もう日付が変わろうかという時間。サスケはイタチの帰りをまだかまだかと首を長くして待っていた。イタチから今日も遅くなるとメールが来たのは昼さがりにサスケがベッドから起き上がったときだった。
 がちゃり、と玄関の方から鍵を開ける音がする。イタチの帰宅したことに気付いて、弾かれたように立ち上がったサスケは、急いでリビングを飛び出し嬉しそうな顔をして玄関へ走った。そのまま勢いを殺すことなく、サスケがイタチに飛びつく。小さな頃ならまだしも、サスケも身体は十分に大きくなっているから衝撃は小さくない。バランスを崩さないようにサスケを抱えたイタチは自分の胸に顔を押し付けてくるサスケの頭を撫でた。

「兄さんおかえりっ!」
「ああ……ただいま」

 サスケを抱き留めたままイタチは靴を脱いだ。そのままイタチに抱き締められていたかったサスケは少し不満気にイタチの顔を見上げる。少し疲れたような笑顔が見えてサスケは無理をさせてはいけないと思いそっと身体を離した。

「何か食べてきた? 一応飯作ったけど……」
「ああ……あとで食べるよ。先に風呂に入ってくる」

 ぽんぽんとイタチがサスケの頭を撫でた。そのまま歩いて行ってしまうイタチの後ろをぴったりとついて歩いて行くと、前を歩くイタチが少し笑った気がした。
テーブルに鞄を置いたイタチはネクタイを緩めてYシャツのボタンを外した。ちょっとしたそんな仕草が色っぽく映って、サスケは熱に浮かされたような心地になる。イタチに熱っぽい視線を送ってみるが、こちらを一瞥してくすりと笑うだけで、イタチはその視線を受け流してしまった。


 イタチが脱いだスーツを受け取ってハンガーにかけてからリビングに戻るとそこにイタチの姿はもうなかった。脱衣所の方で物音がしているから、先の言葉通りすぐに風呂に入ってしまうのだろう。
 サスケはふとテーブルに置かれたイタチの鞄に目をやった。鍵を取り出した時から開けっぱなしになっているのか、口が開いていて中が丸見えだった。そこに見慣れたストラップを見つけて、思わず手を伸ばした。自分の携帯にもついているストラップ。半年前に二人で出掛けた際に色違いで購入したものだった。そのストラップを満足気に眺めたサスケはほんの出来心で携帯を開いた。
 本当ならこういうことはすべきではない、と頭では分かっている。テレビを見ていたって彼氏の携帯を覗いていいことなんてひとつもないのだと、どこかの女性タレントが言っていたような気がする。もっともサスケはイタチにメールまで確認されたって全くやましいことがなかった。そもそも、サスケはイタチ以外と携帯でやりとりしない。サスケはイタチ以外の誰かと関わる必要など感じていなかった。だからこそ、イタチにもやましいことなど何一つないと確信した上で、ほんの気まぐれにメールボックスを開いてみたのだった。


 ロックは掛かっていなかった。難なくメールボックスを開いてみる。サスケは当然自分が昼頃に返信したメールが頭にあると思っていた。しかし、そこにあったのはサスケの名前ではなかった。
知らない名前だ。そして名前から察するに、女性だった。サスケは自分の頭に血がのぼるのが分かった。携帯を握り締める力が強くなり、みしりと音を立てる。
分かっている。イタチは仕事をしている。家から出ることもなく、誰かと連絡を取ることもしないサスケとは違う。そんなことは、理解しているつもりだった。
しかし考えれば考えるほどに納得出来ない。サスケにとって兄のイタチという存在は唯一絶対のもので他の何者でも代替することは不可能なものだった。そしてイタチだけがいてくれればその他に何かを欲したりしない。自分にはイタチだけだ。サスケの世界には自分とイタチしか存在しない。
それなのに。
 イタチの世界にはたくさんの人が存在する。昔から穏やかで誰に対しても優しい人で、たくさんの人から好かれていてそれが自慢でもあった。だから多くの人との関わりがある。イタチにはサスケは大勢の中の一人に過ぎやしないのではないか。一度そう思ってしまうと、不快感は止まらなかった。
 不公平だと思う。サスケにはイタチしかいないのに、イタチには他の誰かがいる。面白くない。自分は毎日、イタチを送りだして、イタチが帰ってくるまで、ずっとイタチのことだけを考えて家の様々なことをしている。何もすることがなくなったらイタチは今何をしているだろうかと想像してみたり、昨夜イタチが身体に触れてきた時のことを思い出して熱を燻らせたり、一人で遊んでみたりとするが、結局イタチのことしか考えていないというのに。
 苛々としながら、それでも誰か知らない女性からのメールを開いた。
 開かなければよかった、と思った。
 メール内には様々な絵文字が添えられていて、中でもハートマークが嫌でも目についた。内容も、今度一緒に食事はどうか、とか。明らかに、この女はイタチに色目を使っている。見たこともない女性に信じられないくらいの嫉妬心を抱いた。
 どうしてこんなメールがイタチの携帯に残っているのか理解出来ない。こんなものすぐに削除してしまえばいいのに。返信なんてする価値もない。信じられない。サスケにはイタチだけなのに。そう思うと、身体が勝手に動いていた。


