世間は今チョコレート会社の企みによりバレンタインデーとかいう不愉快極まりないイベントに躍らされている。実に不愉快だ。どこもかしこも甘ったるい匂いが充満している。それどころか青春らしく華も恥じらう乙女がざわめき、愚かな男どもが浮足立っている。バレンタインデー?なんだそれは。誰だそんな、女から好きな男にチョコレートを贈るなんていう、恐ろしいイベントを発案した奴は。ひとつだけ言わせてくれ。…死ね!ふざけるのも大概にしろ!モテない男の僻みだ?まさか!オレは何を隠そう、嫌いなのだ。甘いものが、何よりも。匂いですら、拒否反応を示すほどに。


 それほど苦手な甘いものを、顔も名前も知らない女から貰って、どうすればいいんだ。無下に捨ててしまえるほど人間終わってないが消費することは不可能なわけで、毎年、このバレンタインデーには、頭を悩ませている。もちろん答えなど出るはずもなく。潜みながら考え得る最も人通りの少ない道を早足に進む。自宅にいるのは反って危険だと学んだのは一昨年のことだ。他人の気配を読んで、なんとか今まで逃げおおせているが、いつ女共に見つかるとも知れない。ああ、と悩ましげに額に手を当て、壁に肩を預けた。美しく生まれたことが罪なのか。なんて、…キャラじゃねえ…。いい加減疲れた。

「サスケくんっ!」

 と、小さな声が聞こえ同時に肩を叩かれる。一瞬背筋が凍るが直ぐにその人物が誰か理解し、息をつきながら振り返った。にこりと快活に笑って立つサクラからも、やはり甘い香りがした。きっと朝方までチョコレート作りにいそしんでいたのだろう。

「忙しそうね」
「…全くだ。あまり驚かせるな…血の気が引いただろうが」
「それはごめんなさい。これ、バレンタインデーのチョコレート。サスケくんにも食べられるように甘さはかなり控えめにしといたから。それとガムもあげる。これでちょっとずつでも食べられるでしょ?」
「ああ…ありがとう…」

 ふふ、と可憐に微笑むサクラだが、オレには渡さないという選択肢はないのだろうか。まあ一応、有り難く頂戴することにはするが、来年の配慮が期待される。何かを渡すにしても、甘さ控えめとかではなく、何かもの的な…。

「ホワイトデー楽しみにしてるからね?」

 そっちかよ。三倍返しが基本のアレか。お返し目当てかこのやろう。この間までオレに好意を持っていたというのになんという転身の早さ。これは来年もチョコレートを受け取ることになりそうだ。もういっそ違うものにしてくれと言うべきなのかもしれない。

「あとこれとこれ、ヒナタといのからね。ちゃんと渡したわよ?」
「あー、覚えておく。多分」
「多分?」
「必ず」

 うん、と頷いてサクラは手を振って去っていった。これから本命チョコレートでも捧げにいくのかやや緊張した足取りが伺える。

「あ!サスケくーん!サスケくんは渡さないのー?」

 何をだ何を!そして、誰に!ていうかでかい声でオレを呼ぶな!オレからの答えは最初から期待していないようで、楽しげに笑ってサクラは走って行った。サクラが名前を呼んだおかげで場所がばれたかもしれないと、オレは急いでその場を離れた。向かう先は、シカマル宅。オレと親しくない女共は、よもやオレがシカマル宅へ逃げ込むなど思わないだろう。秘めた関係というと気色悪いが事実なわけで、先程のサクラの揶揄もそれを踏まえたものだ。つまり、オレからシカマルにチョコレートを渡さないのか、という。バレンタインデーは、女から男に、というのが基本だと思っている。すなわち男のオレはそれに当て嵌まらない。男から男にチョコレートって。それなら別にシカマルからオレにでもいいではないか。しかしそれよりも、今更、バレンタインにチョコレートって、気恥ずかしさで死ねそうだ。よってオレは何もしない。小さく呟きながら道を急ぐ。ふと、自動販売機が目に入り、しばし思考に耽る。少し悩みつつ、少ない手持ちの小銭で一本買うことにした。


 誰にも見つかることなく無事シカマル宅に到着。内心ほっとしつつシカマルを呼んだ。

「どちらさまーっと、サスケじゃねえか。取り敢えず入れよ、外じゃまずいんだろ?」
「ああ、出来れば早く」
「つか、ここに来るまでに捕まったのかよ」
「サクラにな」

 ああ、と納得しつつシカマルはオレを招き入れた。家にはシカマルしかいないらしく、物音ひとつ聞こえない。

「まあゆっくりしてけよ」
「そのつもりだ。…あー、これ、土産だ」

 乱暴に手に持っていたココアをシカマルに投げ付ける。驚いたようだがシカマルはそれを上手く受け止めて、見つめた。

「なんでココア…?」
「気分だ気分」

 なんて、躍らされているみたいで気に食わないが、バレンタインデーのそれだ。だって、チョコレートとココアの原料は同じだろう。チョコレートを買って渡すなんてそんな気恥ずかしい真似出来はしない。オレなりの譲歩の結果、ココア。シカマルの顔なんて、見れるはずがない。どうか気付いてくれるな、なんておそらく無理な話だ。

「サスケ」
「…んだよ」
「お前可愛いなあ」
「…ッな、あ?!」

 驚いて見たシカマルの顔は甘い笑顔で、ああここまで甘ったるい。抱き締められて感じるシカマルの匂いは甘いはずもないのに、鼻を心地好くくすぐる。重ねた唇は信じられないほどに甘く、絡んだ舌は蕩けるほど熱くて。



甘いのはお前だけでいい
(いっそ、このまま熔け切って、ひとつになってくれ)(甘さで酔ってるんじゃない、お前に酔わされてる)


 

100804改編



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