ふしだら、じだら | ナノ
(薄いけど年齢制限ぽい描写ありなので読む時は注意してください)


インモラル・イモータル


真っ暗闇の夜がある。
暗闇では人の目は役に立たない……なんて考える人もいるだろう。
けれど存外、人の目でも闇の中は見えるものだ。
疑問に思うのなら、試しに家の外に出て、夜闇の中を歩いてみればいい。
月の、星の、仄明かり。人の住処が近くにあるなら、家の明りが外を照らしていることだろう。
明かりが足りなくても、闇に目が慣れた人ならば森の中でも木の枝には引っかからずに歩けるはずだ。見えなくても、見えている。
そこに何かがあるのなら、どんなに暗くてもぼんやりと、何かの影に気付くだろう。
気付かないならご愁傷さま。あなたの目はいかれてしまった。
暗闇の中に足から突っ込んで、帰ってこられないかもしれないね。

人間も動物も持っている、目という機関は意外にも高性能なものなのだ。
まず。前を見ているはずなのに、その視界は斜め後ろまで及ぶ。
鹿や馬なんかは、自分の真後ろ以外はすべて見えていて、どこから近寄っても反応する。
こちらの気配に気付くよりも先に、見られてしまう。
掌に収まってしまうふたつの丸い球体で、どうやって見えるすべてを頭の中で処理してるのか、それがわからなくてとっても面白い。


引き摺り出した球体の先についているのは糸の様な神経だけ。
自分の目にもこんなものがついているのか、と想像しながら瞼の上から押さえた手が、どくどく、ぐるぐる、眼球の動きを伝えてくる。
このまま爪で抉り出して、自分の目で自分の事を見たら、抉り出した空洞は、いったい何を映すのかな。ぽっかり真っ暗なまま、もう一つの目に片目の自分が映るのかも。
面白そうだったけど、すっかり治るまで片目でいるのは面倒だからやらないことにした。
面白いと面倒くさいは、似ているけれど真逆なんだ。

ぐちゃり、と舌の上で飴玉のように転がしていた球を潰して、ルーミアはぐぅ、と唸った。
あんまり月が綺麗だから、外に出てきたものの、どうにも今日は不調だ。
自分が、ではなく、獲物的な意味で。
人一人、どころか、獣一匹見かけない。さっきたまたま自分の闇とぶつかってしまった熊とは適当に遊んでいたのだけど、こんなことならもう少し手加減してあげるべきだった。
だって月が綺麗だから。月光を反射するあの熊の目がきらきらしてて中に月が浮かんでいる様に見えてとっても甘そうに見えたから―――つい。
つい、で抉って舐めて噛み砕いて咀嚼して、気づいたら後にはもう何も残っていなかった。
残念だなぁ、と思うけど、すぐにルーミアの頭は忘れてしまう。
熊一匹でも、彼女の闇が喰らうには軽すぎたのだ。

「あーあ、もっと、もっと、遊べる相手がいればなー」

泣いて、叫んで、喚いて、逃げて、私を面白がらせて最後に美味しく食べられてくれる。
そんな、『ニンゲン』がいたらなぁ。
前に夜の道を歩く人間を襲ったのが、もう昔のことのようだ。ただし、ルーミアにとって昔の概念なんてものは、自分が何回寝たか、月が何回昇ったか、であって。
その昔は一週間前かもしれないし、三日前かもしれない。
ただ、自分では覚えていないから、その昔。そういう頭だ、ルーミアは。

そもそもその時だって、酔っぱらったのがふらふらと歩いてルーミアの闇の中へ足を踏み入れたから、幸運にも喰らいつけたのだ。普段なら面倒くさくて、襲いかかりはしないけど。
向こうから来るなら別。夜の闇に残る僅かな明かりすら、消してしまう彼女の闇は注意すれば避けられるものなのだ。なのに踏み込んでしまう者がいるなら、それはあちらの運が悪くて、こちらの運が良かっただけの、自然の摂理だ。

