霊夢の様子が、おかしい。

どうにも調子が狂うぜと、魔法使いの少女は溜め息とともに縁側に寝転がる。
いつもの神社のいつもの縁側、そこから見える部屋の中にいるいつもの紅い色の巫女。されどいつもと違うのは、その瞳がどこか遠くを見つめてぼうっとしているからだろうか。心ここにあらずといった様子で、魔理沙が声をかけても反応は薄く、時たま溜め息なんか吐いたりして、正直言って、気味が悪い。

「なあ、なー、れーむぅー」
ごろりと寝返りを打って、寝転んだまま頬杖をつく。行儀が悪い?知ったことか。何度目になるかわからない呼びかけの声に気付いて、ようやく彼女はこちらを見た。

「何してるの、そんなとこに寝転がってると服に皺がよるわよ」
「別にいいんだぜ、今そんなことはどうでも。それよりお前の話だ、お前の」
「私ぃ?なんなのよ、こっちには心当たりないんだけど。また変なものに手を出したとかじゃないわよね」
「妖怪退治とかそういう話じゃなくてな、お前自身の個人的な用件だよ」
「それこそもっと、心当たりはないわね」
「――最近、自分でも変だとか、思わないのか?」
「変って、何が?」

やっぱり無意識か、と頭を抱える。
事の起こりは恐らく数日前の、幽霊の艶書を巡る貸本屋での一件だ。
夜に張り込んでいた時に見た艶書を受け渡す現場、男女の逢引の現場とはじめは思ってしまったあれが、どうやら彼女の心にひっかかってその上変なところに潜り込んでしまったらしい。まるでそこらの夢見がちな少女のようだと、自分も少女であることは棚に上げて魔理沙はそう思う。

「なんというか、なあ。常にも増してぼーっとしてるぜ」
「ふぅん、そうなの」
「そうなのって、あー……」

どうにもやりにくい、口から出そうになる愚痴を飲み込んで、魔理沙は口をへの字に結んだ。ふと、ちゃぶ台の上に広げられた手紙が目に入る。そういえば自分が来る前から読んでいたようだが、彼女宛の手紙とは珍しい。またどこぞに妖怪が出たから退治てくれという、里の人間からの手紙だろうか。魔理沙が覗き込もうと身体を起こすと、自然な動きを装って、霊夢は魔理沙の眼を避けるように手紙を袂に入れてしまった。

「それ、里の奴からの手紙だろ?妖怪退治の頼み事ってんなら、付き合ってやろうか」
「残念でした、別に妖怪退治でもなんでもないわよ。それに、いつも付き合ってとか言ってないのに毎回ついてくるのは誰だったかしら」
「ぐ。じゃ、じゃあ、今の何の手紙だったんだ?」
「そうねぇ……」

頬に手を当てて考えるポーズ。珍しいことに、彼女にしては何事か考えているようだ。そのまま視線だけがかちあって、霊夢はにやりと意味ありげな笑みを浮かべた。嫌な予感がする。

「やっぱりやーめた。考えたら、自分に来た手紙の中身をあんたに教える義理はないものね」
「そりゃ確かにそうだがな、そうも隠されるとこっちだって知りたくなるんだぜ」
「じゃ、ぜったいに教えなーい」
「な、ま、待つんだぜ、霊夢!お願いだから、この通り、な?」
合わせた両手のむこうに見える顔をうかがう。あれが何かの意味を持つ重要な手紙であるなんて、これっぽちも思ってなんかいないけれど、気になるものは気になるのだから仕方ないだろう。
そういえば、里の噺家が語っているのを聞いたことがある。あれはたしか、町人の男が夢を見たの見ていないだの、誰も彼もが夢の話を聞こうとして、男は知らないと言い張り続ける話。状況は違うものの、夢の中身を知りたかったそいつらは今の魔理沙と同じような気分だったのだろう。

