修行の疲れからいつの間にか意識が途切れ、ふと気付くとそこは仄暗い大蛇丸の寝室であった。冷たく心地好い掌が頬を滑り、サスケは数度まばたきを繰り返した。冷たい指は十分な温度も持ったサスケの頬に触れても一向に温まる気配を見せない。


「起こしたかしら」
「…いや」


 掠れる声で答え、声がした方向に身体を向け大蛇丸を見上げる。しかし暗順応しきらない目では大蛇丸の表情を窺い知ることは出来ない。指先が頬を伝い耳を掠めていく。 再び睡魔に襲われたサスケは一度だけ強く目を閉じて重い目蓋を上げた。
 大蛇丸の元へ来てからもう二年経とうとしている。精神も肉体も十分な成長を遂げているはずである。未練も、ただひとつだけを残して、すべて絶ち切った。サスケにあるのはたったひとつ成し遂げねばならない野望それだけなのである。それでいい、と納得した上で必要ないものはすべて切り捨てた。なんの痛みもなかったと言えば嘘になる。むしろ、多大な痛みを伴った決別を経験したからこそ、もはや後に退くことなど出来はしない。たったひとつの理由のために生きると、決めたのである。
 だからこそ、本来このようなまどろみがあっていいはずがない。しかしながら、確かにこの時間を心地好いと思う自分がいるのも事実であって。


「まだ、寝ていてもいいわよ。…食事の時間には少し早いわ。時間になったら起こしてあげるから、もう少しおやすみ」


 ゆるゆると未だ頬を撫でる指に手を伸ばし、自身の指を絡める。指先だけでなく掌も腕も、すべて冷たい。つるつるとした肌の感触を加えると、さながら爬虫類のようである。絡めた指を口元へ引き寄せて唇を押しつける。冷たい指先がじわじわと熱を持っていく。大蛇丸のもう片方の手がサスケの頭を撫で、露わになった額に冷たい唇が触れる。


「どうしたの、サスケくん」


 ふふ、と大蛇丸が笑うのが聞こえる。指を組み変え、それでもまだ温まりきらない指先にきゅうと力を込める。これだけ近くにいても、この小さな熱すら、伝わらない。目的の通過点のひとつであるといっても、仮にも大蛇丸はサスケの師である。情など生まれない、なんて言いきれるはずがなかった。切ったそばから繋がっていく、まったく厄介なものだ、とサスケは思う。それでも生まれてしまったものはしょうがない。少なくとも、今だけは。


「……つめたいな」
「あら、ごめんなさいね」
「いや、そうじゃなくて…つめたくて気持ちいい」


 そう、と呟いた大蛇丸の唇がサスケの唇に押し当てられる。相変わらず、やはり唇も冷たい。本当に血が通っているのか疑いたくなるような温度にサスケは舌を這わせた。触れた舌はその温度差にじりじりと焼けつくような熱を持つ。サスケからじわじわと熱は奪われていくが、大蛇丸に温度がとどまることはない。


「サスケくんは熱いわ」


 熱を感じることは出来るのか、と思いながらその死人のような唇に触れる。感触はサスケと変わらない。腕を伸ばし、首を引き寄せ、触れた皮膚はどこもかしこもひんやりと冷たい。


「おかしな、話ね」


 さもおかしげに大蛇丸が笑う。まったくだとサスケも笑う。ありえない。あるはずがない。この温もりも、この触れ合いも、本来あってはならないものである。ここになくてはならないのは殺伐とした空気のはずであった。互いに利用し合う関係のはずなのに、一体この甘いまどろみはどうしたことであろうか。


「大蛇丸、」


 未だ掠れる声で、半ば請うように名前を呼んだ。冷たい腕の中は不思議とひどく落ち着いた。馴れ合いも傷の舐め合いも、相応しくないように思う。サスケと大蛇丸は、師弟と表現するにはあまりに近く、恋人と表現するには決定的に愛が欠如していた。友人でもないし、まして家族でもない。ぴったりと2人の関係を表現する言葉などなかった。
きっと、大蛇丸は可哀相な人であるのだ、とサスケは結論づける。大蛇丸の狂気の隙間から時折感じられる儚さには胸を痛めつけられる。だから、つい手を伸ばしてしまうのだろう、と。


「オレは、いつか―――」


 消え入るように小さくなった声に重なるように、すう、と小さな呼吸音がサスケの耳に届く。サスケと同じように横になった大蛇丸はすっかりと夢の世界へ誘われてしまったようであった。先のサスケの言葉が、大蛇丸の耳に届いたか否は、サスケには分からない。寂しいような、安堵するような、複雑な心持ちに苛まれたサスケは眉間にしわを寄せたが、穏やかに寝息を立てはじめた大蛇丸の寝顔を眺め、ふう、と息をついた。


「……おやすみ、大蛇丸」


 復活した眠気に目蓋を下し、大蛇丸の寝息を聞きながら大きく深呼吸をする。ちりちりと焼けつくような焦燥感がサスケを苛み続けているが、今はとても穏やかな気持ちに満たされている。近い将来に、おそらく自らの手で壊すことになるであろうこの優しいまどろみに、らしくもなく声を上げて泣きたくなった。




まるで白昼夢
(オレはいつか、アンタを殺すけれど、今だけは………)




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個人的にオロサスは肉体関係まではない方がいいなあと思う今日この頃。
愛してるわけじゃないけど、お互いきっとさみしいから、短い期間だけ寄り添うような微妙な関係に滾ります。
カブト? ああ、いますよないがしろにしがちですけど、わたしカブト大好きですよカブト、書けないけど。


101101


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