 腕を大きく振り上げる。そのまま勢いをつけて振り下ろした。大きな音を立てて、イタチの携帯がフローリングに叩きつけられた。開かれたままだった携帯はその衝撃で破片を飛ばし、滑りながら壁にぶつかって動きを止めた。
 液晶にひびが入っている。画面は真っ暗だった。もう何も映っていない。あの不愉快なメールも、見えなくなった。
 風呂場から物音が聞こえ、イタチが何事かと心配そうな顔をしながらリビングへやってきた。不愉快そうな顔をしたサスケと、床で無残な姿になった自身の携帯を見てイタチは現状を問うようにサスケに視線を投げかける。その視線に、サスケは自分のしでかしたことを自覚してすっかり眉をハの字にしてしまった。

「ごめんなさい兄さん……」
「どうしたんだ? 何かあったからこんなことしたんだろう?」
「……それは……」
「オレには言えないことか?」
「だって……オレには兄さんしかいないのに……!」

 そう言って、サスケはイタチの元へよろよろと歩み寄った。部屋着を力任せに掴む。さっききたばかりであろうTシャツがしわしわになってしまった。それでも構わずにぎゅうと握り締め、サスケはイタチの胸に額を押し付けた。

「オレは兄さんだけいればそれでいいのに兄さんはそうじゃないから。兄さんがいなかったらオレは一人だけど兄さんは他の誰かがいるから。オレだけが嫉妬してオレだけが兄さんのこと好きみたいで、オレ以外の誰かと連絡取るくらいならこんな携帯いらないと思って」

 サスケはぐちゃぐちゃとした思考をできるだけ明確な言葉にしようとしたが、まともに考える間もなく言葉は口をついて出て行った。
困惑した表情を浮かべるイタチを見て不安感に襲われる。

「いらないだろ……? 兄さんにはオレだけでいいよね? それとも、オレはいらないの? いやだそんなのいやだ兄さん兄さん兄さん」
「落ち着けサスケ」

 首を振って縋りついてくるサスケの背中をイタチは宥めるように撫でた。その手のひらがいつも通り優しくて、ぶわ、と涙がこみ上げてくる。
 でも、この手のひらだって、誰かが望めば、オレ以外に伸ばされるのかもしれない。そんなの許せない。この手のひらは自分だけのものでなくてはならない。
 肩に置かれた手を掴む。掴む、と言うよりは、手の甲に爪を立てるような、荒々しい手つきだった。ぎち、と爪が肉に食い込む。イタチが息を詰めた。イタチを見上げると、痛みに目を細めていたけれど、サスケと目が合うとふっと目元を下げた。

「オレはサスケがいればそれでいい」

 イタチの言葉に、爪を食い込ませていた手から力が抜ける。そっと肩から手を離したイタチは血が滲んだ手の甲に舌を這わせた。自分が怪我をさせてしまった。そう思ったサスケはイタチの手を取って、唾液に濡れたそこに、イタチにならって舌を這わせた。
 爪痕をなぞるように舌を動かしていると、イタチのもう一方の手がサスケの頬に触れる。顔を上げるように促されて、しぶしぶ舌を離すと、イタチの唇が押し付けられた。その温度にサスケは安堵してイタチの首に手を回す。触れ合う粘膜が愛おしくて目を閉じた。



君がいるだけで


ミヤビさんリクエスト
ご本人さまのみお持ち帰り可です
リクエストありがとうございました!


110918

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -