灰色に曇った冬の空は重く暗く、今にもこちらへのし掛かってきそうだった。
その暖かな部屋の中で、魔理沙は窓から見える寒々しい空を見上げていた。

「どうかしたの、魔理沙。ぼーっとして」
「あぁ……いや、何だか今にも降ってきそうな空をしてやがると思ってな」

紅茶の入ったカップを手にアリスは首を傾げた。せっかくのお茶会なのに魔理沙はさっきから空ばかり気にしている。空になったカップを置けば上海人形がポットを抱えて新しい紅茶を注ぐ。お茶会の給仕、これが今日の彼女の仕事だ。
紅茶の注がれたカップからふわりと甘い匂いが広がって、魔理沙はようやく自分の手元にあるカップに目を向けた。透きとおる紅い水面に見慣れた顔が映っている。

そう、お茶会だ。
妖精の森のアリスの家で、魔理沙とアリス、二人だけのお茶会の途中だった。紅茶もお茶菓子のスコーンも、全部アリスが用意して。今日も今日とて魔法の研究をした後で息抜きにと誘ったのだ。
魔理沙もそれはそれは喜んでお茶会の席に着いたはずなのに。
いつのまにか窓の外ばかり気にして、さっきから何度も視線を空にやっている。

「そんなに外が気になるの?ずっと見てても雪なんてまだ降らないわよ。冬の妖精が現れたなんて話も聞かないしね」
「……そう、か?だって、あんなに真っ暗で、今に降りそうなのに」
「貴女ね、魔理沙。さっきからそんなことばかり言って、ぜんぜん私の話聞いてないでしょう。注意力散漫よ」
「いや、そんなことは……」
「ホラ、無いって言い切れないでしょうに。ずっとお茶菓子も食べないで、黙ってぼーっと外を見て。……もしかして、私の話はつまらなかった?」

言葉を濁す魔理沙に畳み掛けるように言って、アリスは気落ちしたフリをして顔が見えないように小さくうつむいてみせた。予想通り、目の前の相手がうつむくアリスをなんとか慰めようと慌てているのがわかって、アリスは少しだけ笑ってしまった。

「いや、そうじゃないんだ。それにアリスの話はいつも興味深いし勉強になるから、私は好きだぜ。なぁ、気分を悪くしたなら謝るからさ、落ち込むなよ」
「………」
「ほんとに、ほんとだって……そうだ、パチュリーのとこからまた新しい本を借りてきたんだけどさ、見るか?あそこの本は参考になるものが多いってアリスも前に言ってただろ?」
「…………ふっ、」
「ん、……もしかしてアリス、笑ってる?」
「だって、おかしいの、魔理沙ったら必死そうな声出して、……ふふふっ」
「ちぇ、なんだよ。平気なら平気って言ってくれよなー」

焦って損したと頭をかくしぐさをして魔理沙はふぅ、と息を吐いた。実際彼女が落ち込んでしまったのではないかとあれこれ考えてしまったからだ。彼女の反応を見るかぎりでは、それも杞憂だったようだけど。

「ごめんなさいね、……でも魔理沙も悪いのよ?」
「はいはい、私が話を聞いてなかったからだろ。ごめんな」
「うん、よろしい」

ちゃんと言えばこうして謝ってくれる。だからまだ大丈夫と、アリスは自分に嘘をつく。
まだ彼女の中に私のいる余地はある、だからまだ、大丈夫。
でもこのまま魔理沙の浮かない顔を見ているのもアリスにとっては本意ではない。それを解消するのに必要なものが何かを分かっているのもきっと自分だけだろう。
彼女は自分に関しては、どこか鈍いところがあるから。

「ねえ魔理沙、外に気になるものでもあったの」
「気になるって程じゃない、けどさ。ちょっと引っ掛かったというか、その」
「ええ、なにかしら」
「雪、降ったらさ。山のほうってすごく寒くなるじゃないか」
「……そうね、それで?」
「あいつ、霊夢は…寒くないかなって」
「…………気になるのね、霊夢のこと」
「別にそこまで気にする義理もないんだけどな。一回頭の中に浮かんだらぜんぜん離れなくて」
「だから窓の外を気にしてたの?」
「……そんなとこ」

