初めて自分自身の気持ちを自覚したのは、下忍時代の合同任務のときだった。その気だるそうな瞳が、ほんの少し優しげに同じ班員の親友に向いている、その様子を目にして、心臓が妙にどくり、と跳ねた。その視線が偶然にも――ナルトがオレの後ろで何かをやらかして大声を上げたからだ――こちらに向き、オレを視界に捉えた瞬間、理解してしまった。
 オレは、シカマルが好きだ。
 きっとそれまでに、何か色々と蓄積はあったのだと思う。最初に出会ったときはおそらくアカデミーに入学したときで、言うまでもなくオレの記憶にはない。長いアカデミー生活ではあった、しかしその中でも取り立てて目立つ男ではなかった。もちろんナルトと同じような意味で目立っていたのかもしれないけれど、当時のオレは他人になど全く興味を持っていなかった。二人に加えチョウジとキバの4馬鹿でつるんでいたことはなんとなく覚えている、でもまあその程度の記憶だった。そこから下忍になって、色々あってシカマルだけ中忍になって。少し時間はかかってしまったけれど、オレも中忍になって、そして半年ほど前にオレは上忍になった。中忍だったときは同じ任務に赴くこともあった。そういうときほど、ポーカーフェイスが得意でよかったと心から思った。普通の会話なら、もちろんガチガチに意識はしてしまっているけれど、出来た。…と、思いたい。報告の帰りが一緒になれば家路を共にすることもあったし、二人で食事に行くことも数回と言わずにあった。多分、シカマルはオレのことをいい友人だと、思ってくれているのだろう。そうであって、欲しい。
 上忍になった今、任務は忙しいし、あまり好きではないデスクワークも増えた。きっとシカマルならもっと要領よくこなすんだろうな、なんて思いながらペンを走らせることも少なくない。オレ自身も忙しく、シカマル自身も中忍の中でかなり重要な地位にいるために、火影に重用されることも多くなり多忙な生活を強いられ、会って話すことは稀になった。顔自体は火影室に迎えば時折見かけることもあり、挨拶程度なら交わすこともあったけれど、所詮それだけだった。会って話がしたい。それだけでいい。それ以上の関係なんて望まないから、そんなことを考える程度には、オレは弱っていた。


 深夜、今朝の任務についての報告書を手に火影室を訪れた。連日徹夜だった五代目は、確か今日はもう休んでいるはずだ。一応ノックをして部屋に入るが、もちろん灯りもついておらず、部屋は無人だった。急ぐ報告でもない、デスクの上に報告書を置き、部屋をあとにする。オレも長くあたっていた任務がやっと今朝方終わったのだ。疲れはかなり出ているし、一刻も早くベッドに入って寝てしまいたかった。急ぐ足とは裏腹に、なぜか心にひっかかりを感じ、行き先を変えた。眠い、と思う一方で歩みは遅くなったりしないことに苦笑しながら、行き着いた部屋の扉を、音を立てないように慎重に開いた。
 気配を消して移動するのはもはや癖のようなものだから、気にする必要もない。天井の灯りは消えてしまっていたけれど、デスクに置かれたライトの灯りが室内をほのかに照らしている。デスクに伏せられた後ろ姿に胸が疼くのを感じながらそっと近づいた。やっぱりまだ仕事してたか、と心の中で呟いて静かに顔を覗きこむ。薄らと見える隈に連日の忙しさが窺える。
 一向に起きる気配の無さそうなシカマルに、小さく溜息をついた。こんな硬いデスクに突っ伏して寝るより、いっそ家に帰って寝てしまった方が疲れも取れていいだろうに。それも出来ないくらいに切羽詰まっているのか、周りに同僚がいないことを考えればきっとそんなことはない。
 ふとデスクの上に散らばった書類に目をやれば、もうあとは提出するだけ、といった様子だ。完成したところで気が抜けて寝てしまったのだろうか。むず痒くなるような思いがして、思わず少し硬そうな、縛られたままの髪に手を伸ばしてしまった。頭を撫でて、思っていたよりも柔らかかった髪の毛に少し笑ったところで我に返り、勢いよく手を引いた。シカマルには振動が伝わることはなかったようで、起きる様子はない。ほっと息をついてその寝顔を見つめた。
 そしてもう一度、今度は自分の意志で手を伸ばす。いつまでもここで寝ているわけにはいかないだろう、あまり時間はないにしても、一度ゆっくりベッドに入って寝た方がいいに決まってる、そう思い疲れの隠せないその肩に触れ、小さく揺すった。あまり大きい声を出されても起きたときに不快だろうから耳元で小さく名前を呼んだ。ただそれだけなのに熱っぽくなってしまった声音に舌打ちし、肩に触れていた手を離した。深く眠りに落ちているのか、それくらいでは身じろぎもしないシカマルの横顔を見つめていると、薄く開かれた唇に釘付けになってしまう。
 ああ、キスしてえな。そう思ったところで自分の浅ましい考えに吐き気を覚えて苛立ち紛れにシカマルの肩を強く揺さぶった。
 んん、と低い唸り声が聞こえて、閉じられていた目蓋がゆっくりと開けられる。重そうに二、三度まばたきをしたあと、ぼんやりとした瞳が覗いた。そんなことにすら胸を高鳴らせる自分に失笑しながら、声をかけようと口を開くが、声が音になることはなかった。シカマルの少しかさついた指先が頬を滑っていき、そのうえ寝起きだからだろうか、やたら熱い温度を持った手のひらがオレの頬を撫でたからだ。それも、まるで、恋人にするみたいに。

