他の誰かでは駄目だったのかと考えてみると、案外そうでもなかったような気がしたけれど、今になってみてはもはやシカマル以外を考えることはできないと思える程度には溺れていた。最初こそ小奇麗にまとまった、ともすれば潔癖のように思える姿勢を崩してみたいと戯れに手を出してみただけだったというのに。雄臭さや生々しい欲望を浮かべる表情が見てみたかっただけなのに。思いの外、それを手に入れることが難しかったから。ついその気になってしまったのがいけなかった。
 ある時は資料探しをしているシカマルの元へ出向いて、彼のパーソナルスペースへ踏み込んでみたり。ふら付いた振りをしてぶつかってみたり。姿を見れば近づいて、肩に触れたり、ついと裾を引っ張ってみたり。この数年で少しだけできてしまった身長差を利用して、やんわりと上目遣いに見やったり。わざとらしく唇に指を伸ばして、視線を集めようと試みたり。
 まるで意中の異性を手に入れようと四苦八苦する女子のようなアプローチを、数ヶ月にわたってシカマルに仕掛け続けた。これで揺らがない男がいるだろうか。自分の容姿についてはそれなりに自信を持っているサスケのことである。今まで仕掛けた相手で落ちなかった者などいない。女にしろ、男にしろ。どちらであっても自らの美貌を持ってすれば手に入らないものなどそうあるまいと自負していた。この性格がその後の関係継続の枷となっていることはサスケ自身重々承知していることだけれど、目下のところシカマルを落とすことに重点を置いているサスケにとって性格云々は頭の片隅にもなかった。そもそも、この高飛車な性格を改善しようとするつもりもないサスケだった。


 そして色々とシカマルにアプローチをし続けて、当初の目的であった男としての生々しい欲に駆られた姿を見るための決定打としての作戦を今夜決行しようとサスケは考えていた。それは実にありきたりな作戦ではある。任務などの戦いにおいては優れた判断力を有するサスケではあったけれど、この点においてはサスケはあまり深く物を考えない方だった。もっとも作戦が何であれ、サスケの顔で迫れば大概のことは上手く回ってしまうもので、それがこのチープなシナリオを思いつかせた原因でもあった。
 作戦は明快、二人で飲みに行って、酔った振りをして軽く迫る、ただそれだけのことである。既に食事の誘いをすればふたつ返事で了承されるほどに親しい間柄になっている。今まで飲みに行った時には、この時のために多量の飲酒は避けてきた。シカマルはかなり酒に強い。サスケも弱いわけではないけれど、シカマルに比べれば劣る。ハイペースなシカマルに合わせるように飲んで、前後不覚になる前に止める。が、完全に酔った振りをする。これで問題ない。そう思ってふふ、と人の悪い笑みをサスケがもらしたのは数時間前のことだった。
 シカマルのペースに合わせて酒を注文して、次々にグラスを空けていった。今日は随分飲むな、なんて言葉を受け流しながらアルコールで喉を焼いて、いい具合に酔いが回った辺りから少しずつペースを落とした。シカマルは相変わらずのペースで日本酒に口をつけている。飲み始めが少し遅かったこともあって、時計を見ればすでに日付は変わっていた。いい頃合いだ。シカマルが日本酒を飲み終えたのを頬杖を付きながら見つめていたサスケはほう、と熱い溜息をついた。シカマルが片眉を上げてサスケに視線を向けた。

「大分酔ってんじゃねーか? やけに飲んでたしよ」
「あン? 酔ってねえ、よ」
「顔真っ赤で酔ってねーって言っても説得力の欠片もねェな」

 ハハ、と笑ったシカマルも幾分か酔いが回っているのか普段にも増して楽しそうな表情を浮かべている。キリもいいし引き上げるか、というシカマルの提案に頷いて、重い腰を上げた。シカマルが隣にいることを確認してからふらりと身体を揺らすと、シカマルがサスケの腕を掴んで、呆れたような溜息をついた。

「ふらふらじゃねェか馬鹿。飲み過ぎだよ」

 呆れながらも、そこに慈しみを感じるような手つきでシカマルに抱き寄せられ、不覚にも胸をときめかせた。肩を抱かれたまま、シカマルが会計を済ませるのをじっと待って、その間ずっと黙ってシカマルの体温を感じていた。
 ただの興味本位だったのに、いつの間にシカマル自身を欲するようになったのか、自嘲の溜息がこぼれそうになるのを押さえていると、シカマルに歩くことを促されてやっと店の外に出た。シカマルにしな垂れかかっていると、頬をぺちぺちと叩かれる。さも眠そうにぼんやりとシカマルを見上げると、少し困った瞳と出会った。

「このまま一人で……って無理だよな。送るけど、歩けるか?」
「ん〜……ん。あるける」

 わざと舌っ足らずな響きを持たせて返事をすると、シカマルの瞳がゆらりと揺れた。あと一押しだ、思わず湧き上がる笑みを我慢することができず、ふにゃりとしたサスケの笑顔がシカマルの瞳に反射していた。


 シカマルに半ば引きずられるようにしてサスケは自宅へと辿り着いた。本当は自分一人で歩けたけれど、泥酔状態を演じるためにもこれは効果的だった。シカマルの手がなんとか探り当てた自宅の鍵を掴んでそれを鍵穴に差し込むと、ガチャリと鍵が開く音がした。少々乱雑に靴を脱ぎ捨ててシカマルに掴まったままリビングへと向かった。ソファーに座るように促され、腰を落ち着けるが早いかそこへ横になる。シカマルの手が顔へ伸び、表情を隠していた前髪を払われた。

「飲み物持ってきてやるよ。水でいいか?」
「……酒がいい」

 ばーか、と軽いデコピンを喰らってしまった。そうは言いながらもシカマルの顔には笑みが浮かんでおり、機嫌が悪くないことは分かる。それから、まったくその気がないわけではなく、少なからずサスケの行動に対して揺らいでいることも、分かる。あと一押しだ。小さく冷蔵庫が閉まる音を聞きながら、サスケはぼんやりとした頭で思った。
 ン、とグラスに注がれた水を差し出されて、サスケは気だるい身体を起こしてそれを受け取った。口をつけてグラスを傾けると冷たい水が少し火照った身体を冷やしていくようだった。飲み切れなかった水が口端から流れ落ちていく。シカマルの目がその滴を追ったのを確認して、グラスをテーブルに置いた。

「悪ィんだけど、ベッドまで連れてってくれるか?」

 あざとく首を傾げて、シカマルの腕を掴んだ。またシカマルの目が揺らぐ。そのあと取りなすように肩を竦めたシカマルは、サスケの身体を抱えて寝室へ向かった。
 ベッドまで辿り着くとサスケはそこへなだれ込むように身体を沈めた。思った以上にアルコールが回ってしまったらしい。しかしこれ幸いとサスケは最後の一押しをシカマルに仕掛けることにした。

「あ、っつい……」

 上に着ていたシャツを脱ぎ捨てて肌を露出し、下の方も軽く前を寛げて、熱い溜息をついた。顔にかかる前髪を掻き上げて、目一杯潤ませた瞳でシカマルを見上げた。

「シカマル……」

 掠れた声で名前を呼ぶと、シカマルが息を詰めたのが分かった。立ち尽くしているシカマルの腕にするりと手を絡めて軽く引く。ベッドに片手をついたシカマルは理性と本能の狭間で揺れているようだった。

「酔ってんだろ、サスケ」
「……どうだか?」

 眉を寄せたシカマルの手に唇を寄せて横目に見上げると、シカマルは視線を反らして大きく舌を打った。それとほぼ同時に手首を掴まれベッドに縫い付けられる。腰のあたりを両側からシカマルに押さえつけられ身動きを封じられた。

「サスケが悪ィんだからな」

 恨みがましい声音でシカマルの言葉が耳に吹き込まれる。ぞわりと背中を走った痺れに腰が戦慄いた。シカマルの表情を窺い知ろうとした時に噛みつくようにして唇を奪われ、熱い舌が口内を蹂躙した。荒くなる呼吸の中、目に映ったシカマルの顔は今までに見たどの表情よりも雄を感じさせ、その欲が自らに向いていることを実感するだけで歓喜に震えた。
 当初の持っていた興味から感情の名前が変わったことに気付かない振りをしてきたけれど、これは認めざるを得ない。溢れんばかりの悦楽は愛おしさあってこそのものである。抱き締めたい、そう思ってシカマルの拘束が緩んだ隙を見計らって手をシカマルの背中に回した。



alcotrick




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