随分と昔からくすぶっているこの気持ちを、オレはいまだに捨てきれずにいる。具体的なきっかけが一体何だったのか、覚えてはいない。しかし、その才能に一目置いていたのは事実で、そしてその容姿が他と比べて優れているという認識は以前からあった。多分、クールでいけすかないあの男が、同じ班のナルトやサクラに対して、その怜悧な瞳を柔らかに細めて、普段引き結ばれている唇がゆるく弧を描いているのを見て、純粋にその表情を独占したいと思ったのだろう。その欲求が徐々に形を変えてゆき、恋愛感情になってしまっていたときには、すでに手遅れだったのだ。
 オレは、サスケが好きだ。
 想いを自覚してから、サスケと会う機会は幾度となくあったが、決して想いを匂わせるような行動は取っていないはずだ。気付かれてはならないと、強く思う。世に出してはいけない感情だ。日の目を見られるものではないのだ。少しでも不審な行動を取ってしまえば、勘のいいサスケは必ず気付くだろう。その手の感情に因る視線を幼い頃から浴びている男のことだ、それなりの成長をして、そろそろ恋愛に興味が向いてもいい年頃ともなれば周りが放っておくわけがない。女だけならまだしも、もしかしたら男からのそういう視線にすらさらされているかもしれないのだから、下心を持ったオレの視線に気づいてしまうかもしれない。サスケと会話するときには細心の注意を払った。何があったとしても動揺しないように、何があったとしても想いをもらすことのないように。オレはサスケのいい友人でありたいのだ。生涯を共にするような、そんな友人でありたいのだ。一時の愚かな感情に踊らされて、この繋がりが絶たれるのがひどく恐ろしいことのように思えた。この繋がりを守るためになら、この想いを一生押し殺すことになってもかまわないとすら思えてしまうのだから、自分の執着の強さに閉口してしまう。しかし、自身の感情のコントロールとは得てしてうまくいかないものだ。

 中忍試験の係をするのは、初めてではない。もう数度目かになるこの仕事に慣れたといえば慣れていた。けれど、最初のときも思ったことではあるが、思いの外というか、思った通りというか、とにかく実に忙しい仕事ではあった。慣れたとはいってもその忙しさ自体に慣れただけなのだ。
 しかし単純に自分の能力が認められるのは嬉しくもあり誇らしくもある。とくに出世欲があるわけでもなし、戦闘においてずば抜けた才能があるわけでもないオレとしては、中忍の職というのは肌になじむものだと思う。上忍になんてなってみろ、今よりもっと忙しくなるに決まってる。
 そう思って心に浮かべたのはサスケのことだった。半年ほど前に上忍に昇格したサスケはその才能を如何なく発揮している。それに伴い忙しさは輪をかけるようになったに違いない。実際、サスケがまだ中忍だったころには同じ任務に就いたり、たまに顔を合わせては無駄話に花を咲かせながら家に帰ったものだし、食事に行くこともままあることだった。しかし今では月に数度顔を見ることが出来ればいい方だった。もちろんサスケには任務がある、それも中忍のそれより長期になることが多い。里を離れているのだから会うことがないのは当然だ。顔を見るのはだいたいオレが五代目に火影室へ呼び出されたときで(重用されてるなんていい言葉で表わされるのは心外だ、あれはただのパシリにほかならない)、会話することなど叶わない。出来るのは、軽い挨拶のみだ。
 でも、顔を見るたびに、焦れる。
 多くを望める恋ではないことは分かっている。伝えるつもりは毛頭ない、むしろ伝わっては困るのだ。忍者の世界で男同士のあれこれが全くないわけではないが、性欲処理に準ずるような、そんな想いと一緒にはしたくない。もっともこの感情に性衝動が伴わないはずもなく、くすぶる想いに悶々としているのも事実だった。こんなやましい気持ちのままサスケに会ったら何を口走ってしまうか分からない。ぞっとする話ではあるが、もう随分と顔を合わせていない。サスケの声が聞きたい。名前を呼んでほしい。――触れたい、けれどこれは絶対に叶ってはいけない望みだ。オレに出来ることは、夢の中でサスケと出会うことが出来ますように、そんなささやかな願いを胸に眠ることだけだった。


 夢を見ている、という自覚のある夢だ。現実にはありえない。オレはまだ仕事をしていたはずだった。気付けば夢の世界へとたどり着いてしまっているのだから、ここのところの無理がたたってしまったのだろう。穏やかな時間が流れているような、心地好い空気に満たされる。ひたすらに気持ちのいい夢だ。これでサスケが隣にいたらいいのになあ、なんて思っていると、都合のいい夢はサスケの姿を創り出す。少し離れた場所に立っているサスケは何も言わずにただこちらを見つめているだけだ。夢だと分かっていても、手を伸ばすことが出来ない自分の弱さに先ほどまでの心地好さは消えてしまう。本物でなくてもこんなに欲しいと思ってしまうのか、一生伝えないまま隠すと決めたじゃないか、そう思いながらも名前を呼ぶことすら叶わない。情けねーなァ、と苦笑したところで、サスケが、オレの名前を呼んだ。いつもの声じゃない、まるで何かをねだるみたいな、熱っぽい声で。なんて夢だ。それだけでオレの心臓は情けないくらいに跳ねて、息も出来そうにない。ぎゅうと締めつけられた胸に目を閉じると、急に意識が浮上するのを感じた。
 薄く目を開くと、明るい光が飛び込んでくる。重い目蓋を無理矢理に開いてみると、視界の中にオレを覗きこむサスケの顔がある。なんだ、夢の続きじゃねーか。締めつけられたままの胸に耐えかねて、その頬に手を伸ばした。触れるくらいいいじゃないか、オレの夢なんだから。ほとんど自棄になっていた。指先に触れた肌は心地好くするりと滑り、手のひら全体で撫でると少し低い温度となめらかな感触が心臓を軋ませるほどの愛しさを連れてくる。頬の感触を知れば頬だけではなく、すべての肌に手を滑らせたいと思ってしまう。ぜんぶ、欲しいんだよ。なにひとつ手に入れることなんて出来ないけれど。

「……サスケ…」

 思わず掠れた、欲望が見え隠れするような、そんな声でやっと名前を呼んだ。サスケの瞳へ視線を持っていくと、驚きに見開かれていることに気付いた。心臓が止まる心地がした。さっと青ざめるのを感じながら反射的に手を引っ込めた。夢じゃなかった。これは現実だ。どうしよう。どうしたらいい。いや、きっとサスケはオレが寝ていたことは知っていたはずだ。他意なく、単純に寝ぼけたことにしてしまおう。大丈夫だ、なんとか、なる。

「…悪ィ、寝ぼけた」

 もうはっきりと、目は覚めてしまっていたが、まるで今現状把握したかのように装いながら目元を擦って見せる。嫌な汗が背中を流れていくのが分かる。どくどくと心臓の音が耳元で聞こえ、一秒がまるで永遠のように思われた。しかし、その答えは思っていた以上に早く、だろうな、なんて短い言葉が返ってきた。その声には苦笑が含まれているようにも思えた。静かに浮かべられた笑みに、オレは心底安堵した。サスケはおそらく何にも気付かなかった。仕方のないやつだ、そんな風に思ったのだろう。このまま寝顔をからかいにても来てくれれば、本当に安心出来るのだが、次にサスケはどんな言葉を発するのだろうかと息をつめて待っていると、サスケが壁にかかった時計を指差した。

「もうこんな時間だ」
「…おお」

 素直に時計の指す時間に驚き、声を上げた。いつの間にか下敷きにしていた書類を順番に並べるべく集め、ぺらぺらとめくっていく。最後に職場を出ることにしたのが間違いだったのだろう、誰かいればこんな夜更けになるまで眠りこけることもなかったはずだ。しかし、なんでまたサスケがここにいるんだろうか。長い間里を離れていたように思うが、やっと帰ってきたのならすぐさま家に戻りたいだろうに。
 上の方でふっと息をもらすのが聞こえて視線をそちらに向けた。

「それ、出してきてやるから帰る支度しとけよ。家で寝た方がいいだろ」
「…悪ィな、わざわざ」
「ほんとだよ」
「あーうん、まじで、」
「嘘だよ。たまたま通りかかったら、お前寝てるしよ。放っておくわけにもいかねえだろ」

 どんだけいい奴なんだよお前はよ、と思う。書類を渡して、すたすたと歩いていくサスケの姿を見送って、心から溜息を吐いた。
 期待なんてするつもりはない。けれど、その優しさはきりきりと胸を痛めつけてくる。たまたま、か。偶然とはかくも恐ろしいものなのか、と息をのむ。夢だからと高を括って下手なことを口走らなくてよかったと心の底から思った。
 項垂れて、視線を落として目に入ったのは自分の手だった。その手を見つめて、先ほど触れたサスケの感触を思い出す。女みたいに滑らかな(女の頬なんて撫でたことはないけれど)肌は離れがたい魔力のようなものを持っているように思えた。自分のした行為を思い出すだけで顔から火が出そうになり、頭を抱える。本当にサスケが今出て行ってくれてよかった。こんな顔は見せることは出来ない。ああ、でも早く支度しねーとサスケが戻ってくる。ばたばたと、そんなにない荷物をまとめて立ち上がる。いまだ高鳴る鼓動にげんなりしながらライトを消して、のろのろと部屋を出た。ガチャンと鍵をかけたところで戻ってきたサスケと出くわした。
 とくに、実のある話があるわけではなかった。しかし、話のネタには困らない。お互いに会わない間に色々とあったのだ、会話は途切れることなく続いた。ずっとこの時間が続けばいいのになァと思い、次第に歩調が遅くなるのが分かる。サスケは任務の疲れからか仕事場から出たときから心なしか歩調はゆったりとしていた。そんなことで嬉しいなんて単純だよなァ。ゆっくりと流れる時間だったが、それも止まることはない。
 別れ道に差し掛かり、自然と足の動きが鈍る。少し先を歩いていたサスケが歩みを緩めながら振り返った。月明かりと、ほんの少しの電灯に照らされたその顔は息をのむほど綺麗で、危うく溜息をこぼしてしまうところだった。

「起こしてくれてありがとな」

 動揺を隠すように感謝を述べた。それに対してサスケが、早く帰って寝ろよ、なんて子供に言い聞かせるように笑って言うものだから思わずオレも笑ってしまう。そうだな、いい夢が見られそうだよ。
 名残惜しいと思いつつも、サスケはその足を止めることはしない。オレなんてもうほとんど足が進んでないのに、と切ない気持ちに駆られる。じゃあな、と言葉を残して背を向けたサスケはそのまま進んでいく。ああ、と返すがオレはまだ歩きだす気にはなれなかった。その背中を見つめながら、ぐるぐると胸の内をめぐる想いに自然と言葉が零れ落ちた。

「…好きだ」

 ザァッと肌寒い風が強く吹き、幸運にもその言葉は掻き消された。零れ落ちた言葉に声を無くすほどに驚いてしまったオレはその場に立ちすくむ。まだサスケは、声が届くところにいるのだ。聞こえてしまったら、一体どうなるか、考えるだけで恐ろしかった。ざり、と砂を踏む音にはじかれるようにそちらを向くと、振り返ったサスケと目が合う。聞こえてしまったのか、オレはどうしたらいいのだろうか、頭は一向に働いてくれない。せめて何事もないような表情が出来れば、と懸命に普通に振る舞おうとしたがそれもぎこちなく終わってしまう。

「何か言ったか?」
「……いや、何も」
「そうか、おやすみ」
「ああ…おやすみ…」

 サスケの様子に、聞こえていたわけではないと分かる。座り込みたい衝動に駆られた。一体この短い時間で何度死ぬ思いをしただろうか。安堵で足がなかなか動かない。はあ、と大きく溜息をつくと、先にオレを救った風がまた強く吹いた。

「――レは、―カマルの――が本―――――」

 サスケが何かを言った気がしたが、それは言葉として認識することが出来なかった。サスケもそのまま歩いていってしまっている。きっと聞き間違いか、いたずらな風だ、でも助かったよ。やっと歩きだしながら、サスケに触れた手を見つめる。あの身体を抱きしめたら、どんなに心地好いだろうか、そんなことを考えてしまうのは一度触れてしまったからだろう。オレよりも少し低いあの体温をオレの手で上げたいなんて、浅ましいにもほどがある。てのひらを月明かりに照らして、それからそこに唇を押しつける。あの滑らかな肌に口づけを落とすことを想像しながらしたその行為に零れていった熱の籠った吐息は、静かな夜に紛れて消えていった。


キミに触れた感覚



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