彼女の持つ手紙の中身が、気になって気になってたまらない。

「仮に見せたとして、それが恋文とかだったらどうするのよ。見た責任取ってくれるの?」
「はぁ?恋文?お前にか?ないない!ありえないぜ」
「なによ、断言してくれるじゃない。あんたが知らないだけで里では秘かに人気かも、とか思ったりしないのかしら」
「だってなぁ、いっつもお前、妖怪退治か寂れた神社の掃除くらいしかしてないじゃないか。それでどこにそういうのがよくって、そいつに恋文渡そうなんて物好きがいるんだよ」
「……はぁ」
盛大に溜め息を吐かれた。魔理沙としては結構本気の発言をしたつもりなのだが、それは伝えない方がいいだろう。確かにうら若い乙女に送られる手紙なのだから、恋文という可能性も考えなくはないが、どうしたって霊夢と繋げることは出来ないのだ。なんでだろうなと考えて、きっと見たことがないからだと思いいたる。弾幕ごっこの時の真剣な顔、異変を解決した後の宴会で見せる酔った顔、半目になってこちらを見る呆れた時の顔、楽しそうに笑った顔も、見ているけれど。

彼女が誰かを思ったり、思われたりするような、そんな顔は見たことがない。
だから、里で見かける少女のような、夢を見ているような恋の表情は、魔理沙の中の霊夢には、ちっとも似合っていない。いつだって、魔理沙の知る彼女は妖怪退治の時も、異変解決に乗り出す時でさえ自信に満ち溢れた顔をしている。そしてそれが、何より似合う少女である。
だから、そう思う。霊夢に恋は似合わない。

「なんでそう知りたがるのかしらね、魔理沙の知りたがり」
「………そりゃあ、魔法使いだから、か?」
「は?」
「へ?……あ、いや別に、深い意味があるんじゃなくてだな、ほら、魔法使いはどんなときにも己の好奇心を優先すべきであって………だから、さ!」

魔理沙の答えがおかしかったのか、霊夢はじわじわとこみ上げてくる笑みを耐えようと必死に顔を歪めている。笑うならさっさと笑えばいいものを、自分がうろたえているのを見て彼女は楽しんでいるのだ。この極悪巫女め。

もう知ったことかと、実力行使にでることにする。狙うは彼女の懐、隠された手紙だ。その為には隙を作らねばならないが、目の前の彼女は丁度良く笑いを耐えている為に、隙だらけと言ってもいいだろう。てい、と飛びつけば、あっさりバランスを崩す身体。スピード勝負なら負けないぜ、と弾幕ごっこを思い出して、ぽかんと大きく口を開けたままの顔にむかってにやりと口角をあげてみた。

「は、ちょっ、待って待って、何しようとして……」
「もう我慢ならん、せいぜい覚悟するんだなっ!」

両手を広げてわきわきと動かしてみせる。そんなに笑いたいんなら、思う存分笑わせてやろうじゃないか!
神社の静寂を掻き消すくらいに大きな、少女の笑い声が響いた。



ぜぇはぁと息を荒げる霊夢の顔は赤い。笑い声を出し過ぎて痛む脇腹を押さえて寝そべる彼女から少し離れた場所に、この状況の現況ともなった紙切れがぽつんと落ちている。今さら中身を確認する気も失せてしまっていたけれど、魔理沙は折りたたまれたそれを開いてみた。
目に入る字はなかなかに達筆で、それなりの教養を持った人物が書いたのだろうことが分かる。少なくとも、子供の字ではない。魔理沙たちよりも、多分、ずっと年上だ。


「えーと、なになに……今年の新米新酒のおしら、せ……」
「あっ、こ、こらっ……酒屋さんからの手紙、か、かえしなさいよぉ……あいててて」
「なんだ、やっぱり恋文でもなんでもないじゃないか。がっかりだぜ」
「勘違いしたのはそっちの方でしょ、なによ恋文って。しかも期待してたみたいだし」
「そもそも恋文って言いだしたのはそっちだろ、まったく、人騒がせな」

口をついて同時に飛び出る言葉、どっちの責任かなんてそんなの、どうせお互い様なのに。それでも互いに譲る気はなくて、霊夢も魔理沙も、互いの不満そうな視線をまっすぐ受け止めた。

「ああそう、じゃあさっきの分含めて、魔理沙の方に責任があるってことにするから」
先に口火を切ったのは霊夢の方。また悪い笑みを浮かべて、さっきの魔理沙のように手をうごめかし。げ、と自分の口から洩れる声。多分、逃げきれそうにない。こういうのは先に手を出した方が負けなのだと、古来よりの決まり事だから。
それでも、先ほどよりマシな気分なのは、いつもの霊夢に戻ったからだ。夢見るような目をしていないからだ。やっぱり、彼女に恋は似合わない。



あ、また、笑った。

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