言い難そうに話す魔理沙と顔を突き合わせて、アリスは一つ一つを正していく。魔理沙の中にある想い。アリスと同じで少しだけ違う想いの向く先を。

「会いにいけばいいじゃない」
「どうして」
「だって気になってるんでしょ。そんなに気になるなら会って話してきなさいよ」
「いや、今は無理だろ?まだお茶会の最中だ」
「いいのよ、…貴女がそんな調子じゃあ私だって面白くないもの」
「ああ、うん……わかった。ありがとな、アリス」
「いいのよ。友達でしょう?私たちは」

心にもないことをいって、嘘の笑顔を貼り付けて。
嘘だらけのアリスに気づくこともなく、魔理沙は席から立ち上がる。
いつもの帽子を被ると魔法の箒を手にアリスの家のドアを開けて、最後に魔理沙は振り向いた。

「じゃあ、いってくるよ。…その、お茶会の続きはまた今度な」
「ええ、今日の埋め合わせにとびっきりの紅茶を用意してあげる。いってらっしゃい。霊夢によろしくね」
「ああ、じゃあな、アリス。また遊びにくるからさ!」

そういって飛び立つ魔理沙に手を振って見送ると、アリスは家の中に戻った。
二人分のティーカップの並んだテーブル。ほのかに薫る紅茶の香り、たくさんの美味しそうなクッキーとパイ。
あのこの為のお茶会なのに、あのこがいなくてどうするのだろう。
少しだけ悲しそうに微笑む自分の主人を見ながら、上海人形はただただ紅茶を注ぐだけ。
二人と一体のお茶会は、一人と一体になっても続いてく。



いつのまにかちらちらと小雪が空を舞っている。人の少ない神社の境内はあちこちに薄く雪が積もっていた。すべての音が雪に吸い込まれてでもいるかのようにシン、と静まりかえったその場所に繋がる石段の上、一人の少女が箒を手にぼんやりと立っていた。

「寒くないの?」

呆れたような少女の声。その持ち主は石段の頂上、境内に入る鳥居のすぐ下でこちらを見下ろしていた。見れば格好こそはいつもの巫女服だが、その上から申し訳程度に襟巻きを巻いている。時折吐き出す息が白いのはきっと、さっきまで屋内にいたからだろう。

「ねーえー、聞こえてるんでしょ。寒くないの、魔理沙」
「や、別に……くしゅっ」

やだ、やっぱり寒いんじゃない。寒さにわずか震える魔理沙を見てころころと音がしそうな声で笑うと、霊夢は石段を降りて魔理沙のほうに近づいてくる。一段一段降りる音が静寂を壊していくのがなんだか怖くて、寒さとは別の震えが魔理沙を襲う。そんな魔理沙の心中には気づかないで、丁度さっきの二人の距離の中間辺りまでくると霊夢は魔理沙に手を差し伸べてこういった。

「ほら、はやく来なさいよ。丁度良くお汁粉を作ってたの。あんたにもわけてあげるから」

魔理沙はそれを見上げてほんの少しだけ、眩しそうな顔をした。
でもそれには魔理沙自身は気づかなかったし、霊夢も手を差し伸べながら視線は里に降る雪にあったので、お互い気づかないままだった。

「あのな、霊夢」
「なあに?」
「今日は初め、アリスとお茶会をしてたんだ。でも途中で雪が降りそうになってさ、私はそればかりが気になって気になって仕方なくてよ、アリスの話をぜんぜん聞いてなかったから、最後にはアリスに追い出されちまった」
「変なの、貴女たちどっちも、天気のことなんて関係なしにいつもお茶を飲んでるじゃないの」
「そうさ。…そうだけどさ、でも、今日は違ったんだよ、霊夢。違ったんだ」
「…で、どうしてその話を私に言うの?」
「なんでだろうな。なんとなくさ、知っておいてほしかったんだよ、霊夢には」
「ふぅん…それだけ?」
「うん、それだけだ」

それだけなんだよ、と両手にお汁粉の暖かさを感じながらぼうっと魔理沙は向かいに座る霊夢の顔を見つめる。あの霊夢がたかだか雪で寒いなんて震えてるわけもなく。予想通りにぴんぴんしてる姿を見て、元気そうで安心したような、ちょっと心が軽くなるような。なんてことないはずなのに、二人で食べたお汁粉も、いつもより甘く感じて。

なぜだかずるいと叫びたくなる。
この感情の正体を、魔理沙はまだ知らない。
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