キスにまつわる5つの:サンプル





水月の場合

 崩れかけた廃墟の中でぱちゃんと水を跳ねる音が響いた。微睡みの中にいた香燐はその音の方向へと顔を向けた。大きな水槽の容器を満たすように入った水は僅かに光を受け、きらきらと反射させながら揺らめいていた。離れた所に腰を落としてじっとしていた重吾もその音が気になったのか小さくなった身体を伸ばして水槽へと視線を送った。
 ぱちゃん。
 再び小さく音がする。数秒の間をおいて、水槽の中に人影が現れた。上半身だけを現した水月は部屋の中の二人を見つけて微かに目を細めた。
「サスケは?」
 水月は開口一番、部屋内に見当たらない人物の名前を出した。
「奥にいる。……今頃眠っているんじゃないか」
「そう」
 水月の問いに答えた重吾は立ち上がって水槽の近くまで歩み寄った。上の方で容器内をたゆたう水月を見上げた重吾は小首を傾げた。
「身体の調子はどうだ?」
「良いとは言えないけど。まだ当分はこの中にいたい気分」
「ハッ! いっそ一生その中にたらどうだ? サスケにはウチがついてるからな」
 遠くから会話に割り込んできた香燐に水月はじとりとした視線を浴びせる。一方で香燐はツンと顔を反らして真逆の方向を見ていた。
「ああ香燐、君いたの? 気付かなかったなあ」
「あン?」
 水月の挑発に香燐はぐるりと首をこちらに回した。眼鏡を薄明かりが反射している。重吾は二人のやりとりを見て胸の内で溜息をついた。


 八尾との戦いで四人が負った傷は浅いものではなかった。それもしばらくの休養である程度までの回復は見せていたが、水月も水槽から出るに至らないし、サスケの体力も完全には戻っていない。動き出すには、まだ早い。
 香燐はこの廃墟に戻ってからのサスケの様子を思い、唇を噛んだ。サスケ本人こそ何も言わないが、明らかに視力が落ちている。なんとか食料を得て少しでも回復に繋がるようにと食事を用意した時、サスケは眉を寄せ、目を細めた。それは以前と微々たる差しかなかったが、暇さえあればサスケのことを観察していた香燐には手に取るように分かった。そして恐らく、水月や重吾も気付いている。
「なあ、サスケの目……」
 しばし逡巡した後、香燐は二人を窺うように口を開いた。二人は香燐に目をやり、水月はなんでもないように顔を背け、重吾は香燐を見ながら軽く頷いた。
「やっぱ前より視力落ちてる……よな。大丈夫なのか?」
「さあね」
「さあねって水月てめー心配じゃねェのかよ!」
「へェ。君、心配なんだ?」
「ばっ、違、これはその、あれだ、足手まといになったらとかそういうのだこのヤロー!」
 からかうような口調に香燐は慌てて言葉を続けた。言葉を重ねれば重ねるほど深みにはまっていく気がするが、止まればそこで終わってしまう気がする。
「確かにサスケの視力は落ちているだろう」
ごにょごにょと香燐が弁解を続けていると、重吾が言葉を発した。軽薄な表情を浮かべていた水月も重吾の方へ視線だけ向けた。
「だが、それについてサスケが何も言わないんだ。オレたちが触れるべきじゃない」
「そうは言っても、これからまた戦闘になったりするんだ。何も知らなきゃフォローのしようがない!」
 突き放すような言葉に香燐は食ってかかる。互いの命を掛ける場面で、仲間内の情報を知らないでは話にならない。何より、サスケに死んでもらっては困る。香燐は水月の方を向いて、視線で訴えた。
「香燐がどう思ってるのか知らないし興味もないけどさ、ボクたちは確かに仲間ではあるけど、仲良しこよしのオトモダチじゃないだろ」
 すいと水槽の中を泳いだ水月は身体を翻して二人に背を向けた。
 鷹はあくまでサスケが目的を果たす為に集められたにすぎない。それも、互いの利益が一致しているから。重吾や香燐がどういう意思でサスケと共にいるのか全く知らないわけではないが、少なくとも水月は自分の目的を果たすのに都合がいいから行動を共にしている。もっとも、それが建前になりつつあることは水月自身自覚しているところだった。
 重吾は水月の言葉を否定こそしなかったが、同意することもなかった。その隣で、香燐は歯噛みしながら水槽を叩いた。
「そうかもしれねーけど!」
「引くべき一線はあるはずだよ。サスケがどう考えてるかまでは分からないけどね」
 香燐はまだ何か言いたげな視線を水月に向けたが、水月はそれを無視して身体を液状化させた。まだまだ、身体の完全回復は遠い。





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