チャイムの鳴る音でぱっと目が覚め、顔を上げるとすでに教室に先生の姿はなかった。さっきの授業もうっかり寝てしまっていたらしい。昨日は部活が早めの終わりだったから家に帰ってやりかけのゲームに従事してしまったのがまずかったようだ。結局寝不足は解消されないし。ゲームはとても面白かったけれど。
 そういえば、と昨日の帰りのことを思い出す。日曜日に見かけるやつが校門にいて、サスケのトモダチっぽくて。電話番号を教えてやったけれど、ちゃんと連絡は取れたんだろうか。ていうか全然知らないやつとかでサスケに怒られたらどうしよう。辺りを見回してサスケがいないか探す。どうやら今日は遅刻のようだけれど、別に珍しいことでもない。ぐーっと背中を伸ばして、ぱったりと机に身体を伏せた。背中がバキバキする。学校の机って寝にくいのが問題だと思う。寝るためのもんじゃないわよ、とサクラちゃんに頭を叩かれたのを思い出してつい頬を綻ばせた。そこで顔を上げたものだから、ちょうど教室に入ってきたところだったサスケと目が合い、サスケが怪訝そうに眉をひそめた。

「なに一人でにやにやしてんだ気色悪ィ」
「朝は! おはよう! だろ!」
「いやあの顔はねえよ」

 鞄を自分の席に置きに行くこともなく、サスケはこちらまで歩いてきた。肩に掛けた鞄はオレのものと同じく教科書の類はほとんど入っていないのだろう、薄っぺらい。なのに、成績では天と地ほども差があるのが納得できない。
 サスケの顔を見て、特に怒っている様子がないことに気付いて、例の男のことを思い出す。ちゃんとしたトモダチだったのかな。

「な、昨日、電話あったってば?」
「電話? あ、そうそのことなんだけどな」
「うん?」
「や、なんつーか…助かりました。ありがとうございました」
「へ!?」

 普段のサスケからしてみると信じられないくらい丁寧な言葉が掛けられて身構えてしまう。そのうえしっかりと頭を下げられてしまった。逆に怖い。何してしまったんだってばよオレ。何も言えずにサスケを見ていると、はた、と気付く。昨日までのサスケとは全然纏う雰囲気が違った。昨日までは、なんというか、すっげーへこんでる風だった。サクラちゃんもオレも気が気じゃないレベル。でも今日は、すっきりしたというか、そんな感じ。

「お前がシカマルにオレの番号教えたんだってな?」
「シカマル? ってあいつか、昨日のやつ」
「そうそいつな。連絡取れなくて、ちょっと困ってたらしくて」

 そう言って例の男、シカマルの名前を口にしたときちょっとぎこちなく、はにかむようにサスケが笑った。あ、やっぱり雰囲気変わったな。シカマルと喧嘩でもしてたのだろうか。

「それってさ、最近サスケがへこんでたのと関係あったりするだろ?」
「は、いや、関係……あるけど。多いにあるけど」
「何があったってば!?」
「えーっと、実は」

 サスケは改まったように髪を手櫛で整えて、さっきまでポケットに突っこまれていた手を取り出し姿勢をよくした。何かを言いあぐねているサスケはあー、とかうー、とか言って、頭を掻いた。普通だったらしゃんとしろ!と言われるような姿でも、こいつがやるとまた決まって見えるからずるい。唇を尖らせているとサスケが顔をこちらに寄せた。

「恋人ができまして」
「……む?」

 オレだけに聞こえるように耳打ちしたサスケの言葉を噛み砕いて理解する。恋人ができまして。サスケに。で、シカマルと関係あって。つまり、シカマルとサスケが恋人になったってことで。シカマルは男で。いやそれはいい。サスケがそうなのは知ってる。で、オレがシカマルにサスケの番号を教えたのって、もしかして。

「ちょっオレってばまじ恋のキューピッドじゃん!」
「あーそうなるな」
「感謝しろよサスケ! このナルトさまに!」
「もうしたろ。二度は言わねえ」
「えっその態度なんなの…ひどいってばよ…オレのおかげじゃん…オレさま万歳じゃん…サスケはもっとオレのことを褒め称えるべき」
「アリガトウゴザイマシタ」
「気持ちこもってねー!」

 そうは言いつつもサスケの顔は昨日と打って変わって穏やかなもので、多分サスケはきっとシカマルのことがすごく好きなんだろうな、と思う。心配だったけれど、どうやら知らないうちにサスケの助けになっていたらしい。よかったなあ、無意識に声に出してしまっていたようで、サスケが笑ってさんきゅ、と返してきた。
 シアワセな話を聞いて、うらやましいなあと思っているとぐう、と腹の鳴る音がした。

「サスケよォ、恋のキューピッドのオレになんか奢って?」
「はあ?」
「あ! サスケくん!」

 サスケがオレに何か言おうと口を開いたところでサスケの名前が呼ばれる。二人してそちらの方に顔を向けると次の授業で使う教材を持ったサクラちゃんが教壇へ荷物を置いているところだった。また先生の雑用までさせられて、好きでやってるからいいの、とか何度も言われたセリフを思い出す。桃色の髪を揺らしてオレの席まで歩いてきたサクラちゃんはサスケの隣に立っておはよ、と笑いかけた。

「何の話?」
「あのさ、あのさ、サクラちゃん! 聞いてってば!」
「だから聞いてるでしょ。何なの?」
「や、オレに恋人ができたっつーか…」
「え!? 誰!? 私知ってる?」
「サクラちゃん…は、知らないかもな。ビデオ借りにくるけど多分サクラちゃんのときは来ないやつだし」

 サクラちゃんは目を輝かせてオレとサスケを交互に見遣った。サクラちゃんの反応は、けっこう意外だった。もう吹っ切れたと言ってはいても、まだどこかでサスケのことを好きなんじゃないかと、思ってた。

「なんだ、知らない人かあ…残念! でも紹介してね! どこの人?」
「某進学校の生徒。同級生」
「なんで伏せるのよ。制服凝ってるとこでしょ? さすが私立よねえ」
「女の子って制服こだわるよな。オレってばよく分からん」
「ていうかそこなら知り合いいるわ。塾が一緒なの」
「へえ、じゃあ知り合いかもな。聞いてみろよ、奈良シカマルって知ってるかって」

 私立の制服や学校施設のよさを色々と並べたサクラちゃんはオレの顔を見てはあ、と溜息をついた。オレたち三人がこの高校を選んだ理由が、オレの学力不足を補うためのスポーツ推薦の有無だったことを思い出してぐう、と唸ってしまう。相変わらずこの二人にテスト前は勉強を教えてもらっているのに平均点が出せないオレとしては立つ瀬がない。話を変えようと考えて、さっきまでサスケと話していたことを思い出した。

「あっそれでさ! 心配かけたからってサスケが昼飯奢ってくれるんだって!」
「は!? 言ってねえよ!」
「え、そうなの? ありがとうサスケくん嬉しい」
「だから言ってねえし何この奢らざるを得ない空気…」
「オレ何にしようかな〜焼きそばパンとー」
「私クラブサンドがいいなー」
「あとコロッケパン! これくらいにしといてやるぜ!」
「揃いも揃って競争率の高いやつを指定しやがって…!」

 購買のパンを思い浮かべながらサクラちゃんと視線を交わして笑い合う。ていうかサクラちゃんの希望は地味にきついと思う。元々数が少ないし。入学して以来オレは食べたことがないくらいの希少種だと思う。それに比べればオレのは可愛いもんだった。はあ、とサスケが大きく溜息を吐く。多分、サスケのことだ。四時間目の授業をさぼるか、途中で抜け出して購買に行くに違いない。四時間目の終わりと共に全速力で購買に走るサスケが見たいような気もしたけれど、想像しただけで噴き出してしまうくらい似合わなかった。

「他人事だと思いやがってよ、ウスラトンカチが」
「頑張れ!」
「お昼楽しみにしてるねサスケくん!」

 もう一度溜息をついたサスケだったけれど、その顔は柔らかく微笑んでいた。



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