蟻地獄みたいなものだな、と闇に潜む彼女を見た者がいればそう言うかもしれない。
ルーミアとしては、虫に例えるのは少しどうかと思う。
せっかくなら、トラバサミの方が格好いい。
がちりと歯を立てたなら、食い千切るまで離さない。
そんな風に森の死角に潜む罠、格好良くていいじゃないとルーミアはそう思うのだ。
それにその方が、闇の奥に潜む妖怪らしい。

飛んでいるルーミアの闇は暗すぎて、自分でもどこをどう飛んでいるのかさっぱりだ。
多分森の中だとは思うけれど、もしかしたら辻へと出ているかもしれない。

両腕を広げたいつものポーズで飛んでいく。しばらく飛んたところで、違和感に首を捻る。
ひやりとした夜の風の中に、一瞬腐ったような匂いが紛れ込んだ。

「んん???なんの匂いだろう、どっかの行き倒れでも腐ってるのかしら」
「うー…………」
「んー、今度はなんだろう、熊の声?そこそこ近くだわ」
「……お、うー……」
「むーー……?」

ルーミアの闇に引っかかる何か。唸り声をあげているのは獣にしては小さそうな影である。
闇をかき分け引っかかっている何かを見える位置まで引きずりだせば、そこには肌色のすこぶる悪い少女がひとり。
道士服に似た服を着て頭には札、両腕をピンと前に伸ばしたまま固まっている。
ルーミアは知らぬ顔であったが、それは墓地に出でたるキョンシー、宮古芳香そのものだ。
うごうごと闇に半身突っ込んで蠢く様はまるで人間らしからぬもので、彼女が獣と間違えたのも仕方がないことだろう。

「うわ、に、にんげん……にんげん?」
「い、イィー……」
蠢く、蠢く。まっすぐ伸ばした両腕は、縦に振られてぶんぶん動く。
ルーミアのほうはといえば、はてこいつは喰ってもいい人間かしらん、と考えるばかりだ。
先ほどは気配が気になって味を見る隙もなかった。
見た目は若い少女だ。肉質は悪くないだろうけど、すえたような甘いような匂いが気になるのと、肌の色が色白通り越して血の気がないし冷たいし。はっきり言ってわざわざ食べても美味しくなさそうなので、味見すらする気も起きてこない。

「ねー。おまえ生きてる?」
「うー、うーー?」

死体のような少女、いやもう死体か?の少女は首をぐるんぐるんとさせている。
何かを尋ねられていることは分かるんだろう、反応があるなら考える頭はまだ生きているのかもしれないが、口からこぼれる言葉は意味をなしていない。
何度目かの唸り声を聞いて、ルーミアは芳香の口を閉じさせた。

「うん、うん、よーくわかった、もういいわ」
「あ、ぁぁー……う」
「こんな夜に歩いてるんだもの、妖怪でしょう。そうじゃなくても近しい何かよね。そういうことにしといてあげるから、暇なら一緒に遊びましょうよ」

こんな闇の中だから、誰もいなくて退屈してたの。
深淵の闇の中央で、ルーミアは手招き少女を呼んだ。
芳香はぐるぐると曲げていた頭をぴたりと止めて、ぎぎぎと大きな口を開けて笑う。

「お、お、おー!」
「わぁ元気。間接が硬いの?ぴょんぴょこ飛んでバッタみたいよ」
鬼さんこちら、手の鳴る方へ――目隠し鬼をする子供のように、手を叩いてルーミアは呼ぶ。
ぱちぱちと鳴る手拍子に、がつんがつんと足音が重なる。
止まない闇の少女の笑い声。獣の唸りの如き屍少女の喜ぶ声。

きっとその場に正常な感性を持つ人間がいたのなら、悪夢と呼んだことだろう。
だけどもその森にいたのは彼女と同じ妖怪や、同じ魔の物たちばかり。
誰もそれを悪夢とは呼ぶことないだろう。
なにせそれが、幻想郷の夜だもの。夜ならいつものことだもの。

そうして闇は深まりそして通り過ぎ、その後明けた道の上。
まるで半分こをしたように、左右でまったく違った食われ方をした人間ひとりの屍が見つかるわけであるが――そこでなにがあったのか、知っていたとしても、話すものはいないだろう。


すべては真っ暗闇の夜の中。ひっそり起こったことであるので。


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