「おや、こんなところで会うとは、珍しいこともあったもんだ」

ナズーリンはそう言って、手に持っていたダウジングロッドをくるりと回し相手に向かって突きつけた。
場所は無縁塚、人の姿も妖怪の姿も滅多に無い、彼岸花が咲き乱れ誰のものかも分からない卒塔婆ばかりの立つ荒んだ土地だ。
そんな土地で対峙するのは、一人の妖怪と一人の半妖である。
妖怪の名はナズーリン、命蓮寺の小さな賢将。
半妖の名は森近霖乃助、道具屋香霖堂の若き店主。

「うわぁ、吃驚した。……こんなところで、また探し物かい?」

ナズーリンがロッドを突きつけると彼はわざとらしく驚いてみせたが、棒読みだったせいかあまり驚いていないことは明白だった。本人もそれは分かっているのだろう。すでに以前会ったときと同じく、道具屋の店主としての対応になっている。

「いいや、これは私の趣味さ。ここにはおもしろいものが色々とあるだろう」
「結界の外のものだね?僕もここには商品を探しに来たところなんだ」
「ははあ、君の店にあった品はそうやって見つけていたのか。道理でここにはないものばかりがあるわけだ」
「納得がいったようで、何よりだよ」

二人は連れ立って歩きながら言葉を交わす。
ナズーリンは少し前まで必死になって探していたとても大事な探し物を彼の店で見つけ、それを入手する際に少々彼にふっかけられた所為でいまだに苦手意識があるのだが相手はあまり気にしていないようだ。
商売柄、客のプライバシーにまで踏み込んでくる気はないということか。

―――なんだ、意外に店主としては有能なのだな。

そうナズーリンが思ったのもつかの間、霖乃助は思い出したように口を開いた。

「そういえば、あの置物は無事持ち主の元に戻ったのかい?」
「ん?……ああ、あれか。もちろんだとも。散々私の手を焼かせてくれた当本人も二度と失くさないと仲間たちの前で誓っていたしね」
「そうか、それはよかった。まぁ、また失くしてくれてもいいんだけどさ。意外と高く売れたことだし、結局どうやって使うのかも分からなかったからね」
「……そうなる前に私が見つけるさ。君の出番など無いよ」
「ははは、どうしても見つからなかったら、また僕の店に来るといい」

性質の悪い店主の笑みに、あれだけ寺の全員の前で誓ったにも関わらず「ついうっかり」でまた失くしてしまいそうな自らの上司の姿を思い出して、めまいがした。そんなナズーリンを見て笑う霖乃助の姿にむっとした顔でロッドを振るえば、ガサガサと音を立ててどこからか鼠が現れる。ちうちうと鳴きながらナズーリンの差し出した手のひらに飛び乗る鼠は、ゆらゆらとその長い尾を揺らめかせた。

「どうしたんだい、同胞……ああ、…へぇ、なるほどね…」
「……ふむ、君はその鼠とまるで話しているみたいだね」
「……はぁ、君には私がただの少女にでも見えているのかい?鼠と会話をしているつもりの、夢見がちな一人の少女にでも?」
「いいや?だって君のそれは本物だろう?そして君は本物の妖怪だ」
「分かっているなら、一々口を挟まないでほしいものだけどね。はっきり言って集中が乱れる。私だってどこぞの聖人君子じゃないんだ、一人分の話しか聞けないんだよ」
「これはまた随分と手厳しいね。僕の知る妖怪とはまた違った手合いのようだ。もっとも、僕の知る彼女は半妖なんだけどさ」
人里に降りているなら知っているかい?里の歴史家。彼女、僕の昔馴染みなんだよ。

まるで子供が自慢するかのように霖之助は語っているが、ナズーリンは聞いているやらいないやら、鼠の声に耳を傾けたままだった。


「……と、なるほど。大体分かった、感謝するよ」
話が終わったのか、ナズーリンは手のひらの上に座るネズミの頭を撫でてやった。
チチ、と気持ちよさそうに声を発して、ネズミは大人しく撫でられている。その内ぴくぴくと跳ねる尻尾を揺らめかせて、手のひらから地上に駆け戻っていった。
それを見送る霖之助に対して、ナズーリンはロッドで地面に線を描く。ガリガリと引かれていく線は、何かの形を象っているようだ。

「それは、何かな」
「さてね、私にも分からない。ただ同胞が見つけたと言っていたから、なんとなくね」
「ふむ、鳥でも虫でもなさそうだ。それとも、新しい形の十字架かな」
「こんな形の十字架に反応するような吸血鬼は、よほど吸血鬼に成り立てのやつくらいだろうさ。同じなのは形ばかりで、とてもそうは見えないね」

苦笑いと共に肩をすくめる。どうやら降参、ということらしい。
くるりと線を引き終えたロッドを担ぎ直して、ナズーリンはもう一度その絵を見下ろした。見覚えのあるようなないような。ともかく、こんな形のものがこの場所のどこかにはあるようだ。さてさて、はたしてどこにあるのだろう。
辺り一面見渡しても、そう簡単に見つかるわけではないのだが、ダウザーの性とでも言おうか、隠されたものを見つけ出すことに少し高揚している気持ちを落ち着ける程度の効果はあったらしい。
もう一人はといえば、草草をかきわけ彼岸花の群れを遠目に眺めるばかり、あまり見つけようという気概はないようだった。

「なんだい、物見遊山で宝さがしとは恐れ入る。この無縁塚、観光気分で巡れる場所でもないだろうに」
「そういうものかい?僕もよく、ここに店の商品を仕入れに来るけど、観光気分にはならないというのには同意だね。唯一の目玉が花一つなんて、寂しいにもほどがある」
「君みたいのが木端妖怪に出会ってすぐに喰われてしまうんだ。せいぜい気をつけなよ」
「生憎と、人も妖怪も、ここではなかなか出会いのないものだからなぁ。名前の通り、無縁なもので」
「……好きにしたまえ、私はもう行く」
呆れたように溜め息一つついて、ナズーリンは彼に背を向けて歩きだす。ここで会ったのは何かの縁とも言えるのだろうが、少なくとも長く繋がる縁ではなさそうだ。
そう思いながら後ろにネズミを数匹引き連れて遠ざかる背中に、霖之助は声をかける。

「とてつもなく変なモノだとか、使い方の分からないモノを手に入れたら、いつでも店に来るといい。名前と使い方しかわからない僕だけど、けれどそれだけは、確実に教えられるから。では、縁があえばまたいつか」



無縁塚に咲く彼岸花が風に揺れる。
その内のひとつを境にして、半分妖半分人の男と、鼠の妖怪少女は別れ行く。
無縁塚で、生まれた縁は。
はたして次へと繋がるか――それは、二人の縁次第。
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