放課後に雨が降っても傘はない | ナノ
失望。

誰かに何かを望むということは、自分でない誰かに期待をすることだ。
失望したなどと言われたのなら、欠片でも何かを自分に望まれていたということだ。

他人からの期待、望み、あるいはプレッシャー。
重圧と言えばマイナスなものにも思えるが、誰かから向けられるそれが救いになる人間もいる。
誰からも見られないよりは、誰でもいいからと思っている。

それも希望なのだと理解できる頃には、自分も誰かに期待を寄せているはずだ。

その期が来ることを待つ。望みの叶う時を待つ。それが叶わなかった時、自分の中で失望へと変わるものがあるとすれば、それが自分の望みだったのだろう。

頭を垂れて顔を覆って、次には苦笑い?それともため息?
そんなに期待していたのなら、言ってくれればよかったのに。もうこっちは、何を望んでいるかの伝え方すら忘れたよ。
誰かが力ない笑みを浮かべた。
失望を表したいなら、何も言わずに黙って笑うか、ため息ひとつで充分だ。それで相手は気づくだろう。
自分は何か、相手の期待に添えなかったんだと。

人間の顔は良く変わる。本心を隠すのだってお手の物。
でもその笑顔が嬉しさから来るものか、悲しみから来るものか。
見ても違いが分からないほど無関心じゃないんだよ。

外は雨が降っている。しばらく前に降りだして、今は本降りになってしまった。
傘も持たない僕はまだ、この屋根の下から出られない。
放課後の下校時刻はもう過ぎている。
窓から見下ろした校庭では色とりどりの傘と透明なビニール傘が不規則に並んで動いていた。
僕はといえば、まだ教室に残っている。僕の前に立つ君も、まだここに残っている。


告白をされたよ。同じ部活の、隣のクラスの大人しい子だ。
でも断った。
違うんだ。それであの子にも理由は伝わったみたいだった。
あの子もそう、今の君みたいな顔をしていたな。
泣かないようにしようと唇の端をぎゅっと結んでも、目はじわじわ、涙で潤んでて。

ごめんね、って僕は言おうとした。君への好きを、恋の好きに出来なくてごめんね、って。
でもごめんねのご、まで口に出した途端に、いいから!って言われたんだ。
いいから、って。もう何も言わなくていいよって言われたから、僕はそのまま「ごめんね」を飲み込んだ。
言えなかった残りの言葉は苦くて重い味がして、鳩尾の辺りが急に締め付けられたみたいに苦しかったな。

あんな痛みははじめてだった。食あたりで寝込んだ時とはまた違うんだ。
ぎゅうっと胸の中心を掴まれたみたいに、何も食べるどころか、飲む気にもならない。
どんな薬を飲んでも治りそうになかったよ。今はもう、治ったけど。

でも、今の君なら分かるかな。何度考えても言い表せなかったこの気分。
おしゃべり上手で誰とも仲良く話が出来る君ならきっと、この痛みを言葉に出来そうだ。


……雨、止まないね。
今日は降るなんて聞いてなかったから、傘、持ってこなかったんだ。
君は傘、持ってきてある?それとも鞄の中に折り畳み傘を持ってるのかな?

君はいつでも用意がいいから、傘を忘れるなんてないんだろうね。
ハンカチもポケットティッシュも、リップクリームも、ちょっと足りないものがある時、君はなんでも持っている。
準備がいいなあ、手際がいいなあ、皆から頼られて羨ましいなあ。……あー、ごめん、ごめんね!今のは無かったことにして。
今のもちょっと僕の本音と言えば本音だけど、伝えたいのはそういうことじゃないからさ。


僕の言いたいことはさっきので全部だよ。
だから後は君の答えを聞くだけなんだ。僕は君から貰えるなら、どんな言葉だって嬉しく思う。
それがノーでも、ほんのちょっとだけでも君が僕のことを考えて出してくれた答えだから、嬉しいよ。
万が一、いや億、ううん、兆が一でもいい。君がイエスと言ったら、きっと僕は喜びで死んでしまうね。
でもそれは絶対にないって分かっている。だから言うなら早く言ってほしい。

君への思いは思い上がりだって正してよ。
こんな気持ちはいらないって、正しい言葉で否定して。



外は雨。ざあざあ降りのその勢いは、窓を閉め切った室内でもよく聞こえてくる。
教室の中には二人だけ。

黒板の前に長い髪の女の子。もう一人は、ショートヘアの女の子。
電気を消した暗い教室、雨で曇った空では光も届かない。どちらの表情も外からでは伺えない。
顔が見えるのは、正面に立っているお互いだけ。僅かに違うスカート丈に、同じ色のカーディガン。
二人の間にある沈黙が暗く重い雨雲となって、窓の外の空に浮かんでいるようだった。


告白をされた。相手は同じ美術部の、デッサンが得意な男の子。最近変声期に入りたての、爪が綺麗に整えられた細い指をした大人しい人。
デッサン練習の時に、僕の横顔の顎から首へ流れる輪郭が綺麗だって、褒めてくれたことがある男の子。部活動の為に開放された美術室で。
その日、顧問の先生は職員会議からまだ戻ってこなくて、他の子は掛け持ちしている別の部活へ顔を出すからと休んでいた。
だからその日は、僕と彼しかその場所にはいなかった。
僕らは部活で使う鉛筆を削りながら他愛もない話をした。好きな画家や今度美術館である展覧会、描いてみたい絵の話。もうすぐ引退する部活の先輩たちの送別会をどうするか。
二人だけでは話題もその内に尽きてしまって、後は二人ともただ無言で手を動かしていた。

僕らは鋭く削った鉛筆で丸机の上に置かれたモチーフをスケッチブックへ写生していく。布に包まれた赤い林檎を見つめながら、さっきしていた話の続きでもするように、前より少し低くなった声で、彼は僕を好きだと言った。
だけど僕は彼に、何も言えはしなかった。

告白をした。相手は同じクラスの、普通で可愛い女の子。少し背が低めで、ふわふわの髪は天然パーマだというけど実は少し毛先を巻いてて、スカートは指定の長さよりほんの少し短くて、すれ違うと時々、マシュマロみたいにぼてっとした甘い匂いがする明るい子。
校庭でサッカー部の練習を他の子たちと歓声をあげて応援してて、レギュラーの誰がかっこいいのと同じグループの子たちと話すような。ティーン向けのファッション誌に載っているお手本みたいにきらきらした女の子。

自分のことを『僕』と呼ぶ僕を男の子みたいだって言っても、笑わないでくれた。
他の女子グループで馴染めていなかった僕の手を引いてくれた。流行りのファッション、話題のコスメ、女の子らしい色んなこと。僕が君の後ろからついていって、知ったことは沢山あった。
夏休み明けに切ったこの髪を君が似合っていると言ってくれて、僕はとても嬉しかったんだ。
繁華街へ行ったことないって言ったら、じゃあ今度遊びに行こうねって誘ってくれたのも、嬉しかったんだ。

こっそり教えてくれたよね。君が好きなのは皆と一緒に騒いでいるサッカー部の人じゃなくて、走る姿が格好いい、無口な陸上部の彼だって。
君の秘密を教えてもらえたみたいで、あの時もすごく嬉しかったよ。

でも、ごめん。
僕がなりたいのが君の友達じゃなくて、ごめんね。
君が好きだ。友達同士の距離感で、ハグも手を繋ぐこともあったけど。
キスをしたいと思うくらい、僕は君を好きらしい。


ねえ、雨、まだ止まないね。

黒板の上にある時計の針を見上げて呟いても、君からは何も返ってこない。
きっと僕はまた、二度目の謝罪を言えないままに飲み込むのだろう。
君を好きになって、ごめんね。

外は雨。
窓から見上げた空の雲は一層暗く、雨も強くなった気がした。
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