地底に光る星の輝き | ナノ
地底に星があるのだと、愛猫はそう彼女に語った。
月の光すら差し込まない地面の下、地の底の奥深くに輝く星があるのだと。
嘘は言っていないようだった。そもそも動物は、嘘をつかない。ついたとしても、主人に対して嘘をつくペットがあるものだろうか。ましてや覚であるというのに。だから彼女はその言葉を疑わなかった。
ペットの猫が言うのなら、そうなんだろう。この地底には、星がある。
どこにあるとまでは聞かなかった。ただ、地獄のどこかに星があるとだけ。
地中では決して見られないものの存在に怨霊たちがざわついているようだけど、それもすぐにまた静かになるだろう。

そう、今日も館の奥で一人。地の底の誰も来ない場所で一人でいるだけと思っていたのだけれど。


(どうして私は今、こうして歩いているのかしらね)

手を引かれ歩く旧地獄の道。灼熱地獄が近いのか、荒れた大地は渇いていて、ごつごつとした壁は靴音を反響させる。
怨霊の茫とした光があたりを彷徨い、顔の横を通りすぎていく。
自分の手を掴むもう一人の手。ぬるい体温が、溶け合ってそこだけくっついているような感覚。
少女の白い手と細い指が私の手に絡みつく。蔦のようなそれには、僅かな力が込められている。

「ねえあなた、どこまで行くつもりなのかしら」
「星の見える場所までよ、お姉ちゃん」
「外にはいけないわよ。行くつもりもないわ」
「お外じゃないよ、地底のお星さまを見に行くの」
「地底に星があるわけないわ」
「知らないの?星はちゃんと、地の底にだってあるのに」

あはは、とさもおかしそうに笑う妹は、私の手を引いて、荒れた大地を踏みしめ歩く。いつもはふわふわと浮いているかのようにふらふら、ふらふら歩くのに。
目的地がちゃんと分かっているんだろう。
だから足を踏み外さずにまっすぐに歩けるんだ。

私と妹、あちらを曲がり、こちらを曲がり、足下も周囲も暗くて、静かで、湿っている。地面の下の旧地獄。土の下の暗闇。

花見で浮かれた怨霊たちの下を潜りぬけ、更に更に闇の奥へ向かう妹に引きずられるまま進む私の耳に、ちりんちりんと鈴の音が聴こえた。
そのまままっすぐに進んでいけば、赤い三編みがゆらりゆらりと振られている。

「あっれぇ!ご主人たちも来たのかい」
「ぁ……燐?」
「どうしてここに?……って、星を見にきたに決まってるか。あたしも怨霊達が随分と騒いでるもんだから、一回くらい見てみようと思ったんだ」
「ああ、貴女の言っていたの、この辺りだったのね。全然、気付かなかった」

並んで話す間も、ぐいぐい、引かれる手。何をそんなに急いでいるの、こいし。

「目的地はもうすぐそこさ。外の本物には敵わないけど、きっとあれも星と言えるよ。むしろ地底暮らしには丁度いいくらいだね」
「燐、ありがとう、ありがとね。また後で、髪でも鋤いてあげる」
「なんて嬉しい言葉だろう、でも今は、こいし様とごゆっくり。また後で、星の話を聞かせてくださいね」

行き着いた分かれ道、けれどここから先は彼女にとっての戻り道になってしまうから、燐は立ち止まって、私たちはまだ進んでいく。別れの言葉も言わないままに、赤い猫の三つ編みは、闇の中に消えていった。私はまた手を引かれ、歩く。歩く。歩く。
細い道の曲がり角を曲がると、道の先がぼんやりと淡く光っていた。
どうやら目的の場所は近いようだ。
意識せず、彼女と繋いだ手を更に強く握っていた。もっともっと近くに。更に更に隙間なく。触れ合った場所が、くっついて離れなくなってもいいと願いながら。

「この先は、終点だよ」
「そう、長い地底の旅はもうおしまいなのね。貴女が引っ張るから、随分と疲れてしまったわ」
「ごめんね?でもこの星は絶対に見てほしかったから。こうでもしないと、ずっと見に行こうともしないでいたでしょ?」

答えの代わりに視線を送る。
姉妹だからか、何も言わないでも言いたいことは分かったらしい。

「駄目だよ。貴女は見なくちゃ駄目。私と同じものを、私の見たものを、貴女は知っていなくちゃ、駄目なの」

変なの。変ね。貴女はいつだってどこだって自由じゃないの。
私の手が届かない場所にいるのに。
そういえば、これも変。
私の手、こいしの手、この暗闇の中でずっと握られたきり、離れないのよ。

「ここだけは、特別なの。星の中だけは、別れないの。そうだね、まるで……」
「まるで――まるで、天の川の上の、織姫と彦星のように?」
「――そうよ!」

きっぱり。
言い切った私の妹は。
空っぽなところなどまったくなく。
壊れたところなどまるでなく。
いつかの、かつての彼女のように、私をはっきりと見て言った。

「ねぇ、こいし、もしかして、貴女」
「ねぇ、知っている?盲目でも世界は見えるの。暗闇に慣れるとね、暗闇にかたちが浮かぶのよ」

そんなことを、つらつらと、語る彼女の瞳はまるで、そう、まるで地下に追われる前に見た、あの一等星のように輝いて。

「さあ、ついた」

彼女の歩みが止まる。もはや引っ張られるままの、私の足も。
ということは、そう、ここが。

「地底の星はここにあるの。さとりお姉ちゃん」

けして強くはない光。うすぼんやりと、暗闇の中に浮かぶ光。
だけど、それは確かに、地底に輝く星だった。妹と同じ色が上にも下にも−−天にも、地にも。光って、照らす。


妹は、何も言わない。
私も、何も言わない。
きっとここから去ってしまえば、また妹は元の空っぽな妹に戻ってしまう。壊れた覚に戻ってしまう。そんな確信があったから。私はずっと彼女の手を握って、地底の星を見上げていた。
妹が忘れても、私がずっと覚えている為に。彼女と並んで星を見た記憶を、確かなものにする為に。

手を取り合って、指を絡めて。
足元に光る川があるみたい。ならそれはきっと天の川ね。
じゃあ私たちは?
織姫と彦星は。
駄目、それではずっと一緒にいられないもの。

それならずっと、握っていてね。

私の手、離しちゃ駄目よ。
かわいいあなた。
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