「まったく、ひどい旅もあったものね!」
彼女にしては珍しく、荒い口調であった。私たちは二人そろって夏休みを利用したちょっとした避暑の旅の途中だ。彼女が――宇佐美蓮子が、私、マエリベリー・ハーンを誘ってくれたのだ。
――せっかくの夏休みなんだし、たまには海でも行ってみない?と。

「そう思うでしょ、メリー。久しぶりの旅が、こんなことになるなんて」
「あら、たまの休暇じゃないの、こういうのも楽しくっていいんじゃない?」
「ええ、いつもの私ならそういうでしょうね。でも今回はその限りにあらず!」
びしぃ、とメリーに指を突きつける蓮子は、やけに憤っている。なぜならここは海。そして彼女たちは――絶賛、海水浴中なのである。格好だって、いつもの帽子じゃなくて麦わら帽子を被った蓮子は赤いホルターネックの水着の上からクリーム色のパーカーを、私はひらひらとしたピンク色の水着の上から薄紫のパーカーを。蓮子と二人で今日の為買い求めた水着姿である。

しかし空模様はどこから見ても曇天、曇りに曇った曇天。そして彼女たちの足元にあるラジオから流れているのは、『えー、ここで現在の気象情報です。突如発生した台風○○号はその勢力を拡大、急速に速度をあげながら北上中です。付近のご家庭の皆様はご注意ください。また、川や田園の様子を見に行く際は周囲の状況をよく――』

「なんでわざわざ海まできたのに!台風なんかに邪魔されなきゃいけないのよぉーー!」
渾身の叫びではあったが、それを聞くものは隣に立つメリーと目の前に広がるどんよりとした灰色の海だけであった。

「ねえ、やっぱり宿に帰ろうか。このままいても泳げないと思うんだよね」
「駄目よ駄目、何のために来たんだかわからなくなっちゃうでしょ。いい?私たちは避暑にきたの、泳ぎに来たの。けっしてここでこうしてぼんやり海を眺めにきたんじゃないんだってば」
「でもぉ…これじゃ泳げないし、そのうち雨も降ってくるよ?」
「ぐっ…!神は我らを見捨てたるか!」
「いやあ、最初から見守ってないと思うなー」
悔しそうに砂浜を拳で殴りつける蓮子とは対象に、メリーは棒付きアイスを加えたままの気の抜ける姿である。ノスタルジックを感じさせる、おばあちゃんが経営する海の家で買ったアイスはソーダ味、計80円なり。実際メリーは泳げないことについては日に焼けなくてよかった程度のことしか思っていないので、この二人の間にある温度差は言わずともお分かりいただけるだろう。ようするに、蓮子は海にとんでもない期待を寄せていただけにショックがでかく。メリーは普通にレジャー感覚で来ていただけに泳げないなら他のところに行こうと思っている。噛み合わない二人の旅は、今この海の前で止まっている。

水着の上に着た薄紫色のパーカーを引っ張りながら、メリーは呆れたような声をだした。
「ねぇ蓮子、はやく戻ろうよ。台風来るんでしょう?せっかくだけどまた今度にすればいいじゃないの」
「今度はこない!今がいーいー!」
じたばたと子供のように駄々をこねる蓮子を横目に、メリーはすでに帰り支度をはじめている。とはいっても、水着と小さなバッグ一つで来た彼女がすることといえば海の家で借りてきた浮き輪を返してくるだけなのだが。

振り返ってみれば、遠くからでも見えるくらいにしょげている。まぁ数週間前にどこに行こうかと旅行雑誌を買ってあれやこれやと話していたときから、蓮子が今日の小旅行を楽しみにしていたのは知っているので仕方ないことなのだが。それにしても見るからに落ち込んでいる。蓮子とは、ここまで子供っぽい人だったっけ。

「………あ」

そういえば、その時に私が友達と行く海は初めてだと言ったような気もする。いつもは家族と行っていたから、友達に誘われるのは初めてだ、みたいなことを。それなら一緒に楽しもうと水着を選びにいったのは覚えていたが、もしかしてあの時から海を楽しみにしてたんだろうか。私と一緒に行く海を。

海の家に戻るまでに食べ終わったアイスを見れば、棒には「あたり」の文字があった。

やれやれと思いながらメリーは海の家で棒つきアイスを二つ買った。
泣きはしないだろうけど、いつもよりは少し優しくしてあげようかと思いながらメリーは蓮子の元に戻る。

貴女がいればどこだって楽しいわよと、親友を慰める言葉を考えながら。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -