胸の奥がざらざらする。不快感に眉を寄せ、その原因について考えた。それは明らかに、目の前の光景だった。
 シカマルが、女と会話をしている。ただ、それだけのこと、なのだけれど。でも、どう見たってあの女はシカマルに好意を持っている。目元を赤らめつつ、はにかみながら笑みを浮かべて、あれを恋する表情を言わずになんと言うのか。シカマルだって、まんざらでもないみたいな顔、しやがって。本人にそんなつもりがないことくらい分かっている。信頼していないわけではない。それでも、じりじりと焼けつくような思いは止まらない。


 冷静になろうとその場を後にする。その間も黒い感情が胸を渦巻いて仕方がない。ぎり、と奥歯を噛みしめると何も口にしていないというのに苦みを感じた気がした。
気分は悪いまま、こうしてぐるぐる考えているのも馬鹿らしい、そう思って自分の部屋へと向かい、そのまま不貞寝を決め込んだ。


 ふ、と人の気配を感じて意識が浮上する。その気配に、眠りに落ちたとき胸にあった汚い感情を思い出して眉を寄せる。ぐっと自分を抑えこんで枕に顔を押し付けた。目蓋の裏には、まだあの光景が焼き付いている。

「サスケ? 寝てんのか?」
「……寝てねえよ」

 おそらく聞き取りづらかっただろうけれど、顔を上げはしなかった。顔を見てしまえばきっと八つ当たりしてしまう。シカマルは、悪いことなど何一つしていないのだ。
オレの心中など知りもしないシカマルは、伏せたままのオレの近くに腰を下ろした。ベッドのスプリングが軋む。さわ、とシカマルの指先が神を撫でていくのを感じて、反射的にその手を払ってしまった。あ、とその手を見たあとおずおずと視線を上げると、不満そうな顔をしたシカマルがこちらを見ていた。
 なんで、お前がそんな顔をするんだ。そんな顔したいのはオレの方だ。オレ以外の前でへらへら笑いやがって。

「んだよ、何怒ってんだお前」
「……なんでもねえ」
「なんでもなくねーだろ。言ってみろ」
「いやだ」

 再び枕に顔を押し付けた。今は顔も見たくない。会話を続けてしまえばシカマルに対する不満だったり文句だったりが溢れてしまいそうだ。放っておいてくれ。完全に拒絶の意志として枕に顔を伏せたまま、枕ごとすすす、とシカマルから距離を取った。もちろんベッドの上での動きだから程度は知れているけれど、拒絶の意志は伝わったはずだ。なのに。

「サスケ」

 名前を呼ばれて、肩を掴まれる。逃げようにも逃げられず、そのうちに身体を反転させられてしまった。少し怒ったような顔をしたシカマルがオレを覗き込む。その視線が鬱陶しくて、肩を掴む手を外そうと試みるが、強く掴まれているせいでうまくいかない。ふつふつと込み上げる怒りを逃がそうと深い呼吸をしてシカマルを睨み上げた。

「放せよ」
「なんで怒ってんのか理由を言ったらな」
「うるせえ……っな、ん」

 鋭い視線から逃れるように顔を反らそうとすると、ぐいと顎を掴まれて無理矢理シカマルと視線が交わる。その手を払おうと伸ばした手も掴まれて、ベッドに押し付けられる。そのまま近づいてきた顔に思わず目を閉じると、柔らかい唇が重なった。ご機嫌取りのつもりか。なんでオレが怒ってるのかも知らないくせに。いつもなら応える口づけも、今は苛々を募る原因にしかならない。その苛々をぶつけるように、重なった唇に歯を立てた。

「いってェ……噛むなっての」

 じっとりとこちらを見つめるシカマルを視界から外すように顔を反らしてふん、と鼻を鳴らせる。シカマルは血が出ない程度に力加減をしてやったオレを褒め称えるべきだ。
 どうせさっきまであの女と楽しそうに会話してたんだろ。その口で、あの女の名前を呼んだんだろ。その目であの女の顔を見たんだろ。もしかして、その手であの女に触れたりしたのか。嫌だ。物凄く嫌だ。何より、こんなことで嫉妬する自分自身が、一番嫌だ。

