの何ひとつも手に入れていないのだ。セックスの良さを褒められても、一向に気分は良くならなかった。
 熱い息が肌にかかり、ぞわりと粟立つ。ん、と軽くぶつかるように触れた唇に心臓が跳ねる。キスは、恋人のような気がして、出来ない。少なくともオレは、ただ唇と唇を触れ合わせるその行為にある種の神聖さを感じている。これは、心まで繋がってから、欲しい。
 サスケは、オレの内心など知るはずもなく、無遠慮に唇に噛みついてくる。ぬるりとした舌が唇をなぞるのを感じて、心の戸惑いとは裏腹にその熱い舌を招き入れてしまうのは紛れもなくオレだった。容易に絡む舌を吸い上げて、鼻から抜ける甘い声を聞きながらやんわりと甘噛みをした。上顎をゆっくりと舐めたあと出て行った舌は零れそうになった唾液を舐めて一度唇をなぞった。真っ赤な舌はまるで別の生き物のように思えた。


「たらねえか」


 何が、と低く問うと、囁くような声で、キス、とサスケが答えた。いらねえ、そう吐き捨てて身体を抱き寄せた。サスケの昂る熱が腹に触れ、その刺激に声が上がった。腰を掴んでさらに身体を寄せ、腹に力を込める。互いの腹筋に挟まれた熱からはどくどくと脈を感じる。がっちりと抱きしめたまま動きを止めたオレに焦れたのか少し自由のきく腰を浮かせた。うごいて、と甘えた声が耳元で聞こえる。ひくつくナカが、刺激が欲しいとうねる。
 ああ、ちくしょう。そんな痴態に、冷静でいられるほど出来た人間じゃない。腰を掴んで突き上げれば欲しがっていた快感にサスケが喘いだ。


「っん、あぁ…ァ、っ!」


 声にならない声で限界を訴えるサスケの脚がオレに周り、腰をぐっと引き寄せた。深くなった繋がりに喉元を晒して声を上げたサスケに昂る熱を抑えきるのが難しくなった。腰を掴んでいた手を放して指先をサスケの熱へと伸ばす。そっと触れたそこは焼けつくような熱を持っており、無意識のうちに熱い息が洩れる。先を指で軽く撫でるようにすればそこはびくりと震え、掠れた甘い声がこぼれた。腰を打ちつけ、それと同時に先を指の腹で強く刺激を与えた。


「…っは、ああぁっ…ん、っ」


 ぱたぱたと、サスケの腹に熱が落ち、ぐっとナカが締まる。乱れた髪の間から見える唇は愉快そうに吊り上げられており、そこが意図的に締められたことが分かる。翻弄されているとは分かっていても、十分に昂っていたそこに熱く蕩けたナカのその動きは耐えきれるものではなかった。小さく呻いて、そのままナカに熱を放った。満足そうな吐息が聞こえ、そちらに目をやると、おそらく快楽に蕩けきっているだろう瞳は閉じられていた。
 一瞬迷いはしたが、ふ、っと息を吐いてサスケを押しつぶさないように身体を横たえようと腰を引こうとした。しかし腰に回った脚がそれを許さない。やんわりとその脚を外し、腰を引くとそのわずかな刺激にも感じたらしいサスケが小さく喘いだ。疲れの隠せない身体をなんとか横たえ、今度は深く息を吸って、大きく息を吐いた。


「…まだ抜くなって」
「疲れたんだよ…寝かせろ」
「あーァ、ナカどろどろ。寝んならこれどうにかしてからにしろよ」
「ナカに出さなきゃ怒るくせに」


 そういって目を閉じた。どうにかしてやりたいものの、一度ベッドに沈めた身体を起こすことはひどく難しいことのように思えた。動く様子のないオレにサイテー、と文句を垂れたサスケの方にちらりと視線をやる。その瞳は厭らしく細められていて、本当に後処理をしないことに対して腹を立てている様子ではなかった。
 サスケの言葉に、どっちが、と呟こうと思ったが、やめた。最低なのはオレも変わらない。ちゃんとされたいなら他の男のところに行けばいいだろう、この言葉も、やめた。他の男のところに行かれてしまって困るのはオレだけなのだ。サスケは困らない。相手が一人減るだけで、代わりなんていくらでもいるのだ。この関係が無くなってしまえば、それこそオレはサスケとのわずかな関わりを捨てることになる。友人だけでは我慢ならなくなってしまったのはオレだ。好きだ、と告げられなかったのは、オレの弱さだ。今となっては、もうその言葉を口にすることなど出来るはずもない。口にしてしまえば、きっと終わってしまう。サスケが欲しがっているのは愛ではなく、目前の快楽なのだ。
 お前が欲しい、と言ったのは確かにオレの方だったけれど。そう言えばサスケが身体を差し出すだろうことは分かっていたけれど。もしかして、と希望的観測をしていたのは事実だったわけで。落胆する気持ちを抱えながら、隣で鼻歌交じりに身体を起こすサスケを見つめる。オレの心など知らないサスケはシャワーでも浴びるのか、足を床につけ、今にも立ち上がろうとしていた。その肩を引いて、無防備に晒された首筋に唇を寄せて強く吸い上げた。ちゅ、と場に合わない可愛らしい音を立てて離れたそこには赤い痕が残っており、ほんの少しだけ、してやった気分になった。
 黙ってそれを見ていたサスケはふっと笑ったあと何事もなかったように立ち上がる。どろりと太腿を伝う感覚など気にしていないのか、そのまま歩いてシャワー室に消えてしまった。オレは再び身体をベッドに沈め、汗ばむ身体に嫌気がさしたが、もやもやとした、苦々しい気分を打ち払うように、そのまま目を閉じた。




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