奴の職場に赴くのは何度目になることだろうか。大学での出会いから数年、それぞれの道に進んだオレたちは少なくとも仕事において関わることはないだろうと思っていた。いや、本来なら関わるような職種ではない。正確に言えばオレが自ら関わりに行っているのだった。


 高層ビル群の間をすり抜けるように早足で歩きながら、炎天下で流れ出した汗を拭う。白く大きな建物を目の前にやっと着いたと溜息をもらした。予定では同僚に車を運転させようと思っていたのだけれど、先日自分勝手な行動をしたことへの始末書で出られないと言うから、おかげで駐車場からの距離が遠いこの建物まで歩いて行かなくてはならなくなった。本当に使えないドベだ、と舌を打ってから自動ドアをくぐった。
 ひんやりとした空気が汗に触れ、肌を冷やしていく。受付に向かって友人の名を告げると、受付嬢は笑顔で応え、内線を使って彼に連絡を入れているようだった。未だ暑さが消えず、顎の下を濡らす汗を手の甲で拭う。やっぱりこの季節にネクタイなんぞしてられないな、そう思いながらネクタイを緩め、ボタンを外す。僅かながら涼しくなり、ほう、と息をもらした。どこからか視線を浴びているような気もしたが、特に害あるようにも思えず無視を決め込んだ。そのうちに受付嬢から階数を告げられ、ありがとう、とほんの気持ち程度の笑顔と共に伝え、エレベーターに向かった。


 エレベーターに乗って目的地まで向かう。到着し、いくつかの部屋を通り過ぎていると、白衣姿の数人とすれ違う。不意に目が合って、目礼だけしておくと、通り過ぎたあと後ろで何やら騒いでいる声が聞こえた。やはり研究員という人種はどこか普通とは違うらしい。目的の部屋に辿り着き、軽くノックをして扉を開ける。見覚えのある後ろ姿が音に気付いてくるりとこちらを向いた。

「よお、来るなら先に言ってくれりゃいいのによ」
「必要になるのが分かってたらそうしてた。急な仕事だったから仕方ねえだろ」

 肩を竦めてシカマルへ近づく。その手元を覗き込むが、顕微鏡と何かの液体と、何も入っていないように見えるシャーレがあるだけで、何をしているのか全く分からない。テーブルにはまだ多くの薬品が置かれていた。

「で、用は?」
「これ、の付着物の成分分析を頼む」

 これ、と言って家宅捜索の際の押収品をシカマルに差し出した。今朝も早くから仕事に駆り出されたあげく、こんなことを頼まれてしまった。しかし上司に逆らうわけにも行かず、こういうことになった。

「普通は鑑識とか科捜研とかよ…そっちの仕事だろ、わざわざオレんとこ持ってこなくても腕のイイやつらがいるだろうに」
「あいつら、変態ばっかなんだよ…仕事好きすぎて頭おかしいぜ。何されるか分かったもんじゃねえ」

 白髪メガネの科学者と男のくせに髪の長い爬虫類を想起させる容姿をした男を思い浮かべ、ぞわりと悪寒が身体を襲った。とは言え、それも言い訳でしかない。奴らは基本的に外へ出ることはないが、奴らの勤務時間を避けることは可能なはずだ。それでも、わざわざシカマルの元に訪れているのは、シカマルに会うための都合のいい口実が欲しいだけであって。絶対に口にしてやらないけれど。

「オヤジにバレたらめんどくせーなあ…」
「一般市民は警察に協力しろよな。うまくやれ」
「言ってくれるぜ…」

 そう言いながらもシカマルはオレの手から押収品を取ってそれをじっと見つめる。普段のシカマルと違って見えるのは、奴が白衣を着ているうえにメガネを掛けているのが物珍しいからだろうか。この姿が見たくてここに来ていると言っても過言ではないくらいに、気に入っていた。

「設備駆使して薬剤使って、コストも馬鹿にならねーからな」

 シカマルは手に取った押収品をテーブルに置いて、すい、とオレを見据えた。メガネの奥の鋭い視線がオレを射抜く。いつからシカマルはこんなに強い瞳をするようになったのだっけ。ああ、違う、初めて会ったときもこんな風にオレのことを見ていたのだった。眠たそうな目蓋が上げられ、その視線がオレを射抜いたときからオレはこの瞳から逃げられなくなっている。

「小さいこと気にすんなよ、オレの頼みだぜ?」

 シカマルを見ていると思考が鈍る心地がするけれど、長い付き合いのおかげかするりと言葉は口から出て行った。ふい、と視線を外したシカマルはちらりとオレの後ろに目をやった。釣られて後ろを振り向くと、横をシカマルが通り過ぎて行った。ピッとロックの電子音がして、どくりと心臓が鳴った。

「だからってただじゃ出来ないだろ?」

 無言でシカマルを見つめる。片眉を上げてにぃ、と笑ったシカマルは元いた場所まで歩いて戻ってきた。オレの肩に触れたかと思うと、人差し指が頬にひた、とつけられそのままそこを撫でていく。

「身体で払ってもらおうか。…なんてベタだけどな」

 その語尾を聞き取ったと思ったときにはシカマルが唇に噛みついていた。メガネを邪魔に思ったのか、シカマルが粗野な仕草でメガネを取り払う。少し残念に思っていると、ぬる、と舌が唇に触れた。薄く開いた唇の間を縫うように侵入してきた舌は涼しげに見える目元に比べてひどく熱い。自然とこぼれた吐息のために更に開いた唇は舌の動きを自由にする結果となって、とろり、と思考が溶かされていくのを感じた。

「誰か、…っ入ってきたら、どうすんだ、よ……」
「鍵締めたの見てただろ。こうされるの期待してたくせに」

 ああ、見ていたとも。ここに来るときから期待していたとも。目を細めながら笑うシカマルを直視出来ず視線を反らすと、また唇が触れてきた。呼吸の仕方さえ忘れそうな口づけに、足が震えるのを感じてシカマルの腕に縋った。途端にぐい、と腰を引かれたかと思うと、シカマルを見上げていた。横を見れば少し遠くに顕微鏡やら薬品やらが見える。テーブルに、押し倒された。こんなところで。シカマルを見るとふっと笑みを浮かべていて、逃れるように目を閉じた。



夏の秘め事



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