それは、遥かなる空の彼方。
見えるものすべてが暗闇に浮かぶ星の空。
ガタゴトと揺れる振動に目を覚ました霊夢はぼんやりとその暗闇に目をやった。
自分がどうしてこんなところにいるのか、彼女にはわからない。
いつからここにいるのだろう、そんな疑問も起こらない。
ただ漫然と、左から右に流れる星々を眺めていた。
「お目覚めかしら」
くすりと笑う声に、霊夢は視線を窓から外した。
自分の目の前の席には幼い少女がいる。細い手首、白い肌。金の髪をなびかせて、小さな鼻と口がわずかに動く。
見知った紫色の瞳はあの星空のように煌めいて、まるで人形のようだった。
人形のような少女は同じく作り物のような傘をカツン、と床に打ちつける。

「お目覚めかしら?霊夢」
「ええ、起きているわ、紫」
「そう、ならいいわ」
そういって少女はにこりと笑う。それがいつもの顔に重なって、霊夢は知らず、腕を組む。
「ねえ紫、ここはどこ?」
「さて、どこでしょうねぇ」
「暗くてどこまでも広くて、そのくせ何もないのね」
「そうね、暗くて広くて、でも何もないわけではないわ。あの灯りを見なさいよ」
「あれは遠いわ。とても遠くて、形なんてわかりやしないじゃないの」
「そうね」
「あれは何?とても小さいのに、とても眩しいの」
「あれはね、星よ。霊夢」
「星?あれが?あれが星なの?」
「ええ、そうよ。あれが星。私たちがいつも見ている、あれが星」
霊夢はいつの間にか自分たちの間にカップが置かれているのに気が付いた。
中身はあの吸血鬼がいつも飲んでいるような、真っ赤な紅茶だ。
紫は突然現れたそれを疑問に思うことなく、最初からそれはそこにあったとでもいうように慣れた手つきでカップを口に運ぶ。

「切符を拝見」
ふと、声がした。知らない声だ。低くも高くもない、男の声。
声は遠くからだんだん近づいてくる。
一つ一つの椅子に向かって、声は言う。
「切符を拝見」

霊夢は自分が切符を持っていないことに気が付いた。
「紫、私切符なんて持ってないわよ」
「持っているわよ、おかしな霊夢」
紫はくすくす笑っている。そういわれても霊夢に心あたりなどない。
そうこうしている内に声はどんどん近づいてくる。
「切符を拝見」
ああ、もう後ろまで来ている。
男が霊夢の横に立った。幻想郷では見慣れない、ボタンのやけに多い服だ。
頭には帽子を深く被っていて、だから顔はよく見えない。
男は霊夢に向かって手を差し出した。
「切符を拝見」
「切符なんて、」
どうしたらいいのかと紫に助けを求めたが、いつのまにか彼女の姿は消えていた。
どこまで自分をふり回すのかと、霊夢はすっかり呆れてしまった。
「切符を拝見」
もう一度、それしか言葉をしらないように男は繰り返しそう言った。
「だから切符なんて……」
声を上げかけた霊夢を制するように男はス、と指を指した。
「切符を、拝見」
「……これが、切符なの?」
男が指したもの、それは一枚の護符だった。
もちろん霊夢にはそれを出した覚えなどいっさい無い。
ただ男は差しだされた札を恭しく持って何かを確認すると、それを霊夢に返してまた通路を歩きだした。
「切符を拝見」
と言いながら。

「ほら、持っていたじゃないの」
いつのまにか戻っていた紫はそう言って笑った。霊夢はなんだか無知を笑われた気がして、少しむっとした。
「ねえ紫、私、帰りたいのだけど」
「あら、もう少しいいでしょう?まだ電車は動き始めたばかりよ?」
「つまらない。なんだか飽きたわ」
「残念ねぇ、でも駄目よ。途中下車はできないの」
「そんなの関係ないわ。私が降りたいと言ったんだから、すぐに降ろしなさいよ」
あんたなら出来るんでしょう、紫。

「ええ、ええ。出来るわ、私なら。でも駄目よ、降ろしてあげない」
「なんでよ」
「だって霊夢、貴女が降りたいのは貴女のためじゃないんですもの」
「……どういうことよ」
「だって、ねぇ?ここは星が、たくさん見えるものね」
思わせぶりな口調で紫は窓の外を見る。
つられて霊夢も、横を向いた。
「綺麗よね、あの彗星。コメットスター、といったところかしら?まるでどこかの誰かさんの弾幕みたい。ま、本物の星にはかなわないのだけれど」
窓の外を一筋の光が長い尾を残して走り去った。
その残滓はキラキラと光り輝いて、宙に漂っている。
「ね、綺麗でしょう、霊夢?ここにいればこんなに綺麗な星が見えるのに、どうして貴女は地上に戻るなんて言うのかしら。不思議だわ」
「どっちでもいいわよ。あたしはもう飽きたの。さっさと地上でもどこでも帰しなさいよ」
「つれないわね、これも誰かさんの所為かしら?」
「さあね、アンタの所為かもしれないわよ」
「ふふ、だったら光栄だわ、私が貴女を変えたんですもの。……さて、銀河を巡る列車の旅はいかがだったかしら?また来たかったらいってちょうだい、いつでも連れていってあげるわ」
「そうね、そんな機会ないだろうけど」
「そうかしら。でも私は待っていてあげる。地上の星に飽いたら、言いなさいな」
いつのまにかいつもの姿に戻っている八雲紫は、自分の横の通路にスキマを開ける。
そこからかいま見えるのは、いつもの神社の見慣れた境内だ。

霊夢は席を立ち上がり、脇目も振らずにスキマへ歩いていく。
スキマに片手を入れれば、その部分だけ冷たいような熱いような、不思議な感覚に霊夢は眉をひそめそのままスキマをくぐり抜けた。

「またね、霊夢」

スキマを通ったときに聞こえた声に霊夢はふぅ、と見慣れた境内でため息をついた。
「だから、そんな暇ないっての」

「何だ、ここにいたのか。ちょっと来いよ霊夢、里の方が面白そうなことになってるんだ!」
「今度はいったい何なのよ…あ、ちょっと待ちなさい魔理沙!」
博霊の巫女は今日もまた、騒がしくなりそうな気配に一人頭を抱えるのだった。

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