「……サスケ…」

 掠れた声に背筋がぞわりと粟立つのを感じ、再び自分の浅ましさを突き付けられて絶望した。
 きっと、この伸ばされた手には、なんの意味もない。ただ寝ぼけていたとか、そんな理由に決まっている。期待するな、傷つくだけだから。
 驚いたように目を見開いたオレの表情でやっと夢見心地から現実に戻ってきたのか、シカマルは慌てた様子で手を引っ込めた。そうして、ばつの悪そうな顔をすると、悪ィ寝ぼけた、とシカマルは目元を擦った。

「だろうな」

 つとめて冷静な声を出し、静かに笑った。こんなことで動揺してはいけない。決して、悟られてはいけない。今以上の関係を望むな。望めるはずもないんだから。一度強く目を閉じて、想い振り払うようにして目を開けた。
 もうこんな時間だ、と壁にかかった時計を指差して言う。おお、と少しばかり驚いたのかシカマルが声を上げて、下敷きにしていた書類を順番に並べ直す。その様子を見て、ふ、と息をもらした。

「それ、出してきてやるから帰る支度しとけよ。家で寝た方がいいだろ」
「…悪ィな、わざわざ」
「ほんとだよ」
「あーうん、まじで、」
「嘘だよ。たまたま通りかかったら、お前寝てるしよ。放っておくわけにもいかねえだろ」

 曖昧に笑ったあと、シカマルから報告書を受け取って、部屋を出た。
 よかった、多分、最初の驚きは伝わってしまったけれど、他の余計な感情は何も伝わらなかったはずだ。シカマルは、恋人をあんな風に撫でるのだろうか。まだ、どきどきしてる。なんて、気持ち悪いな、オレ。
 そう思いながら戻ってくると、支度を終えたシカマルが丁度部屋から出てきたところだった。とくに、話したいことがあったわけでもない。けれど、残業の理由だとか、話せる範囲での任務の話だとか、会わなかった期間が長かったこともあり、話題には事欠かなかった。しかし内容に実のある話などほとんどなく、その程度のつまらない話をしながら家路につく。オレにとってはこの時間は本当に大切で、いっそ時間が止まってしまえばいいのに、と思ってしまうほどなのだけれど、きっとシカマルは一刻も早く家に帰りたいだろう。それでも、足は自然と遅くなってしまう。シカマルが眠さからか、機敏に動かない身体でゆったりと歩くその歩調が、オレにはたまらなく嬉しかった。それでも、時間は止まらない。
 別れ道に差しかかり、さらに歩調を緩めてシカマルの方を向いた。仕事場から出て初めて合った目に、どくりと心臓が跳ねたが、顔には出さないようにつとめる。シカマルは少し笑って、起こしてくれてありがとな、と呟いた。

「早く帰って寝ろよ」

 子供に言い聞かせるように笑いながら言うと、同じようにシカマルも笑った。それだけで嬉しいなんて、本当にもう、自分の単純さに言葉もない。しかし、名残惜しいなんて絶対に態度に出すわけにはいかないから、歩みを止めることなく横道に入る。じゃあな、とだけ言って暗い夜道を進む。少し肌寒いくらいの風が急に強く吹いた。

「――――」

 シカマルが何か言った気がして、帰路で初めて足を止め、振り返った。少しだけ驚いたような、そんな不思議な表情をしたシカマルが視界に飛び込んできて、首をかしげる。

「何か言ったか?」
「……いや、何も」

 そうか、おやすみ。そう言ったオレに同じくおやすみと返したシカマルはそのままこちらに背を向ける。その姿を見てから進む方へ身体を向けて、歩きだす。ゆったりと、背にシカマルが遠ざかるのを感じながら進んでいく。強くなってきた風の中で、無意識のうちに唇が開いた。

「…オレは、シカマルのことが本当に………」

 たとえ無意識だとしても、口にすることが出来なかった続きの言葉は、零れ落ちていった言葉もろとも風に掻き消されていく。この気持ちもついでに消してくれれば楽なんだよ、泣きそうな気分になりながら唇に触れ、シカマルが触れていった頬に指を滑らせた。熱い手のひらの感触がいまだにはっきりと残っていて、体温が上がってしまうのが分かる。はしたないな、そう思っても、あの熱をもった腕に抱かれたいと思う自分の心を欺くことなんて出来なくて、大きい溜息とともに空を見上げた。半月といくつもの星が煌めいていて、掴めはしないと分かっていても、手を伸ばしてしまった。届くはずもない手が空気を掴んで、落ちる。ふふ、と零れ落ちた笑いは静かな夜に吸い込まれて、何も残すことなく消えていく。


キミが触れた感覚



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