「サスケ、ちゃんと言えよ。何が嫌で何が良いのか、黙ったままじゃ分かるはずねーだろ?」

 真面目な顔をして真っ直ぐに目を見つめてくるシカマルに、息が止まりそうになる。優しく頬を撫でていった手のひらはオレを促そうとしているようだった。
 醜い感情を吐露するのは、ひどく気が引けてしまいこの場から逃げ出したくてたまらない。けれど、黙ってオレの言葉を待つシカマルの瞳に逆らうことができず、観念して口を開いた。

「……嫌なんだよ、お前が、オレ以外の誰かを見たり、オレ以外の誰かと話したり、そういうのが。それから、何よりも、それに嫉妬する自分が嫌でたまんねえんだよ」

 だから、放っておいてくれ。そう続けようとすると、シカマルの腕が伸びてきて、ぎゅうと抱き締められた。唇が目元に近づいてきて反射的に目を閉じる。目蓋に触れる柔らかな感触がくすぐったい。それから耳に軽く口付けられて身を竦める。ふっと笑った息が耳へ届いて、身を捩った。

「サスケ以外と関わらずに生活すんのは無理だけどよ、オレが好きなのはサスケだけだから安心しろ。信用しろ。お前だけだ」
「信じてねえわけじゃねえよ……」

 シカマルの胸板に額を押し付けて絞り出すように言った。愛されてないと思ったことは、一度もない。シカマルが好きなのはオレだということは知っているし、そこに自信だってある。今まで誰かにここまで強い感情を持ったことがなかったから気づかなかった。誰がどうしようと関係ないと思っていた。でもシカマルのことを好きになって、はじめて自分が独占欲の強い人間だと知った。シカマルの言動すべての矛先が自分でなければ我慢できない。こんなオレじゃあ、いつかシカマルの負担になる。それが、嫌だ。

「今日の、お前が見てたのは知ってたんだよ。もしかしたら妬いてくれるかと思って大げさに楽しそうにしてみた。悪いことした。ごめんな」
「なっ、わざとかよてめえ……!」
「だからごめんって。でも、嬉しかったぜ? お前が妬いてくれたみたいで」
「んだよバカマル」

 へら、と笑ったシカマルの胸板目がけて頭突きを食らわせる。シカマルが呻き声を上げていたけれど、オレの知ったことではない。
 今はそうやって言っていても、これが続けばきっとシカマルはオレの嫉妬に疲れてしまう。いつか「めんどくせー」、そう言って手を離してしまうんじゃないかと、怖くて。

「そのうち重くなるに決まってる」
「何が」
「オレが」
「……かもな。でも、そうなる前によ、二人でどうにかしようぜ」
「どうにかって?」
「そのとき考える」
「適当じゃねえかよ……」
「お前が嫉妬する気も無くすくらいに愛してやるってのは?」

 ニッと笑ったシカマルは、オレの目元に親指を滑らせた。放りだされてしまう日のことを考えるよりは、今このときに溺れている方が楽だろうか。目を細めたシカマルの表情を見ていると、重くなりすぎる前にオレを掬いあげてくれるのではないかという期待が胸を掠める。

「やってみろばーか」

 揺らめく視界の中で笑うと、シカマルがそっと顔を近づけてくる。そのまま唇が重なって、薄く開いたそこから舌が触れる。蕩けそうな温度にシカマルの服を掴んで、ぎゅうと目を閉じた。目蓋の裏には、シカマルの穏やかな笑みが映っていた。




マリーゴールドの憂鬱


匿名さまリクエスト
ご本人さまのみお持ち帰り可です
リクエストありがとうございました!



110902

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -