とっぷりと日も暮れて、そろそろ床につこうかという時間。香燐から勝ち取ったサスケと同室の権利を満喫する間もなく、サスケは布団の中へ入ってしまった。明日も早いことは分かっている。朝起きればすぐに発たなくてはならない。修行もそこそこに、行かなければならないところがあるのだ。サスケの頭には、たったひとつの目的しかない。
 ごろんと横になった水月は、片手で頭を支えるようにしてサスケの方を見つめた。背中を向けているサスケが本当に寝ているのかどうかは分からない。

「ねえサスケ、もう寝た?」

 返事はない。
 けれどサスケの周りの空気感がわずかにだが変わった。起きてはいるらしい。そのままサスケの返事を待つが、どうやら会話をする気はないようだった。まさか水月が気付かないと思っているわけでもないから、暗に話しかけるなと言っているのだろう。そこで大人しく眠る水月ではないことは分かり切っているだろうに。

「少しそっちに行ってもいいかな」

 許可など得なくても行くつもりではあったけれど、一応口にした。寝返りをうったサスケが心底迷惑そうな表情で水月にじとりとした視線を浴びせた。予想通り許可の言葉はない。しかし、同時に拒否の言葉もない。沈黙は肯定だと理解してそっと布団から抜け出した。
 サスケの迷惑そうな表情だって、それがポーズにすぎないことは水月も香燐も重吾も知っていることだった。ただ、サスケがそう思わせたいのなら騙された振りをしようと思う。それは恐らくサスケ自身が設けたボーダーラインだから。ここまで近づいても、最後の一歩、踏み込むことができない。少しでも手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づいて、サスケを見下ろした。

「眠れないのか?」

 億劫そうに口を開いたサスケの声はほんの少しだけ掠れていた。案外、最初に声をかけた時にはうつらうつらと眠りかけていたのかもしれない。
 首を振って、サスケに答える。眠ろうと思えばすぐに眠りに落ちる程度には疲労はある。そうしないのはもう少しサスケと時間を共にしたいから。
 サスケの顔のすぐそばに手をつく。ぐっと顔を近づけて、サスケの顔を覗き込んだ。少しだけ疲労の見える表情は、早く眠ってしまいたいと言外に訴えていた。半日ほど前には深い赤色をしていた瞳も、今はただ黒い。窓から差し込む月明かりで青白く照らされた肌を視線でなぞって、また瞳をじっと見つめた。
 その瞳の中に、水月が反射している。映っている。しかし、それは今目の前に水月がいるからに過ぎない。ただの反射だった。この瞳が見ているのは、水月では、ない。
 勝てないと、思う。
 出会ってから今まで、時間が足りないとは言わない。たしかに出会いは遅かったかもしれないけれど、時間は問題ではない。
 サスケが好きだ。でも、その想いの強さに自信がない。何を犠牲にしてもサスケに生きて欲しいとまでは思えなかった。水月には野望がある。それを叶えるためにサスケと行動を共にしているのであって、その野望をサスケのために捨てられるかどうかはその具体的状況下にならなくては分からない。それに。サスケのために死のうと思うことは、できなかった。

「でも、キミが死ぬ時一緒に死ぬくらいなら、いいかなあ」
「……何の話だ」
「こっちの話」

 冷たそうなサスケの頬に指を伸ばした。触れた肌は予想に反して温かい。人差し指で撫でたあと、鼻が触れる距離まで顔を近づけた。黒の瞳を真っ直ぐに見つめて、口を開く。

「キスしてもいい?」

 返事はない。サスケはまばたきひとつせず、何も言わず、水月を見上げた。沈黙は肯定として受け取る。鼻先をこつん、とぶつけてから、唇に触れた。頬と同じように、温かい。触れるだけ、その柔らかさを堪能するだけに留めて唇を離す。その間ずっと交わされたままだった視線に苦笑がもれた。
 キスまでさせるくせに、最後の一歩を踏み込ませない。何度か交わしたキスも、一度だってサスケが目を閉じたことはなかった。その瞳はまるで、映っているのはお前ではないと思い知らせるようで、毎回水月の胸に苦みを落とすのだった。

 死人に勝てるわけがない。
 口にしたことはない。それを口にしてしまえばサスケはきっと全力で水月を拒絶するようになる。この付かず離れずの距離が、サスケの最大限の譲歩だと頭では理解している。それでも、と思ってしまう浅ましい欲望に乾いた笑いがこぼれていった。
 好き、と言えばもう少し距離が変わるだろうか。一度口にしてしまえば想いが溢れて止まらなくなる気がして封印した言葉だった。決して手に入らないだろうから、言うのは止めた。サスケも望んでいないはずだ。言葉にすることはどちらのためにもならない。なんて、改めて口にして、拒絶されることを怖がった自身を正当化する術ばかり身についてしまった気がした。

「サスケ。……サスケ、」

 キミが好きだ。
 きっと、これを口にできるのはサスケが死ぬ時。もしくは自分が死ぬ時。どうにもならない障害で二人の関係が絶たれる時。だから、今じゃない。そして、たとえ言ったとしても、何も変わらない。



叶わない恋をしている



111127


 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -